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裏切りで始まったっていいんじゃないの?

挿絵(By みてみん)

「フォトア・ブリッジ」


「はい」


「お前、もういいよ。お前とは結婚しない。バーカ。他にいい女見つけたから」


「……?」


 とある、建物の一室である。

 部屋。少し、広すぎるのではないかとすら思われる、大きい部屋の中で、男と女が椅子に座っている。壁は、白い石で出来ていた。天使を思わせる、それなりの、いや、本物の高級品である。木製の椅子はピクリとも動かず、部屋の大きな白いベッドは、存在感を主張している。窓は広く、枠組みは木。外は明るい。窓の金細工が、若干、嫌味を感じさせる。センスが無い、とでも言うべきだろうか。趣味が悪い。


 椅子に座っている女の名は、フォトア・ブリッジ。

 長い金の髪、青い瞳。宝石の様な瞳だ。容貌は整っていたが、手先は荒れていた。何故か?家事をしっかりと行う者の手である。白いワンピースが、彼女の清楚さが、静かに、男の言葉を受け止めている。


 その金髪の女、フォトアの向かいに座っている男の名は、エインセ・エーデンブルグ。

 そちらは短い金の髪で、碧色の眼をしている。青い服、そして、金色の線のような物がついた、貴族の礼服を着ていた。街を歩けば、全ての女性が振り返るかのような、整った顔立ちだ。礼服に飾り付けられた金の装飾品は、エインセの容貌に、見事にマッチしていた。


 フォトア・ブリッジ。彼女は、フォトア・ブリッジから、フォトア・エーデンブルグになる予定だった。

 予定、だった。


「待ってください!!私を、愛して、いると……」


 フォトアは、エインセに対して、焦った様子で話しかけていた。

 彼女には、状況が飲み込めなかった。

 突然すぎたのだ。


「真に受けるなよ。お前、何が出来るの?トロイし、まあ、顔はそこそこだけど、もっと美しい女はそこら中にいる。お前には剣の才も無ければ、学術の才もない」


 エインセは呆れたように、やれやれと首を振った。


「才能は……ありませんが……ですが!!私は料理がとても得意です!!あなたの料理を毎日作れます!!」


「料理?ハッ。笑わせるなよ。召使いにでもやらせておけばいい」


 エインセは、フォトアの言葉を笑った。馬鹿にしたような笑い方だった。人を馬鹿にする権利などないのに。そんな権利など、持ってもいないのに。


「大体、お前のブリッジ家は、そこそこの影響力を国に対して持っているが、所詮そこそこ。俺が見つけた女はクラーレ家の女だ。ブリッジ家とは格が違うんだ」


 エインセは語った。

 エインセの家系のエーデンブルグ家は、名家の血筋だ。国に付随する人間にとって、エーデンブルグを知らぬ者はおらず、また、実際に影響力もあった。貿易、農作、武力。全てにおいて恵まれている、エーデンブルグ家。


 その、エーデンブルグ家のエインセと、ブリッジ家のフォトアは、結婚する予定だった。フォトアの属するブリッジ家は、武力こそ無いものの、広大な土地を持ち、農作において、隣に並ぶものはいなかった。


 しかし、エインセの持ち出した名前。クラーレ家。クラーレ家は、エーデンブルグにも引けを取らない血筋で、特に国に対して武力の影響を強く持っていた。また、クラーレ家の者は、美しい姿を持っていることが多い。


「エリス・クラーレっていうんだ。いい女だよ。俺は、エリスと結婚する」


「待ってください!!私は……私、は……」



 フォトアは焦っていた。突然のことに驚いていた。悲しんでいた。そして、すぐに他人のことを思いやっていた。

 エーデンブルグ家に捨てられました、などと家に戻って言えば、皆の信頼を裏切ってしまう。エインセとフォトアの二人の縁談に、フォトアのブリッジ家は本当に大変な思いをしてきたことを、フォトアは知っている。フォトアの父、エミールがどれだけ動いてくれたか。

 フォトアはエインセを愛していたし、また、これで将来は安泰だという気持ちもあった。いきなりのエインセの話に、別れなければならないという現実を、受け止められない。


 エインセが木彫りの椅子から立ち上がった。フォトアを見下す、冷たい碧の瞳。


「もう話すことはない」


 エインセが淡々と語る。あまりにも無慈悲である。

 人間はすぐ裏切る。

 裏切るものなのだ。


「私はあなたのことが」


「しつこい!!衛兵を呼ぶぞ」


 エインセは、フォトアを突っぱねた。

 フォトアは、その場に縮こまってしまった。両手を握りしめて俯くフォトア。


 愛する人が裏切ったのだと。

 私は、家の信頼を裏切ったのだと。

 私は他の女に、負けたのだと。


 様々な思いが、フォトアの頭を駆け巡っていた。

 その間に、エインセは、くぼみのついた赤いドアから部屋の外へ出ていってしまった。


 フォトアは一人取り残され、絶望的な思いと共に、黙り込んだ。

 部屋の全てが、虚無に見える。窓の外は、フォトアの思いとは裏腹に、明るい。残酷なまでに。日差しが、呪いかのように。


 エインセを説得出来ないだろうかと、フォトアは考えた。しかし、それは無理だろうと思った。

 エインセとフォトアは幼馴染。フォトアは、エインセの性格をよく知っていた。自由奔放だ。すぐにでも態度を変えてしまう癖がある。フォトアには、とても説得出来るとは思えなかかった。


 部屋の中で縮こまるフォトア。

 一人きりで、長い時間が流れた。

 その時間は、実際の時間とは違い、とても、とても遅く流れた。

 涙がフォトアの頬をつたい、助けてくれる人もおらず、ただ、耐えることしか出来なかった。

 彼女は決意した。

 家に帰ろうと。

 どんなに罵倒されても、家族に真実を打ち明けよう。フォトアはそう思った。

 フォトアは静かに椅子から立ち上がり、赤いドアをくぐり抜けエインセの部屋から出た。

 残酷な日差しを背景に。表情は、見えず。


「そういう理由で、帰ってきたというわけだな?」


 真っ白い部屋の一室での話。壁は白く、茶色の本棚が壁際に並んでいる。本棚には百科事典、地図、文学、歴史書など、様々な本が入っている。さながら、書斎である。床には、緑色の絨毯が、優しく広がっていた。中央に茶色い机があり、その側の椅子に、灰色の毛の、髭面の男が座り込んでいる。

 その男の名は、エミール・ブリッジ。フォトア・ブリッジの父である。


 椅子に座っているフォトアの父、エミールに対して、立ったままの状態でエミールの正面にいるフォトアは、怯えていた。

 家族の信頼を、裏切ったのだと。

 裏切られたのはフォトアの方だったが、フォトアは、愛する人を失った悲しみとともに、縁談を必死に取り付けてくれた家族に、申し訳ないと思っていた。


「申し訳ありません、お父様」


 フォトアの目から涙が溢れた。

 彼女は思った。

 何か、間違っていただろうかと。

 私の、何が足りなかったのだろうかと。

 どうして。

 何が、いけなかったのか?

 何故?

 どうして。どうして……。


「……フォトア、こっちに来なさい」


 エミール・ブリッジは、険しい表情でフォトアに語りかけた。

 フォトアは怯えた。

 いかなる仕打ちも覚悟していた。みんなが応援してくれたのに。私は応えることも出来ないと。

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。


 フォトアは、おずおずと父に近づいた。

 父は、椅子から立ち上がった。

 その時のエミールの行動は、フォトアの予想外の行動だった。

 父は、フォトアを抱きしめたのだ。


「お父様……?」


「相手など、また探せばいい」


 エミールは、フォトアの縁談を、必死に持ち込んだ。苦労し、家の将来を賭けたとも言える努力をした。

 しかしエミールは、フォトアがエーデンブルグ家に嫁入り出来ないことを、責めたりはしなかった。

 決して責めたりはしなかった。


「お父様……私……でも……」


「今一番傷ついているのはお前だ。休みなさい。そして、忘れなさい。周りの者がお前を責めても、私はお前の味方だよ」


 優しい表情でエミールは語った。

 フォトアは、涙が止まらなくなってしまった。

 エミールの胸の中で泣いた。声を出して泣いた。

 責められてもおかしくない。

 フォトアの心境。

 捨てられた。

 出来損ない。

 それでも、父は、フォトアを責めない。

 フォトアは、ブリッジ家に生まれてきてよかったと、心から思った。

 優しさという、かけがえのない想いに支えられていた。


 フォトアは、捨てられて一人になった。

 ブリッジ家の者たちで、フォトアとエインセの噂をする者たちが、最初は絶えなかったが、ブリッジ家の主であるエミールがそれを良しとしなかったため、フォトアが直接、嫌味などの何かを言われることはなかった。

 むしろ、フォトアは愛されていた。彼女の性格の良さ故に。


 フォトアは傷つきながらも、家の農業を手伝った。普段の日常である。

 手。汚れて、綺麗とは言い難い、だが、しっかりと生活を営んでいる者の手。それを持っているのが、フォトア・ブリッジ。


 日々が流れていった。ある日、フォトアは、畑を耕している農夫に、水と僅かながらの葡萄を籠に入れて、持っていった。

 明るい空。日が差し続ける中でも、農夫たちは作業をしている。

 フォトアは両手で、重そうに籠を担いで運んでいた。

 一面の畑。美しい風景。

 それは、人々の生活を支えるもの。

 それを支えるブリッジ家を、フォトアは誇りに思っていた。

 日差しの中、努力し続ける一人の農夫の元に、フォトアが近づいた。


「おや、フォトアお嬢様?おつかれさまです」


 農夫の男が笑顔を見せた。浅黒い顔つきと、精悍な肉体が、農作業に慣れていることを示していた。


「こんにちは。あの、お水を持ってきました。少しですが、葡萄も……」


「そんな!!お嬢様は人が良すぎます……。私共などに、そこまで……」


「大切な家族ですから」


 フォトアは笑顔で語る。金の髪が、綺麗に揺れる。

 家族。フォトアはもちろん家族の意味を知っている。血の繋がった者同士という意味だ。

 だが、彼女にとっては、彼女自身の大切な人々もまた、家族なのだ。


「……許せねぇなぁ」


「はい?」


「エインセの野郎ですよ。こんな優しいお嬢様を……」


「……エインセは、悪くありません。……私に魅力が無かったから」


 フォトアは、エインセを責めなかった。

 責めたのは、自分自身。

 自分が。

 自分が至っていなかったから。そうやって、自分を責めていた。

 しかし、フォトアは一人の人間だった。

 そこに秘める思いがあった。

 幸せになりたかった。

 ただそれだけの願い。


「お嬢様が嫌がるなら、エインセの話はしませんが……。しかしなぁ……」


 農夫は、残念そうな表情を見せた。心配と、エインセに対する落胆が混じった、それでいて、人を思いやるような、困った農夫の表情。

 何か、考え込んでいる様子の農夫。そして農夫は、おもむろに口を開いた。


「水と葡萄ありがとうございます。お嬢様、市場に行かれてみては?」


「とんでもないです。しかし、市場ですか?何故?」


「人に触れたほうがいいですよ。きっと、寂しい思いをなされているでしょう。なに、気晴らしですよ。お嬢様のことを悪く言うやつは俺が懲らしめます!!」


 農夫が白い歯を見せて笑った。腕まくりをしている。筋肉質な、頼りがいのありそうな腕。


「……ありがとうございます。あれ、おかしいですね、あれ……」


 フォトアは涙を流していた。涙は日光に照らされ、美しく光った。

 人を裏切る者もいれば。

 人を愛してくれる人もいる。

 フォトアは、人の優しさを噛みしめた。


「ありがとう、私の大切な家族様」


 フォトアは、深くお辞儀をした。

「面白かった」「続きが気になる」などと思って頂けましたら、

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何卒、よろしくお願いします!

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