掛け値なしの馬鹿
数日後。ライトはエリスとエインセに当たる。
エリス・クラーレとエインセは着物の試着をしていた。それはもちろん舞踏会のための衣装だ。晴れ舞台なのだ。無駄にするわけにはいかない。
二人が服を探している場所は、貴族用の服を集めている知る人ぞ知る名店だった。
空間は広いのだがそれにも増して服の量が多く、部屋が狭く感じられる。何列にも服で埋まっている。
全部は試着しきれないだろう。
エリスは噂に聞くツヴァイ・ローレンが男前だということに少し興味を持っていた。
私の美貌ならもしかしたら……。
エリスにとってエインセは好みだったがエリスは男癖が悪かった。
いずれにせよ招待されたのだ。クラーレ家の優雅さを見せつけなければならない。優秀。ステータスに優れていると思っているエリスには余裕がある。
「これなんてどうかしら?エインセ」
紫色の衣装を試着しながら笑顔のエリス。
「いいね。君には紫は似合っていると思うよ」
「あら、どうして?」
「妖艶な感じがするだろう?」
エインセは微笑む。
エリスも微笑み返した。悪い気はしなかった。ただの明るい女より怪しげな雰囲気が漂っている方が良い。
その後も二人は何度も試着を繰り返していた。
その時、入り口の方からカランカランという鈴の音が聞こえた。誰か新しい客だ。今までほぼエリスとエインセの貸し切りのような状態だったので、エリスとエインセは少しイラッとした。
入ってきた人物を見る二人。
その目に写った姿にエリスはドキリとした。長い銀髪の男だ。端正な顔立ち。高貴さを感じさせる白の装束。圧倒的に庶民などとは違う。
エリスはエインセという者がありながら胸が高鳴っていた。
いい男だ。格好が良い。
そしておそらくは貴族だ……。
「エインセ、あの方はきっと貴族だわ。挨拶をしておきましょう」
理由を作って話しかけようとするエリス。
エインセは自然に頷くと銀髪の男の方へ向かった。
銀髪の男が二人に気づく。
「あの……あなた、貴族の方ですか?」
エリスが積極的に話しかけた。試着したままの紫色のドレスが妖しい。名前を先に名乗るのが礼儀だが、エリスは肉を食べる獣のように相手の素性を知りたがった。
「む?そうですが……何か?」
「あら、私も貴族です……お名前は、なんというのですか?」
「名前ですか。ツヴァイ・ローレンですが」
ツヴァイが淡々といった。あまり名を出すのは好きではないのだ。
しかし聞かれたら答えた方が良いだろうと判断した。相手は名乗っていないが。
エリスとエインセは本当に驚いて二人で顔を見合わせた。
「ローレンって……あの、ローレン家ですか!?」
エインセは驚きながらも興奮していた。偶然が幸運を引き寄せている。幸運の女神が微笑んでいる。ローレン家に取り入るチャンスが舞踏会より前に訪れた。
「ああ、運命かしら……ローレン様、私はエリス・クラーレと申します。舞踏会への招待状、嬉しかったです。馳せ参じます……」
すらすらと語るエリス。胸の内は熱かった。
ツヴァイ・ローレン。男前とは聞いていたがこれほどとは。期待以上だ……。もっとこの人物と話したい……。
一方のツヴァイはエリスの名を聞いて無表情。顎に手を当てている。
まったく喋ろうとしない。ただ何か考えるように顎をさすっている。
「ローレン様?」
不思議に思うエリス。
「あ、ええ、エリスさんですね。確かに、招待状を送らせていただきました。舞踏会には、来ていただけるのですか?」
ツヴァイはいった。どこか含みのあるような声色だった。
「もちろんです!」
エリスは興奮気味に話した。行かない手はない。
「それはありがたい。待っていますよ」
ツヴァイがコントロールされた笑顔をエリスに見せた。
エリスは直視されることに耐えられず少し視線をそらした。エリスの隣には興奮気味のエインセがいたがエリスは気にもとめない。
ツヴァイ・ローレン……。
エリスの頭の中はその人物でいっぱいだった。
それからエリスとエインセは丁寧な物言いでツヴァイとしばらく話した。
ツヴァイは好感の持てる笑顔を見せたが頻繁に無表情になったのが印象的だった。
エリスとエインセはひたすらに自分たちの長所を話した。私にはこんな事が出来ますよ、私達は貴族として大変優秀なのですと。
貴族として大変優秀と二人が言った時にツヴァイは笑っていた。
二人は好感を持たれていると思った。
権力。ローレン家に気に入られれば敵はいない。
二人はさらに饒舌になった。
気がつけば三十分ほど経っただろうかという頃にツヴァイが切り出した。
「すみません、人との約束がありまして」
ツヴァイが切り出した。
「ああ、ごめんなさい!お忙しいですものね。私達、これで失礼します。行きましょう、エインセ」
「そうだね。ツヴァイ・ローレン様。舞踏会で出会えるのを楽しみにしています」
二人はぺこぺことツヴァイに頭を下げた。
「ええ、待っています。本当に、待っていますよ」
ツヴァイの返答。何か含みがあるようなゆっくりとした言葉だった。
それを聞いてエリスとエインセは喜んだ。そして服の間をくぐって外に出ていった。
「……やれやれ」
ツヴァイは顔に手を当てた。手の裏には鬼神のような険しい表情が潜んでいた。




