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1.魔法屋

はじめまして、よろしくお願いします。

城から南に向かって一直線に伸びる花咲通りは、毎日たくさんの人や馬車が行き交っている。この通りは貴族御用達のレストランやブティックなどが立ち並び、生活必需品から魔法具まで全てのものを揃えることができる、王都一番の大通りだ。


そんな花咲通りから数本裏手に入った住宅街、数棟並ぶアパートメントの一室に“魔法屋”と呼ばれる部屋がある。



人影が疎らになってきた夕刻、魔法屋の前で少女が一人、銀貨を握りしめ緊張した面持ちで立っていた。ベルを三回鳴らし扉を三回ノックする。これが魔法使いへの合図だと友人から教わった。魔法使いは気分屋なので扉は滅多に開かないと聞いており、少女がこの部屋に来るのは今月で四回目になる。


(……今日も返事がないわ。帰ろうかしら。)


数分経ってもなんの反応もない。諦めて帰ろうと振り返ると、ギィと扉が開く音がした。


「どうぞ、お入りなさい」



***



蝋燭の灯りがゆらゆらと揺れる薄暗い部屋は、イランイランの香りが立ち込めていた。部屋の両壁に建て付けられている棚には本や液体の入った瓶が並び、空いている壁面には手書きのメモがぎっしり貼り付けられている。奥の部屋へと続く扉は閉ざされておりその先の様子は分からない。


見慣れない小物で溢れている部屋に圧倒され少女が入り口で立ちすくんでいると、椅子に腰掛けた店主と思われる人物が声を発した。


「その椅子にお掛けなさい」

「は、はい」


全体的に散らかった部屋の中で中央に置かれている机の上は綺麗に片付けられており、その前の椅子に座るようにと勧められる。少女が椅子に座るとギシギシと軋んだ音がした。随分古い椅子のようだ。

 

店主は黒いフードを深く被っており、部屋の薄暗さも相まって表情が分かりづらいが声色と深く皺が刻まれた手元からみて、高齢の女性だろう。


(黒いフードのお婆さん。噂通りね、この人が“運命の魔法使い”だわ)


少女は背筋を伸ばして椅子に座り直し、手に持っている銀貨をぎゅっと握りしめた。


「いらっしゃい。運命石を買いに来たんだね。説明は必要かい?」


老婆は素っ気なく少女に問いかける。


「大丈夫です、友人に聞いています。あの、えっと、」


少女はいざ魔法使いを目の前にすると緊張してうまく言葉が続かない。老婆は首を傾げ、机の端に置かれている籠を覗き込んだ。中から1cm程の透明な石を取り出しながら老婆は少女に話しかける。


「今は小さい魔法石しか入荷してなくてね、アクセサリーにするにはちょうどいいだろう」

「は、はい」


魔法石3つを少女の前に置くと、老婆が続いて籠から取り出したのは石を嵌め込む台座が付いたブレスレットだった。


「こっちはオマケで付けてあげようかね。さて、今からこの魔法石に“運命の魔法”を込めるよ。お嬢さん以外の人間がこの石に触れたとき、お嬢さんと相性が良ければより濃い色に変わる。逆に相性が悪ければ薄い色だ。いいね?」

「はい、よろしくお願いします」


老婆は少女の返事を聞くと右手を自身の顔の横まで挙げ、その手を仰いだ。奥の棚から水晶がゆらゆらと浮かび上がり老婆の手の中に収まる。老婆は蝋燭にかざして水晶を確認すると机上の台座に置いた。


「魔法石一つにつき銀貨一枚だがどうする?」

「五つ、お願いします!」


少女は部屋に入る前から握り続け暖かくなった銀貨を机の上に置いた。老婆は銀貨が五枚あることを確認すると小さく頷き、籠からさらに二つ魔法石を取り出して合計五つの魔法石を少女の掌に置いた。


「この魔法石をしっかり握りしめて、反対側の手は水晶の上に」

「はい」


少女は老婆に言われた通りにそっと右手を水晶の上に乗せた。水晶はじんわりと温かかく、左手で握りしめた魔法石はひんやりとしていた。


「じゃあ始めるよ。リラックスして」


老婆が水晶に手をかざす。何か小声で話しているが少女がその言葉を聞き取ることはできなかった。


数分経ち、左手に握っている魔法石に熱が帯びてきたことに気づいた少女は驚いて老婆に声をかける。


「魔法使い様、魔法石が熱いです!」

「そりゃそうさ、魔法を込めたからね。熱くなったのなら完成したから手を離していいよ」

「はい」


水晶から手を離し手を開いてみると透明だった魔法石は少しだけ赤く色付いており、じっと見つめているとまた透明に戻った。


(綺麗だわ……)

 

少女は老婆からもらったブレスレットの台座に嵌め込み、持ってきた巾着袋に大切にしまった。緊張が解け自然と表情が緩み、つい独り言が漏れる。


「あとは、これをアッシュ様にどうやって触ってもらうかね…」



 ***

 


老婆は嬉しそうに微笑む少女を横目に水晶を元の棚に戻す魔法を唱えた。水晶がゆらゆらと棚に向かって飛んでゆく。


 店を開けるのは三日ぶりだったが、水晶の魔力が切れてしまったため今日はもう閉店だ。春の社交シーズンが目前に迫った今、運命の相手を知るために魔法屋に来る女性が後を立たず魔力の供給が追いつかないのだ。

 

老婆は巾着袋を握りしめる少女に声をかけた。


「運命石の注意事項は知ってるかい?」

「人に触れられないように保管に気をつける、ですよね!」


運命石は性別問わず相性を知ることができる。うっかり机上に置いておいて、家の者が触ってしまったと再度運命石を買いに来る客が多いため、老婆は帰り際注意事項を伝えることにしているのだ。


「わかっているならいいんだよ。気をつけなさい」

「はい、ありがとうございます」


巾着袋を再び両手でぎゅっと握り締め嬉しそうに店を後にする少女を老婆は見送った。

 

お読みいただきありがとうございます。

また来ていただけると幸いです。

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