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鈍臭いは馬鹿では?

 そのまた、とある日。フォトアは、自室で休んでいた。

 白く柔らかなベッド。そこに横になっていた。壁は茶色。ほのかな香りのする木材で出来ていた。

 ぼんやりと、壁を見たフォトア。本当に、ぼんやりと。

 部屋には茶色い机。机の上には、刺繍用具、紙、ペン、化粧品、恋文。恋文は、エインセと交わした物であった。

 フォトアは、ベッドから起き上がり、四角い窓の横を通り、机に近づいた。


 恋文を見る。ただ、紙の表側を見るだけ。読む気にはならなかった。

 読めるものか。

 少しの間、フォトアは立ち尽くした。

 彼女は恋文を掴んでみた。読んでみようかと思った。しかし、当然、フォトアはそれをくしゃくしゃにした。複雑な想いが、混ざり合っていた。

 その紙をゴミ箱に捨てようと思ったが、恋文を掴んだその手は、ゴミ箱には行かず、くしゃくしゃになった恋文を、再び机の上に置いた。

 次いで、化粧品を見た。


『人に触れたほうが良いですよ』


 農夫の言葉を思い出したフォトア。

 机に設置されている鏡を、フォトアは見た。

 心労で、フォトアの顔はひどく疲れて見えた。

 彼女は思った。お化粧をしようと。身なりを整えて、市場に行こうと。新鮮な食べ物を買って、お父様やみんなに差し上げようと。


 フォトアは自分のことよりも、他人のことを優先する癖があった。会話は相手を思い、人のためになることをし、人に優しくしていた。フォトア自身は、全然、他人のことを考えているなどと思っていないのだが、周りの人間たちは、フォトアの献身をよく見ていた。

 彼女は、根も表面上も、優しいのだ。その長所に、フォトアは自分で気がついていない。


 淡々と、化粧をするフォトア。

 恋人を失った絶望を、ほんの少しだけ、白粉で隠すように。


 フォトアは部屋を出た。緑色のドアを開けて、希望の市場へと。

 フォトアは、父のエミールと同じ家で暮らしている。フォトアに充てがわれた部屋は二階にあった。

 ゆっくりと、二階の木の廊下を歩くフォトア。壁は白い。汚れ一つ見当たらないのは、使用人の優秀さといえよう。それが、ブリッジ家なのかもしれない。

 歩いて、階段へ。赤い絨毯の階段を下へ、下へ。

 下に降りると、大きな茶色い扉が見えた。玄関だ。フォトアは、誰にも挨拶せずに家を出ようかと思っていたが、玄関の茶色い扉を開いた先に、とある老婆の姿が目の前に見えた。

 老婆が語る。


「おや、お嬢様。お出かけですか?」


 老婆は、黒い服装で身を包んでいる。軽いドレスのようなものだ。髪は真っ白だが、どこか気品を感じさせる。


「こんにちは。少し市場に行ってきます。シャレールはどこへ?」


 フォトアが笑顔で挨拶した。傷ついた偽りと、慈愛の笑顔。

 老婆の名前はシャレール。化粧をしたフォトアの笑顔は、輝いていた。心の中は、真っ暗だったが。

 老婆が答える。

「私は、お隣さんの家に呼ばれまして……」


「お忙しいですね。いつもお疲れ様です」


 シャレールという老婆は、占い師をやっているのだ。占いをするのだが、占いを信じないという奇妙な占い師。占いより、現実的なアドバイスをする方が効果的だとシャレールが言っていたのを、ぼんやりとフォトアは思い出す。


 その時、黄金にも似た黄色い蝶が、ひらひらと舞い、フォトアの肩にそっと降り立った。 フォトアの金髪と、その蝶の輝きの組み合わせは、よく似合った。


「あら、綺麗な蝶……」


 蝶を見つめるフォトア。

 その表情は優しかった。

 それを見ていたシャレールが語る。


「おやおや……黄金の蝶はですね、運命の人との縁を運んできます」


「縁?……あはは、それはないですよ。……だって運命なんて……ないのですから……」


 恋人に裏切られたフォトアは、悲しそうに呟いた。


「お嬢様には必ず。必ずいい相手が現れます」


 シャレールが、老婆とは思えない力でフォトアの手を握った。


「必ず」


 シャレールは涙ぐんでいる。


「……ありがとう、シャレール。私、幸せ者ね」


 自分を心配してくれている人がいる。そう思ったフォトアはそう呟いた。

 空は明るい。青く白い雲が僅かに見え、鳥が飛んでいる。

 市場に出かけるには、絶好の気候だった。

 運命の出会いにも、絶好の。



 場所は変わり、人物も変わり、小洒落た酒場にての出来事。

 落ち着いた雰囲気のその酒場は、暗闇の中に、オレンジの光が漂っていた。木で出来た丸テーブルが、いくつもあった。人は多い。二十名はいるだろう。

 大勢の者が、丸テーブルを囲んで酒を飲んでいた。暗がりの中、その者たちの表情は明るい。


 部屋の片側に、カウンターがあった。横に伸びた木の机の前に、それまた木製の椅子。

 その椅子に、二人の男女が座っていた。

 不敵な笑みを浮かべる人物がいた。


「エインセ、式はいつにするの?」

 邪悪な笑みを見せる女。

 彼女の名はエリス・クラーレ。不必要ではないかと思えるほど、たくさん体に付けた装飾品が、煌めいている。どれも金色の装飾品。金色が、とにかくやかましく主張している。短い銀髪は水気を帯びており、煌めいていた。そして、抜けるような白い肌。右手に持ったグラスで、葡萄酒を口に流し込んでいる。指輪が光る。銀色の、悪魔じみた指輪。


「エリス、君が望むならいつでも」


 エインセは笑顔で応えた。

 そう、女性、エリスと飲んでいたのは、フォトアを裏切った、エインセ・エーデンブルグであった。彼は、いつものように青い礼服を着ている。そして、金髪に合わせるかのように、大量の装飾品。こちらも金色。


「まあ!なるべく、早めがいいわ……だって、エインセの話す、ブリッジ家のフォトアが、惨めな姿になるのが、早く見たいのですもの」


「なかなか残酷だね、君は」


「あなたの方こそじゃない」


 エリスは笑った。無邪気な少女のようだった。無邪気な、悪意。


「フォトアの情報は色々聞いたけれど……そんな才能の無いトロい女は、あなたには似合わないわ、エインセ」


 再び、グラスを傾けるエリス。葡萄酒の減りが速い。


「君と出会えてよかったよ、エリス。君は家柄も素晴らしいし、美人だ。それに剣の特技もある。フォトアが自分の特技を語っていたんだが、なんだと思う?」


「さあ……乳搾りとかかしら?農作のお手伝い。田舎娘じゃない」


「料理だとさ」


 それを聞いたエリスは一瞬固まり、そして大笑いした。


「ああ!それは可笑しいわ……料理、料理ね……」


 エリスはまだ笑っている。


「君の特技に比べたら、なんだか笑えてくるよな」


 エインセも笑っている。自分のグラスに葡萄酒を注いだ。

 ろくに料理もしたことがない二人が、フォトアを嘲笑っている。


「私もクラーレ家の者だからね。剣は得意よ……当然の嗜み」


 エリスはカップを机においた。そして、エインセが一言。


「凛々しい」


「フォトアが鈍臭いから、そう見えるんじゃない?」


 二人して笑っていた。人を馬鹿にする、悪意の会話。


「フォトアに、未練はある?」


「まさかだろ?」


「ふふ、そうね。私がいるものね……私達、国で一番の夫婦になるかもしれないわね。エーデンブルグ家と、クラーレ家。なかなかいい組み合わせじゃない」


「そうだね。僕達の未来は安泰だし、僕は君を愛している」


 エインセの口から、すらすらと言葉が出てくる。フォトアにも告げた、愛しているという言葉。

 裏切り者。

 卑怯者。


「ブリッジ家は終わりかもね。エーデンブルグ家に、捨てられたのだもの……ああ、でも生き残ることは出来るでしょうね。料理で」


 エリスがまた笑った。品のない笑い声。

 エインセも同じように笑った。


「鈍臭いって、本当嫌になるな」


 くすくす、と。

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