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結婚するしかないんじゃないの?  作者: 夜乃 凛


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舞い降りる神の使者

 来ない。

 ブリッジ家にて待機しているフォトア。そわそわしている。館の外に何度も出た。しかし馬車が来ない。ローレン家に向かう迎えの馬車が来ない。

 フォトアは案じた。何かあったのだろうか……。お昼になってしまう。必ず馬車は来るはずだ。

 フォトアは落ち着かなかった。

 しかし焦っても仕方がない。色々なことを想像してみることにした。


 エリス・クラーレのこと。確かにエリスの言葉には傷つけられた。

 しかし、フォトアはエリスに対して思ったのは悲しみだった。きっと人の心がわからないのだ。

 人の心はある時に何かのスイッチが入って身につくものだ。エリスは心のスイッチが入る瞬間がなかったのだとフォトアは想像した。だから酷いことも平気で言える。自分勝手に動くことが出来る。

 その生き方はとても悲しいものだとフォトアは思った。


 エインセは裏切った。それもとても悲しいことだった。自分の魅力の無さと愛しているという言葉の薄さ。

 人の心は簡単に動いてしまう。エリスを選んだエインセ。だが今はそれを責める気にはならなかった。裏切られた当初ならそう思ったかもしれない。

 しかし今は違う。ツヴァイの存在があるのだ。人はひどい目に遭った後に運命の人との出会いがあると言われている。エインセとの別れはきっと今のためだったのだ。もうフォトアはエインセを恨んではいなかった。心の目はツヴァイに想いを馳せている。

 いけないことだろうか?

 一瞬の夢で終わるとしてもフォトアは恋していた。

 ツヴァイの隣りにいたい。

 どんな命令でも聞く。

 他の誰になんと言われようと構わない。

 誇りあるブリッジ家の娘としてツヴァイに向き合いたかった。ブリッジ家に生まれたことはフォトアの誇りだ。人間は自分で生まれてくる場所を選ぶことは出来ない。生まれた時に不幸な境遇になる人もいる。そんな中ブリッジ家に生まれた幸せ。

 フォトアは両の手を合わせて目を瞑った。

 感謝。

 自分を支えてくれた人たちへの感謝。

 精一杯生きてきます。そう祈った。


 馬車はまだ来ない。

 フォトアは馬車が来るまでの間祈り続けた。



 舞踏会の会場では多くの人がすでに集まっていた。ローレン家が招待した者達はほぼ全員集まっているようだ。ローレン家に招待されて喜んでいる貴族達もいる。


「遅い……何故だ……」


 人が多く踊りに盛り上がる人々を見ながらツヴァイは呟いた。フォトアが来ない。もう昼を過ぎている。

 何か問題があったのか?心配だった。そして満足出来なかった。フォトアと踊りたい。それが本心。しかし待てども待てどもフォトアはこない。ツヴァイは焦っていた。

 ブリッジ家側のトラブルかと思ったが、ふとこちらの不手際かと思い至った。馬車の様子を確認しに行かなければ。そう思った。

 そんな時エリス・クラーレが声をかけてきた。


「ツヴァイさん、そろそろ、踊ってくださいませんか?」


 優雅に一礼するエリス。だがエリスの言うことなどまったくどうでもいいことに思われた。


「すみません。大切な方が、まだ来ていないのです。その確認をしにいかねばなりません」


「大切な方……?」


 エリスは首を傾げた。そして心の中では舌打ちしていた。

 女だ。女がいる。独身とは言え流石にローレン家の主となればそれくらいはいるか……。

 エリスは過剰にツヴァイにすり寄るのはやめようと決めた。結婚相手はエインセだ。だがしかしローレン家に媚びておく必要はある。程々にご機嫌取りをする必要はあると思った。


 女の存在が気になる。大方有名貴族の娘だろう。それも美人の。その女に自分が勝っていればまだ可能性もなくはないが……。おそらく自分を以てしてもその女には敵わないだろう。

 なにせツヴァイ・ローレンの選ぶ娘だ。確実に優秀。


「そういうことで、少し離れます」


 ツヴァイはやや焦った表情で舞踏会場から去ってしまった。

 取り残されるエリス。エインセと踊るかとため息を吐いた。



 昼が過ぎていく。日はまだ天空に見える。きれいな青空に、きれいな雲が見える。快晴だ。

 フォトアはずっと待っていた。馬車が来ないので何かあったのではと思ったが、ずっと外で待っていた。

 待っている間に占い師のシャレールがお昼ご飯をフォトアに持ってきてくれた。シャレールは相変わらずの黒い服装に白髪だった。ご飯を持ってきてくれたシャレールの顔はどこか微笑んでいた。フォトアはシャレールに慌ててお礼を言った。


「お礼なんていいんですよ。話は聞いていますよ。今日は全力を出すために、しっかり食べないと」


 シャレールがゆっくりと話す。

 フォトアはその温かい言葉をしっかりと言葉を受け止め、頭を深く下げた。


「ありがとうございます」


「そんなに頭を下げなくても大丈夫ですよ。でも、それが貴女ですよ」


「私……?」


 フォトアは首を傾げた。

 シャレールは笑った。

 フォトアはシャレールの持ってきてくれたパンとスープを食べきった。馬車は相変わらず来ない。

 二人は館の外で立っている。


「ねえ、シャレール」


「なんでしょう?」


「夢物語って、実現するものかしら……」


 フォトアはどこか遠くを見ているような瞳で言った。

 シャレールは少し沈黙。そしてゆっくりと口を開く。


「夢物語なんてものは、そうですね……実現しません」


「……はい」


 フォトアは悩んでいるように頷いた。


「お嬢様。今私の言った意地悪の意味が、わかりますか?」


「意地悪?」


「夢物語なんてものは実現しない。しかし、その言葉を否定することが出来る心があれば、夢物語は実現することもあります。そのためには手を伸ばさねばなりません。どんなに苦しくても手を伸ばさねばなりません。お嬢様の夢物語がお話で終わるかどうか、それは神のみぞ知るでしょう。しかし手を伸ばすことを諦めないこと。私に言えるのはそれだけです」


 シャレールは遠くを見つめながら言った。

 フォトアは言葉を刻み込むように深く頷いた。


「私もね、若い頃は恋をしたものですよ。夫は亡くなってしまいましたが、昔は……必死に相手を求めたものです。お嬢様、あなたには黄金の蝶がついている。そしてあなた自身がかけがえのない宝石のようなものなのですよ。きっと神様の使者が迎えに来てくれます」


 強い風が吹いた。フォトアとシャレールの髪が揺れる。


「ほら、来ましたよ。神様の使者が……さあ、悔いのないように」


 シャレールは指をさした。その指先は二人に近づいてくる馬車に向いていた。

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