末路
「実子の跡取り娘を婚約破棄しておきながら、ただの猶子に過ぎん娘と新たに婚約したところで家門同士が繋がることはない。むしろ跡取り娘に傷を付けただけだ。健康で、家門に傷を付けないことを条件にお前を婿養子に入れてくれる約束だったが、お前はそれさえ守れなかった」
息が詰まる。滝のように冷や汗が流れる。
自分はもしかして、取り返しのつかない過ちを犯してしまったのか。
「あまつさえ、『公爵家の嫁』だと?どちらの家督も継げんくせに、よもや貴様が侯爵家の跡取り娘を我が公爵家に拐うつもりだったとはな!」
今まで一体何を学んできたのか、こんな常識もない恥知らずに育ておって、教育係にも罰を与えねばならん、長男の方にも再教育せねば、と続く公爵の言葉は、もう次男の耳に入っていなかった。
気付けば、膝からその場に崩れ落ちていた。
この期に及んで、ようやく男は気付いた。
あの日、父から「好きにしろ」と言われたあの時、てっきり父から許しが出たのだと、自分の判断に賛成してもらえたのだとばかり思っていた。
だが違ったのだ。あの瞬間、父は息子に見切りをつけたのだと、ようやく気付いたのだ。
思えばヒルデガルトに妹がいると言った時、父は顔を上げて不思議なものを見るような目でこちらを見つめてきた。
今なら分かる。あれは信じがたい愚かな存在を目の当たりにして驚き呆れていたのだと。我が子がそれほど愚かな存在であったと初めて知って驚愕していたのだと。
そして父は、自分の過ちを正すのではなく、切り捨てる方向に動く決断をしたのだ。
父を失望させ、公爵家に損害を与え、侯爵家からの信用を失わせた。それどころか両家の提携で利を得られるはずだった他の貴族たちからも失望されたことだろう。もしかするとそうした家からも損害賠償が請求されるかも知れない。
「あ………あ………あ………」
「まあ、もう我が家とは関係のないことだ。お前の望みどおり、愛する者とふたりで頑張るがいい。真実の愛、なのだろう?」
公爵はそう言い捨てて、次男だった男の脇を通り抜けて扉へと向かう。その頃には使用人たちも荷運びを終えて、全員が狭い部屋から退去していた。
扉を開け、最後に振り返って公爵は告げた。
「せめてもの情けとして、今までお前に買い与えた物は全て取り上げずに持って来させてある。それらを全て売ればそれなりの財産にはなるだろう。上手くやれ」
再びそう言い捨てて、今度こそ公爵は部屋を出て行った。
後には崩れ落ちたまま振り返ることもできない茫然自失の男と、縛られたままもがき呻く女と、大量の荷物だけが残された。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
その後、何とか気を取り直した男は娘の拘束を解いてやり、自分に嘘を吐いていたことを詰った。だが娘は嘘じゃないと喚き、姉に貶められたのだと泣き、どうしてこんな目に遭わなければならないのかと男を責めて喧嘩になった。
女は男と公爵の会話ももちろん聞いていた。除籍ってことはもう貴方は公爵家の人間ではないの?私は公爵夫人になれるのではないの?思いっきり贅沢をして、たくさんの使用人に傅かれてお姫さまみたいな暮らしができると思ったのに!そう喚いて男を詰った。
それでも何とか現状を整理し、ここで自分たちだけで暮らしていかなければならないのだと話して聞かせ、ようやくふたりとも現実を直視するに至った。何とか部屋を片付けて、運び込まれていたベッドを使えるようにして、腹が減ったが食事を作ってくれる者もいないため、慣れない街に出て何とか見つけた食堂で、食べたこともない粗末な食事で我慢しなければならなかった。
その後は何とか長屋の部屋へ戻り、ひとつのベッドの端と端に身を避けあうように眠った。
翌朝起きてみると、娘は荷物の中から宝石類だけ取り出して、姿を消していた。