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結婚するしかないんじゃないの?  作者: 夜乃 凛


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フォトア・ブリッジのお礼

 ツヴァイは急ぎ馬車置き場に向かっていた。

来ない……。それはツヴァイの心を大きく揺らしていた。

何かのイレギュラーか、もしくはフォトアが辞退したのか。

いや、辞退はしない。ツヴァイはそう思った。

約束を律儀に守る女性だと認識していたからだ。


 馬車置き場には多くの貴族を迎えに行った馬車達が戻ってきていた。

 辺りを見回すツヴァイ。その姿に気がついた男がツヴァイに元へ向かってきた。茶髪の男だ。着ている服は土がついている。

 ツヴァイはその男に尋ねてみることにした。


「ご苦労。尋ねたいのだが、ブリッジ家に向かう馬車が出発したか知っているか?」


「とんでもないです。丁度その話がしたくて……ブリッジ家に向かう馬車が故障してしまったんです。申し訳ありません。すぐに報告に行くべきでした」


 頭を下げる茶髪の男。


「故障?」


 驚くツヴァイ。


「他の馬車を使おうと思ったんですが、その時は空いている馬車がいなくて……報告が遅れて申し訳ありません。しかし修理は完了してもうブリッジ家に向かっていますよ」


「そうか……ご苦労だった。その話が聞きたかった」


「申し訳ない。ブリッジ家に何があるんですか?」


「素敵な女性がいる」


「え?ツヴァイ様が、女性……?」


「おかしいか?」


「いや、おかしくは……うーん、でも、おかしいかもしれません」


 男は笑った。


「何を言うか。私だって女性に惹かれることもある」


「なるほど……それで焦って見に来たってわけですね。あ、失礼」


「……そういうことになる」


 同意したツヴァイ。その通りだった。ツヴァイは焦っていたのだ。

 そのことに気が付き少し笑ってしまった。

 状況に振り回されている。

 自分らしくもない……。

 焦り。

 ただイレギュラーで遅刻しているだけの女性に一喜一憂している。


「とにかく馬車は出発しましたから……今頃、もう着いているはずです。後は帰ってくるだけだと思いますよ」


「助かる」


「いえ、不手際ですみません」


「安心したよ。私は舞踏会場に戻る」


「それがいいと思います。馬車の帰る先は舞踏会場ですしね」


「ありがとう。行ってくる」


「どんな女性なのか今度紹介してくださいね」


「言われなくても」


 そう答えたツヴァイはまたも気がついた。

フォトアの存在を、まだ恋人でもなく婚約もしていないのに皆に見てもらいたいと思っていることを。

 金の髪。青の瞳。生活に慣れた手。

 まったく困った自分だとツヴァイは苦笑した。

 またエインセ・エーデンブルグのことを思った。まるで理解出来ない。

 何故フォトアのような女性を裏切ってしまうのかわからなかった。

 宝石のようなのに……。

 見る目がない。そうツヴァイは評価した。

 そして心の中でひそかに誓った。

 自分なら絶対に幸せにしてみせると。


 フォトアは馬車に乗っていた。

 優しい草原を駆けていく馬車。客席に乗り込んでいるのはフォトアしかいない。

 彼女は御者に丁寧にお礼を言った。お世話になりますと。


「いえ、すみません、故障で遅れまして……ツヴァイ様から真っ先に向かうようにと、言われていたんですが」


 淡々と馬を走らせながら語る御者。


「それは……直すのが大変だったでしょう。休まなくて、いいのですか?この辺りで一旦止まって……」


 フォトアはあたふたとしている。

 御者は笑った。


「大丈夫ですよこのくらい。それよりも貴女を会場まで届けなければいけませんから」


「ありがとうございます……」


 フォトアは頭を下げた。御者は見ていない。


 その後しばらく沈黙が続いた。

 フォトアは少し手が汗ばんでいるのを感じた。

 緊張している。そう自認した。

 踊れるのだろうか……。

 いや、踊るのだ。

 ツヴァイがわざわざ招待してくれたのだ。

 練習だって頑張った。全力をぶつけるのだ。

 手を握りしめた。

 そして緊張を解くために御者に話しかけた。


「あの、ツヴァイ様は、普段どんな方なのですか?」


「普段……ですか?うーん、そうですね……」


 御者は考え込んだ。


「嫌味が無いですね。ローレン家の主なんだから、もうちょっと人に高圧的になってもよさそうなんですけど。話しかけやすいですよ。向こうからも、話してくれますし……」


「どんな話をするのですか?」


「食事の話とかしますね。昨日の料理に感謝しなくてはならないな、とか。日常の事を話します」


 フォトアは笑顔で聞いていた。ツヴァイの新しい一面を聞けるのが嬉しかったからだ。そしてまた嬉しくなった。日常の料理への感謝。なかなか出来ることではない。習慣や日常に慣れ親しむとそれに甘えてしまうものだ。ツヴァイはやはり今を生きているのかもしれない。だから料理と作ってくれる人のありがたさに感謝出来るのかもしれない。

 私も料理を毎日作ってあげたい……。

 そう考えてフォトアは顔を赤くした。

 何を考えているのだ。

 まだ何も始まっていないのに……。

 首を振った。このままではいけない。

 のぼせている。


「何してるんですか?」


 ちらりとフォトアの方を見た御者は面白そうに語った。


「あ、ええと……内省です」


「内省?貴女、僧侶みたいですね」


 御者は大笑いした。


「こりゃ、早く会場まで送らないといけないなぁ。飛ばしますよ」


 馬の速度を上げる御者。

 フォトアは加速度を感じながら、内省は言い過ぎだったともやもやしていた。



 馬車が止まった。ローレン家に到着したのだ。舞踏会の会場の目の前。


「ちょいと馬を飛ばしました。さあ、いってらっしゃい」


 白い帽子を被った御者が軽くフォトアに手を振った。


「ありがとうございました」


 フォトアは一礼した。そして馬車がまた動き出すのを見送った。

 いよいよだ。

 ツヴァイが待っている。

 自分の服を見た。

 少し怖い。自分の好きな気持ちが知られるのが怖い。

 でも臆してはいられない。シャレールが言っていた。手を伸ばすのだ。

 勇気を出して!

 フォトアは黒い絨毯の待つ建物の中に向かった。

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