結婚するしかないんじゃないの?
逃げ去ったエリス。舞踏会の場は静まり返った。誰もが何が起こったのかわからなかったのだ。
そして取り残されたエインセは棒立ちになっている。
「フォ、フォトア……すまないことをした……いや、事情があるんだ。エリスに言いくるめられて……」
しどろもどろになりながら言葉を発するエインセ。
ツヴァイがそれを睨む。エインセが萎縮した。
「……私が、どれだけ悲しんだか、わかりますか?」
フォトアの目には涙が浮かんでいた。
「本当にすまなかった。今から、また昔のような関係に……」
「ふざけないで。もうあなたに未練なんて無い」
フォトアは絞り出すように言った。
そしてフォトアはツヴァイの方を向いた。
「今私が好きなのは、このツヴァイ様です」
フォトアの迷いのない口調が静まり返っていた場に響いた。
「私は未熟者です。でも貴方の事が好きです、ツヴァイ様。いつも朗らかで、優しくて。家柄で言えば、ツヴァイさんはとても偉い方です。でも、私は貴方の事を諦められません。命令されればなんでもやります。貴方の支えになりたい。料理を作ってあげたい。悲しんでいた私に貴方が私に与えてくれた物は、計り知れません。貴方を誰にも渡したくありません!私は嫉妬深い女だと思います。ツヴァイさんが誰かの物になってしまうかと思うと、耐えきれません!服を買ってくれて本当に嬉しかった!!お返しがしたい!貴方に尽くしたい!隣にいてほしい!!どうか私の恋人になってください!」
フォトアは勇気を振り絞って言った。
周りの者達はどよめいている。
「……申し訳ない」
ツヴァイは頭を下げた。
フォトアはビクりとした。
やはり私ではダメだったのか。
「私の方から気持ちを伝えるつもりでした。私も貴女の事が好きなのです。貴女のような女性には会ったことがない。何度も脳裏にあなたの顔が浮かびました。何故惹かれたのか、こんなにも心が疼くのか、わかりません。その心の疼きを確かめるためにも、フォトアさん。私と結婚してください」
ツヴァイの言葉に周りはざわめいた。
結婚……?ツヴァイ様が……?
だが一番ざわめいていたのはフォトアの心だった。
結婚。いきなりそんな言葉が出たのだ。
しかしその心のざわめきはすぐに落ち着いた。
自然に心に馴染んできた。
「踊ってくださいますか?」
フォトアはツヴァイへと右手を伸ばした。
手を伸ばしたのだ。
「もちろん」
ツヴァイが右手でフォトアの手を引いた。
エインセがいるがもうフォトアもツヴァイもエインセの方を見ていなかった。
二人が見ているのはお互いの目。
まるで二人が踊ることは最初から決められていたことのように踊りだす。
周りの者たちも二人を見ていた。
黒い絨毯の上で踊る二人の姿は、その会場の誰よりも美しさを描き出していた。
二人は踊った。
ツヴァイは優しくリードするように。
フォトアはそれに可憐についていく。
踊りながら言葉を交わす。
「私で、いいのですか?」
ステップを踏むフォトア。
「貴女でなければなりません」
手を引くツヴァイ。
無限に流れるかと思う時間が流れている気がした。
フォトアは現実ではない世界にいるようだった。
嬉しいとは少し違う。
幸せ。その言葉が相応しい。
足は風のように軽く動いた。練習の成果だ。
エインセの事は頭の片隅にもなかった。
ただツヴァイと共に踊る時間が流れる。
これからどうするか考えてもいない。
只々今を生きていた。
永遠にツヴァイと踊っていたい。
諦めないでよかった。
人生は不思議なことの連続だ。
辛い日々がありそこにポンと幸せが舞い降りたりする。
そして幸せには自分から手を伸ばさなければならない。
不幸ながらも幸せを掴む手だけは伸ばさなければならない。
そうしなければするりと後ろをすり抜けて幸せは去ってしまう。
今フォトアは夢心地だった。
踊りながらも彼女の心に芽生えたのは感謝の心。
今の幸せをもたらしてくれた全てのものへの感謝。
ありがとうと思いながらフォトアの頬を涙が流れた。
ツヴァイは有るべきところに有るべきものが収まったかのような今まで経験したことのない気分だった。
ツヴァイは女嫌いだった。
しかし今目の前にいる女性。美しい涙を流すフォトア・ブリッジと踊っている。
かけがえのない人を見つけたと思った。
守ってやりたい。そう思う。
こんな気持ちに自分がなるなんて想像もしていなかった。
「あなたに出会えてよかった」
ツヴァイは本音を言った。
「私も……あなたに出会えて、幸せです。きっと……辛い出来事も、あなたに出会うために起こったのだと思います」
「これからは私が守ります」
「私、一生懸命あなたに尽くします。一生、あなたに尽くします」
「私を見守ってください。フォトアさん」
「勿論です。私より、長生きしてください。ツヴァイ」
二人は踊っている。
会場の者達の足は完全に止まっていた。
皆は踊らず中央で踊るフォトアとツヴァイを見ている。
その姿は美しかった。
そして語られる言葉も美しかった。
二人が足を止めた。
そしてフォトアは目を閉じ、ツヴァイはフォトアにキスをした。
「一生をかけて幸せにします、フォトア」
「……もう、幸せです。律儀なツヴァイ」
二人が抱きしめ合った。
それを見ていた市場にいた少年、ナイラーは隣のローレン家の男に話しかけた。男はフォトアの馬車を引いていた御者だ。
「ねえ、あの二人どうなるの?」
「さあねぇ……ま、言えることは一つだよね」
「ひとつ?」
ナイラーの疑問に男は笑いながら言った。
「結婚するしかないんじゃないの?」




