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稲荷神社のいざこざ

作者: くれーぷ

「なあなあ、あの噂知ってるか?」

「あの噂って?」

「知らねーのかよ!ここの神社の絵馬に願い事を書くと絶対に願いが叶うっていう話。これ、マジらしいぞ。」

「お前、そんなん信じてるのかよ!小学生かっ!」

「うるせー。いいだろ別に。」








神社内にて


「きつねさん!きつねさん!起きてよ、いいかげん。」

全く起きる気配がない。だらしのない神様だ事。

ちょっといたずらしちゃおうかな。

【きつねさん。おーきーてー。】

「ごめんって、起きるから。無駄に精度のいい神通力で俺の心に呼びかけないでよ。」

「あー、やっと起きましたね。あなたが起きないとペアである私もこの神社の外へ動けないんですから勘弁してくださいよ。」

ゆらゆらと眠たげに揺れるしっぽが憎たらしい。

きつねさんの耳がぴくっと動いたかと思うと急にあたりを見回した。そして何かを見つけたかと思うと胡座をかきはじめた。

「解説しよう!ここは神社の絵馬の中、裏に書いてある挿絵が僕達なのだ!白狐の姿をしているのが僕こときつねさんで青の袴を着てる巫女さんがこの騒いでいる女の子こと永茉(えま)ちゃんなのだ!ちなみに僕は神だよ!崇めたまえ」

ここで殺意を込めた拳を顎に一発。

「誰に解説してるんですか、このバカ神!さっさと始業しますよ。」

「今日も殺意が揺るぎないね!僕、死んじゃうかとおもったよ!よしっ、じゃっ開店だよー!」

やっと一日が始まる。



「今日のお便りはっとー、、、、」

「大事なお客様の願い事をお便りとか言うな!」

わなわなと震え出した私を尻目にきつねさんは願い事を分けていく。

「えっとー、これはできる、これはできない、これは隣の神社に渡すか。うーん、みんなここがどんな思いで作られた神社なのかわかってるのかなぁ?」

「そんなのわかっているのはもういないんじゃないですか?私達でさえ記憶が消えているのに。」

「そうだよね。」

伏せている薄雲鼠の瞳が妖しげに細められた。

にこにこして黙っていたら可愛くて綺麗なのに。せっかく人型が取れるんだから、イケメンの神がいる神社として売り出した方がよっぽど売れるんじゃないかしら?

「よっし、仕分け終わりーっと。じゃあ今日の永茉ちゃんのノルマこれね。特にオレンジの紐のやつはきちんとして欲しいかな。」

がさがさと5つほど絵馬を渡される。

「オレンジ、オレンジ、、、あ!この兄ちゃんの病気を直してくださいってやつですか?これまだこの神社で受けたことなくて、すっごく難しいって言われてるやつじゃないですか。きつねさんばっかりずるいです!」

私はあくまで巫女だから神様には逆らえない。

だからいつも簡単に叶えられる願い事はきつねさんがやってしまうのだ。

「いいじゃーん。選別したりほかの神社と交渉したりしてるの僕なんだし。めちゃくちゃ大変なんだよぉ。」

「神社のお守りや絵馬の作成、掃除に会計にきつねさんのお世話をして、きつねさんの業務も手伝ってる人は誰ですか?」

「はいはい、感謝してますよ〜。神様、仏様、永茉様ー」

「自分が神なのに何言ってるんですか、私もう行きますから」

振り返らずに境内を出た私にはきつねさんの含みのある綺麗な笑みは見えていなかった。

「いってらっしゃい。」




まずはきつねさんに念を押されたオレンジの願い事から叶えていこう。とりあえず病院へ行ってみようかな。



消毒液の匂いが鼻をツンとつく。

いろいろな願い事を叶えに何度も訪れた事があるけどやはりなれない。

「兄ちゃん!死ぬな!」

耳をつんざいたのは少年の叫び声。

その声に依頼人の気配を感じてそちらに行ってみると、ガリガリにやせ細って見るに堪えない病人と泣きすがっている少年がいた。

「悠一。もういい加減にしなさい!」

母親らしき人が目に涙をいっぱいにためて吐き捨てるように言う。

「兄ちゃん!一緒に野球見に行くんだろ?好きな人に告るんだろ?死ぬなよ!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!死ぬな!」

呆然と立ち尽くしていた私はその病人の死期を感じとった。

「あ、ちょっと待って!」

「10時49分、ご愁傷さまです。」

声にならない叫び声。鎮痛な面持ち。あれ?私これ知ってる。






「死ねよ!ブス!」「なぜあなたには神力がないのかしら」

「我が家の恥だ」「あの子としゃべると鬼がうつるわ」

蔑みの視線、哀れみのため息、冷たい平手。その全てが私のものだった。

この稲荷村でいちばん大きな家に生まれた私はこの家代々受け継がれる神力を持って生まれることを期待されていた。

でも、実際は鬼神を体に宿した穢れたものが生まれてしまったのだ。

母は殺され、父は賭け事にズブズブと沈み、没落して行った。

「お前のせいだ。お前がいなければこんなことには」

私は齢4歳で自分に存在意義がないことを知った。

そんな時、父と愛人の間に子ができた。

その子は神力を持っていた。

それも、100年に一度有るか無いかの上質な神力を。

家の威光は元通りになって行った。

義母と子は蝶よ花よと大切に屋敷に囲われた。

私は下女として屋敷に置いてもらえた。

「あなた、何故この家に住まわせて貰えてると思ってるの?この子が、憲治があなたを気に入ってしまったからよ。本当に汚らわしい。何故こんな醜女を気に入ってしまったのかしら。」

「申し訳ございません。」

「フンっ。まあ、6歳に媚びて生活しなければならないなんて、これ以上無いほど面白いから許してあげるわ。」

「寛大な御心に感謝致します。」

紅茶にまみれた頭を低く下げると、義母は足を頭の上に乗せてグリグリと床に押し付けた。

心はもう破壊され尽くしていた。



「お姉ちゃん、だいじょうぶ?」

「憲治様。わたくしめなどに気を使われないでください。」

ちいさな可愛らしい手が私の頭を撫でる。

純粋無垢な瞳は吸い込まれそうに暖かで、涙が出そうだ。

「お姉ちゃんも家族でしょう?おおきくなったら僕がまもってあげるからね。」

ああ、この子には汚れて欲しくない。いつまでも優しく、育って欲しい、と願っていた。

まだ私は12歳だった。




「憲治、大丈夫か?」

「憲治ちゃん?お母様の手を握ってご覧なさい?」

「大丈夫です。お父様、お母様。」

憲治様が16歳になった頃、大病をなされた。

若々しく、健康的だった肌は荒れ、くまが酷い。

直接見た訳では無いが、あばらが浮き出ているのが服の上からでも分かる。

「ごめんね、僕のせいで。」

部屋の換気をしていた時、憲治様は申し訳なさそうに仰った。

「いいえ。憲治様が謝られることではありません。憲治様は立派にお病気と戦われております。」

お医者様から盗み聞きしたことだが、憲治様は徐々に回復に向かっているらしい。素人目からは分からないけど。

「ありがとう。」

疲れきった表情と本当に回復しているのか疑わしい顔色に私は疑問を抱けなかった。





井戸から水を汲んでいると体の中の鬼が私に呼びかけてきた。

【ねえねえ。君は何故助けを求めないの?僕に助けを求めてくれたらこんな環境からおさらばできるのに】

私が成長していくにつれ、聞こえるようになった鬼の声はいつも私に問いかけてくる。何故助けを求めないのかと。

誘惑されてはだめ。自分をしっかり持つのよ。








「憲治様はもう、、、」

「何故?あなたが回復に向かっていると言うから任せたのに!このヤブ医者が!」

「お前、少し落ちつきなさい。」

ガッシャーーーーーン

高級な細工が砕け散り、中に入っていた水が毛の長い絨毯に染み込んだ。うっかり聞いてしまった。そして、驚きすぎて持っていた水瓶を落としてしまった。私に視線が突き刺さる。

少しの間。誰も言葉を発さない。私はこの間が大嫌いだ。なぜなら義母が何か命じる物を考えている間だから。

ついに義母が真っ赤な口紅に縁どられている口を開いた。

「この子を人質にすればいいんじゃない?ねえ。大昔にあったじゃない。姉を助けるために妹が神社にある崖へ身投げしたら姉が助かったっていう伝説が!それをすればいいのよ!伝説の再来よ!」

この女は狂っていると思った。興奮に染まっている目は血走り、こけた頬は紅潮している。

「ねえ?いい考えでしょう?あなただって憲治ちゃんにさんざん気を使わせて申し訳ないと思っているでしょう?恩返しができるいいチャンスじゃない!」

父は疲れ果て、義母を止める素振りも見せない。医者は義母の話にあいずちをうち、ゴマをすっているが目が泳いでいて動揺しているのが分かった。

「お前、もういいよな?」

父にそういわれ、反論する間もなく衣装部屋へ連行された。

残っていたのは粉々に砕け散った水瓶と、濡れそぼった絨毯だけだった。







真っ白な袴。死装束のつもりなのだろうか。鬼は静かに、だが、明らかに息を荒くして脳内に存在を見せつける。助けを求めろと。

僅かに血色感のある白粉を顔にはたかれ、外に咲いているボタンの花に似つかわしい濃いピンクの紅を引かれる。

あっという間に支度が出来上がった。

「あなたはこんなに化粧をしても不細工で幸の薄い顔をしているのね。本当に気持ち悪い。早く馬車が来ないかしら。早く、早く憲治ちゃんを元気にしてあげたいわ。」

これこそ、歪んだ愛。息子を救いたいがあまり、義理の娘を犠牲にする。おかしい、間違っている、私は死にたくない。そう叫びたいのに今までの恐怖が私にそうさせてくれない。馬のいななきが響いて馬車が来たと分かった。もうおしまいなんだ。







私の気持ちのようにどんよりと色あせたなんともみすぼらしい馬車が来た。空は夕日に染まり、場違いに明るかった。

狭い馬車に押し込まれ、数分揺られた。

もう疲れ切っていた私はとっくに諦め、目前に見える神社を眺めていた。その時だった。後方から馬のいななきと何か声がした。なんだろう?と馬車から顔を出してみた。

「待て!その人を連れていくな!」

憲治様だった。今にも倒れそうな顔色で必死に叫んでいる。

「憲治ちゃんが来ちゃったじゃない!鈍臭い馬車ね。憲治ちゃんに追いつかれる前に早く行くわよ!」

義母に強引に手を引かれ、馬車から飛び降りた。走って、転んで、突き飛ばされて、崖の縁に立たされた。そこが見えず、水の音だけが響いていて場に似合わず神秘的だと思った。でも、みんなは待ってくれない。じりじりと迫ってくる義母。脳内に響く鬼の声。走ってくる憲治様。

「さあ、飛び降りなさい。早く!」

【早く助けを求めろ!死ぬぞ?】

「待て!まだ死ぬな!俺のせいで!」

ああ、もう分からない。もういいかな。

憲治様、治るかな?私なんかが力になれるかな?言い伝えでも、嘘でも本当でもいいや。

私はみんなの方を向いた。今までしてきたどんな表情より綺麗な表情を意識して。

「私、行ってまいります。」

義母は笑顔に、憲治様は青ざめて、鬼はもう何も言わなかった。

少しずつ後ろに重心を移していく。もう踏ん張れない。ふわっと力を抜いた時、少しの緊張と焦りと悲しみを含んだ叫びが聞こえた。

「死ぬな!死ぬな!死ぬな!待ってくれ」

私は落ちた。なんとも表しがたい浮遊感と背筋がひゅぅっと通り抜ける感じがした。呆れ返った声がした。

【お前は最後まで助けを求めないんだね。】

初めて鬼の顔を見た。鬼じゃなかった。白いふわふわの耳としっぽ。いたずら好きそうな瞳。私は言葉を発した。

「きつねさん?」

薄雲鼠の瞳が星が瞬くようにきらめいて、その瞳と青い水面に吸い込まれた。











目が覚めた。

目眩がした。

眩しい。苦しい。息が出来ない。涙が溢れ出て前が見えない。

息がしたくて必死に空気を吸い込むけれど私の体はそれを吐き出してしまう。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。苦しい。

ポンと背中に暖かな手があたる。

「吸ってー。吐いてー。吸ってー。吐いてー。慌てないで。」

必死に手を握りしめた。じんわりと血が滲む。

「ほらー。永茉ちゃんは馬鹿力だからー。痛いでしょ?」

差し出されたのはふわふわのしっぽ。握れと言わんばかりに揺れている。震える手でそれを掴んだ。

「ね。落ち着いてきた?」

息が出来る。視界が開けている。苦しくない。

「落ち着いて来ました。ありがとうございます。」

顔を上げると目前に私の顔が映る薄雲鼠の瞳が見えた。

「きつねさん。」

幼い頃からそばにいてくれて、ずっと助けてくれていた世界一の友達。そしていつもイライラするけれど信頼できるバディ。

「ん?なあに?」

何か楽しそうにぴこぴこと耳を動かして小首を傾げている。

「なんでもないです。」

ありがとうの気持ちを言霊に込めた。きつねさんは神様だからきっと伝わっている。

きつねさんはにこっと笑った。

「じゃあ、残りの願い事もよろしくね!」

私の額にビキビキっと青筋が2本浮かんだ。

「この鬼畜がぁーー!」

「僕鬼じゃないもん!きつねだもーん。」

ああ、こんなのに感謝なんて。本当に憎たらしい。




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