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オーセンティックバー「不知火」シリーズ

マティニ

作者: 河谷守

バー「不知火」は水曜定休

18時に開店し25時に閉店する。

人気のある店なので暇な時間はほぼ無いと言えるが、それでも時折静かな時間が訪れることもある。


村雨はグラスを静かに棚に置く。

店内の客は二人。どちらも常連では無い。

個々で来た単独の客で、若干離れてカウンターに着いている。

1人は20代ぐらいの男性で痩せ型。静かに独り、孤独を楽しむようにベルギービールを嗜んでいる。

もう1人は40代と思しきがっしり体型の紳士。入店後ジン・リッキー、ラスティ・ネイルと進んで、そろそろ次の注文をしようとしている。

「お次、行かれますか?」

程よいタイミングで村雨は問いかける。

「ああ、では、マティニを」


マティニ

カクテルの王様と言われる王道のショートカクテル。

ジンとベルモットをステアしてカクテルグラスに注ぎ、オリーブをピンで刺して沈めるシンプルなレシピである。

マルティニさんが考えただの、マルティニ社のベルモット普及のために考えられただの起源もいくつか謂れがある。

派生種も多くジンやベルモットすら使わないもの、単にジンをベルモットの瓶眺めながら飲むという剛の者も居る。


「派生種もありますが、お好みはドライ寄りでしょうか?」

紳士が先に頼んだカクテルはライムを絞って炭酸で割るものとウイスキーにドランブイを合わせたものという、若干方向性の違うカクテルゆえに好みを読みにくい。

「マティニは辛めのが好きですね。チャーチルほどの辛口好きではありませんが」

中々のカクテル好きと見える。

と、痩せ型が興味を示す。

「マティニって、僕は飲んだことないのですが色々あるのですか?」

村雨は丁寧に答える。

「基本はジンとベルモットを3:1から4:1ぐらいでステアするカクテルです。ただ、合わせるものをベルモットから他のものに変更したものや、イギリスの名宰相ウィンストン・チャーチルはジンがお好きだったようで、安酒のジンをストレートで飲むというのを憚ってマティニと呼んでいたと言われていますね」

「甘めのものもあるのですか?」

「マティニの甘い辛いは主にジンとベルモットの比率を指す場合が多いですね。ジンの割合が多くなる程辛いと表されます。甘みのある派生種としては、例えばブルームーンというカクテルは、ジンにパルフェ・タムールという甘いリキュールとレモンを使います。これだともうマティニの元のイメージとは全然違ってきます。そして、こちらは少し辛めのマティニとなります」

紳士に差し出したマティニは5:1。

「あ、これぐらいの味は私の好みです」

「じゃあ、僕はその甘い派生種をお願いしても良いですか」

「ブルームーンでよろしいですか」

青年がうなずく。

「男女で飲んでいて頼むと悩ましいカクテルですな」

紳士が話に乗っかってきた。

「何か謂れがあるのですか?」

村雨が答える。

「パルフェ・タムールは媚薬と考えられていたので完全なる愛という名前が付けられているのですが、それ故にブルームーンも強い愛情を示すものとする解釈があります。逆にブルームーンは青く見える月や、月に2度目の満月が来ることを指すのですが、滅多に無いこと、決してあり得ないことという慣用句に繋がって、女性からの断りと捉える解釈もあるので、男性から言い寄った回答としてこれを女性が選ぶとどちらとも取れるといったところでしょうか」

紳士はくいっとマティニを空ける。

青年の前に、蠱惑的な紫色の透き通ったカクテルが現れる。

「ブルームーンです」

レシピによってはブルーキュラソーを用いる場合もあるが、ここは話の流れからもパルフェ・タムールにこだわった。ジンはあえてタンカレーのNo.10を使い、より香りが華やかになるよう配慮した。

「僕はカクテルを初めて飲んだのですが、華やかな味わいですね」

「私もそのブルームーンをもらおうかな」

紳士が乗っかる。

酒の話題から、新たな仲間が生まれる。これもまた酒の神秘といったところか。

その後客数が増えたので2人にかかりっきりではなかったが、以後ちょくちょく2人で飲みに来るようになった。人の縁というのも中々に神秘である。

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