プロローグ
群青と紺碧が背中合わせに佇んでいるような、彼方まで続く青色。
その空の淵のない奥まで積雲が、相反する身軽さと密度極まれり質量を共にその空間にそっと置くように揺蕩う。
そんな中にきら、きら、と不調和に太陽光を反射させて近づいてくるような──一機。
また、奴が現れた。
その翼は俺たちと同じく、鈍い金属色がその存在の輪郭を縁取る。
そして、奴が来たのを合図にしたかのように、空の向こうから放たれたミサイルを、まるで紙片がひらひらと踊るように鋭い機動で躱していく。
ミサイルが飛んだ跡はやがて途切れ、まるで空を引っ掻くかのように乾いた断末魔を上げて消えていった。
低空へと高度を落としていた奴の機体は、機首を少しあげたかと思うと、
──FOX2, FOX2, FOX2
刹那、三発のミサイルを連射して、その場を離脱した。
また、奴が全て片付けた……。
先程までレーダーに映っていた敵機はもう文字通り、影も形もない。
そして、奴ももうどこかへと消えてしまった。
『こちらAWACS。領空に侵入せんとした国籍不明機は全て撃墜された。各機マスターアームオフ、帰投せよ』
そう指示されたから、仕方なく機体を所属基地に向けて旋回させる。
しかし、嗚呼、自分はただ飛ぶだけというのはいつになってももどかしい。
もっとも、奴が来るまでは、空の青さは流動的で、静かに浮かぶ雲曇は生きているようで、憧れだった景色の中を飛んでいる快感が心地よかった。
今はもう、現実味すらなく、目線の先でミサイルによって爆散した敵機を眺めても、人が一人か二人死んだということすら、もうそうであるのかそうでないのか分からなく──どうでも良くなってきていた。
『こちらAWACS。松島二曹。聞こえますか』
個別に無線? 何かあったっけか?
『貴官に関しては川北曹長と共にE1基地に向かってほしい』
「できれば理由を伺いたい」
『現在の戦況に関して、連合軍から受けた情報をもとに貴官らとミーティングを行いたい。川北曹長は了承済みだ』
「そうなんです?」
『ん、ああ』
『ということだ。了承いただけるな?』
「……了解しました」
E1基地は、所属するW5基地より帰還するのに一〜二時間長くかかる。
そうか。どうりで今日はそこまで遠くない空域での作戦だったのに、念の為とかいうことで増槽を取り付けられたのか。
くぁー! めんどくさい!
早く帰ってゲームしたかったのに。
……それにしても何故、俺みたいな後方支援で下級兵が首都圏に近い基地に呼ばれるのか、気になる。
いつもなら、戦闘空域の手前で奴が来るのを待ち、交戦を後方から見守りつつ何事もなく諸々が終わる、と。そして惰性で帰る日々だったのだが。
『松島二曹、こちら川北曹長、聞こえるか』
「問題ないです」
『さっさとフォーメーションを組んで基地に向かおう。例の新作を早くプレイしたいんだ』
「そうか。曹長もプレイしてらっしゃいましたね」
『君ほどではないがな』
「はっは」
川北曹長の気さくな声が、無線のノイズ越しに聞こえると少し穏やかな気持ちになる。
群青だった空の色はやがて紺碧が染み渡っており、海はもう間もなく来る夜の闇のみを映していた。
──こう一番星を見つけられるぐらい余裕がある飛び方が、俺には合っているのかもしれない。
そう心の中で呟きながら、帰投に向けて加速させる機体の重力に身を預けて、星屑に撫でられる心地を少し楽しみながら、帰路についた。