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結婚するしかないんじゃないの?  作者: 夜乃 凛


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24/53

人の心がわからないロボットだから

 絶望は人を変える。裏切られたり挫折したり、そしてその度に成長していくものなのだ。

 エリスは父から散々罵倒された。家柄に傷がついたらどうするつもりなのかと。

 黙って父の罵倒を聞いていたエリスはまたしてもくだらないと思った。くだらないことだらけだ。

 前は家柄に固執していた。しかしローレン家に取り入ることには失敗した。まだエリスは自分が招いたことだと完全に認識はしてはいなかった。エリスの行動が引き起こしたこということには間違いがない。人を傷つけたのだ。


 エリスにはもう何もなかった。父から罵倒され、得意の剣技も井の中の蛙。味方もいない。婚約者のエインセが唯一の仲間だろうか。

 不意にエインセと会いたいと思った。それと同時に怖かった。エインセは家柄を気にする男だ。

 捨てられるのではないか。そう思った。自分がエインセを捨てようと思ったように。

 今更都合が良すぎるか。困ったから助けを求めるなどと。私の嫌いなタイプの人種ではないか。


 エリスに必要なことは後悔し自分を悔い改める姿勢だった。それに気づかない限り彼女には永遠に幸せは訪れない。フォトア・ブリッジを傷つけたのだ。その代償を払わなければならない。変わらなければならないのだ。

 寂しい。

 仲間がほしい。

 優しくされたい。

 エリスは首を振った。何を考えている自分は。

 群れるなど弱者のすること。

 仲間なんてすぐいなくなる。

 人の優しさなんてない。


 自分のことをみじめだと思ったエリス。

 それは因果応報なのだ。当然の帰結である。

 後悔でも失敗でもない。何故こんな虚無な気持ちを抱いているのかわからない。

 エリスはエーデンブルグ家に行こうと思った。

 彼女は少し変わりつつあった。人を傷つけるだけの性格だった彼女が少しは人の心の痛みがわかるように。家柄なんてもうどうでもいい。そう思うエリスの心の中に芽生えつつあった芽には気づかないまま。



 クラーレ家の屋敷から出て中規模の街へ向かったエリス。そこには彼女の行きつけの酒場がある。エインセと共に飲みに行ったこともある。

 その街には酒場だらけの路地がある。よくもまああそこまで密集して店が潰れないものだとエリスは思ったことがある。

 石畳の路地に入り目的の酒場へ。あまり人が多くないのでお気に入りだった。

 茶の扉を開けて中に入ると酒の香りがした。酒は好きだ。酔うということは自分の感覚と勝負しているような気がしてとても楽しい。

 しかしエリスの今の心の中は楽しくなかった。自棄酒というのだろうか。とにかく飲みたい。

 酒場の中の店主がエリスに気がついた。満面の笑顔をエリスに向ける。何が嬉しいのかエリスにはわからなかったが、エリスは店主の前のカウンター席に座った。


「いつもの」


 エリスがぶっきらぼうにいった。それで通じるくらいにはこの酒場に通っている。


「かしこまりました」


 店主が丁寧にお辞儀。エリスは心ここにあらずという感じだ。


「ちくしょう……」


 エリスが呟いた。右手を握りしめる。


「なんでだよ!なんで……私には幸せになる権利があるはずなんだ!なんでフォトアなんだ!幸せになっちゃいけないのか」


 拳を机にぶつけるエリス。

 店主はその様子を見ていた。なかなかエリスがこんな様子でいるのは珍しい。


「エリス様、どうかなされたのですか?」


 店主がエリスにいった。エリスが店主を睨む。


「関係ないだろ。関係ない。お前には」


 エリスが店主をつっぱねた。


「関係……ですか。私はエリス様が落ち込んでいるようなら力になってあげたいと思いますが」


 店主は酒をエリスの前に置いた。エリスは速攻でグラスの中の液体を飲みほした。


「同情するな!これくらい一人で解決出来る。今までだってずっと一人だった!所詮人間は一人なんだ!一人で、認められるためにここまで来て、でも、誰も応援なんかしてくれなくて、いくら藻掻いても家族は私を認めようとしなかった!!一人だ!!人間は一人なんだよ!!ちくしょう!!」


 エリスは涙を浮かべて机にしがみついた。

 店主はその姿を悲痛な表情で見ていた。そして考え込んでいる。


「私はエリス様がいないと寂しいですよ。覚えていますか?この酒場が閉店まで追い込まれるほどの窮地だった時。エリス様はこの酒場を潰そうとする者たちに向けて、店を続けられるように説得してくださいました。それに金銭的援助もしてくれた。私は店を持つのが夢でした。大人になってからいつか必ず店を経営するという夢がありました。しかし現実はそんなに甘くなかった。でも、夢が折れそうになった時に私はエリス様に救われたんですよ。だから私はあなたの味方です。さあ、もっと飲みましょう。話も聞きます」


 店主は真剣な表情だった。

 エリスは自暴自棄の心の中で店主の声を聞いていた。


「店のためじゃない。私が飲む場所に困ったら面倒だから助け舟を出しただけ。利己的な人間なんだ。無駄話、させてくれる?」


 エリスは二杯目を要求するようにグラスを店主の方に差し出した。

 店主は笑顔でグラスに酒を注いだ。



「で、今こうして荒れているわけ」


 酒場のカウンターに腕を乗せて手で顎を支えているエリス。酒場の店主にこれまでの経緯を説明したのだ。店主は困ったような顔をしている。


「それは、その……」


 歯切れの悪い店主。


「私が間違っているって話でしょう?そういう顔をしているわ。正直に話して」


 エリスは目を閉じた。


「エリス様を信頼して正直に話すと……エリス様が間違っていると思います。人を無闇に傷つけることは悪いことです」


「そう言うでしょうね」


「しかし人間は変われます。エリス様だって勿論そうです。婚約相手だっているではありませんか。これから変わって幸せを構築していくことは出来ます。どうか元気を出してください」


「変わる……?多分、無理でしょうね」


 エリスは自嘲気味に笑った。


「人の心がわからないんだもの。育った環境が違ったら、人の心がわかるようになったかしら。私にはわからない。自分が一番。自分が一番になることが幸せなこと。でも、そうね。人に優しくすることに少し憧れるかもしれないわね。私を助けてくれる人も確かにいる」


「エリス様なら出来ます」


「あなたのおかげよ?」


「え?」


 店主は目を見開いた。


「こんな醜態を晒した私の話を聞いてくれるんだもの。こんな、無価値で生きている意味のない私の話を聞いてくれるのは、優しさという感情から来ているんでしょう?もしそうなら人に優しくするということに少し期待が持てる」


 エリスはうっすらと瞳を開けている。その視線ははるか遠くを見ているように見えた。


「エリス様、そうです。少しずつでいいんですよ。今少しでも期待が持てるならあなたは変われます。きっと幸せを見つける事が出来るはずです」


「そうだといいね」


 エリスはフッと笑った。店主の言葉に、少しでもいいから優しさが欲しいと彼女は願った。



 エリスは酒をたくさん飲んだ。酒には強いエリスだったがそれでもかなり酔った。店を出るときに店主に心配されたがエリスは大丈夫だといった。ありがとうとは言わなかった。

 彼女は馬車でエーデンブルグ家へと向かっている。空は明るくないが曇りというだけだ。エーデンブルグ家。エインセ・エーデンブルグに会うためだ。話したいことがあった。捨てられるかもしれないという気持ちもあったが、それを確かめるためでもあり誰か親密な人間と話したいという気持ちでもあった。


 エリスとエインセの結婚はいわば政略結婚だ。お互いの家柄の地位が高い。しかし政略結婚ながらもエリスはエインセのことは嫌いではなかった。自分と同じ匂いがしたからだ。それがたとえ悪意でも。

 ガタガタと馬車が揺れる。エリスの心のように。


 エーデンブルグ家についたエリスは相変わらず城のようなエーデンブルグ家を見上げた。

 この家に嫁ぐ。

 幸せではないだろうか。貴族で家柄も完璧。パートナーも嫌いではない。それなのに心のモヤモヤがエリスに纏わりつく。エインセはエリスを愚かだと思うだろうか。実は影で馬鹿にしているのだろうか。エリス自身がそういう人間であるように。捨てようとしたように。


 エリスはエインセの自室へと案内された。エリスの目の前に座っているエインセは相変わらず青い礼服を来ている。金髪とよく似合う彼のお気に入りの服。


「酔ってるのかい?大丈夫?」


 エインセはエリスを引き寄せた。エリスの銀髪が揺れる。酒の香りを漂わせるエリス。


「大丈夫よ。ねえ、エインセ。私フォトア・ブリッジに負けたのよ」


「フォトア?君は誰にも負けないよ。フォトアなんかより君のほうが綺麗だし地位もある。剣技の特技だってそうだ」


 エインセはすらすらと慰めを口にする。その慰めがエリスには苦痛だった。酔っているせいかエリスは勢いづいた。


「私は負けたの!!私、私は、人の心がわからないの!!他人に優しく出来ないの!!欠陥品なんだと思う。人を傷つけて自分が一番でそれ以外のことはどうでもよくて、人の陰口ばかり言って。わかんないよ!どうすればいいの?どうしたら人に優しくなれるの?フォトアには優しさがあるのよ。私、壊れてて、どうしようもないの!!育つ環境が違えば優しくなれたの?私は一生このままなの?人を傷つけることしか出来ないの?生まれ変わりたいよ!!人の心がわかるようになりたいよ!!!!」


 エリスは涙声で叫んだ。心からの叫びであり本当の言葉だった。

 エインセは戸惑って黙ってしまった。何も言えない。及び腰の男である。


 エリスの言葉で場は静まり返った。

 後悔するエリス。戸惑うエインセ。


「エリス、君らしくないじゃないか。人に優しくする必要なんてないよ。勿論パートナーの僕達は別だけどね。僕達は優秀なんだ。細かいことを気にする必要はないんだよ」


 エインセは諭すようにいった。優秀。またその言葉が出てくる。


「確かにそうかもしれないわ。でも私はフォトア・ブリッジには届かない。自分のことを考える力はある。でも他人のことを考える力はない。それって不幸なことなんじゃないかって思ったわ。今日は色々あったの。私のことを考えてくれる人がいたのよ。なんの得もしないのに。そう、彼らは何故か得をしないのに私に優しくするのよ。その感情がほんの少しだけわかるだけで、彼らのようにはなれないわ。人に優しくする意味がきっとどこかにあるんだわ」


 エリスは語る。自らが変化していることに気が付かないまま。


「意味はないよ!人間は所詮、自分が一番だ。命に危険が及べば自らの命を優先するだろう?人に優しくして裏切られたらどうする?全ては無に帰すどころかダメージを負う。そんなリスクを背負う必要はないよ。エリスは今のままでいいんだよ。十分美しいし変わる必要もない。僕は君を愛しているよ」


 エインセは微笑した。


「他の人がどうなってもかまわない?」


 エリスは薄く目を開けている。彼女がそうする時はなにかの憂いがある。


「そうだとも。結婚して幸せになろうよ。僕達は幸せになれる」


「……思えない。今のまま結婚して、幸せになれるってどうしても思えない。傷ついてわかったの。このままじゃダメだって。なんの意味もないのかもしれない。人の気持ちがわかることに。でも、このままの人間でいたら私はとても不幸になると思う」


 エリスは使用人と酒場の店主の顔を思い浮かべた。確かに金銭的援助をエリスは彼らにした。

 だがそれでもエリスのためを思っての彼らの行動は優しかった。そしてプライドに傷がついたエリスは彼らの言葉に癒やされたのだ。救われたのだ。

 自分もそうであったなら人を幸せにすることが出来るはずだ。

 ありえない心境の変化だった。エリスらしくもない。


「……ボランティアでも、やってみようかしら」


 エリスは呟いた。その言葉にエインセは衝撃を受けた。


「何を言っているんだ?エリス、今日の君は変だよ。無償で働くなんて僕達のすることじゃない。どうしたんだ?そうか、酔っているんだね。飲みすぎている。今日は解散にしよう。泊まっていくといい。明日になればきっといつも通りの君に戻っているはずだよ」


 エインセはエリスは酔っているせいでおかしなことを言っていると結論づけた。

 一日経ってもエリスの心境は変わったままであることにまだ気づいていない。

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