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【第一回】SSコン 〜明後日〜

【SSコン:明後日】余白

作者: ポポネ

 部屋にある服という服をひっくり返す。自分でも持っていたのかと驚くものまで全て出してきて、それをせせこましい自室に並べる。色味は多少統一されているが、これだけ大量に服があれば色とりどりだ。まるで満開の花畑に足を踏み入れているよう。

 一つ一つ服をじっくり確かめながら見ていると、フリルの付いたニットが出てくる。

「こんなのもあったんだ。」

 いつだったか、母親に買ってもらった覚えのある服だ。好みではなかったが贈り物は素直に嬉しかったので、今まで奥底に仕舞っていたのだ。私に喜んで欲しいと全面に押し出した母に何も言えなかった覚えがある。

 無性に母が恋しくなって、つんと鼻の奥が痛くなる。ふわりと感傷が降ってきて、浮足立った心に針を刺していく。母への愛はあるけれどこれからの事は誰にも言えない。罪悪感に胸を撃たれそうだ。

 けれどだって、一世一代の大勝負なのだ。これに失敗してしまえば私という人間の人生が終わってしまう気さえする。きっとそんな訳もなく、ありきたりで平穏な人生が続くのだろう。けれど、まごう事なく今までの自分は死んでしまうから。

 沢山予防線は張った。きっと成功する。自分の言葉は間違いなく相手に届くと、日がな一日願い続けてきた。

 不精で普段はあまりしない努力だって沢山した。ファッションなんて微塵も興味はなかったけど、必死に情報集めて、恥を忍んで色んな人に聞きまわった。万年金欠だったのを貯金してコスメなんて物も買った。それから仕草も食生活も何もかも、こっちに一人で越してきてから何も注意していなかったことも改善した。

 きっと色気づくって言うのはこういう事を指すんだろう。分かりやすくってバカみたいな努力だって笑われてしまう。

 そわそわして机の上に放り出していたスマホを引っ張ってくる。酷使され続け充電が赤色になったそいつを、苛立ち半分で充電していた。残量を確認せず引っこ抜いてしまった。きっと数分はもつだろうし。

 電源をつける。ホーム画面を見ても何も表示はなく、期待していたメッセージアプリは顔も知らない人たちばかりだ。通知の群れを漁っていると、一つだけ知っているアイコンを見つける。埋もれていたそれは、私の親友のものだ。

 タップして開くと『明日どうする?』と簡易なメッセージが数時間前に送られていた。どうやら通知に埋もれてしまったらしい。否、服選びに夢中になっていた挙句のしでかしなのだろう。

 今から返信するべきだろうか。どう説明するべきか。浮かれて返信を忘れていたと正直に話してしまえば、きっと追及される。明日何をするか。その事を一番親友にばれるのが恐ろしい。


 親友は私によく似ていた。行動も、言葉も、好みも。何もかもがそっくり同じだった。だからこそ、親友と呼べるほどの存在にまでなれたのだ。なにもかも―そう、好きな人さえも。

 親友もやはり、同じ想いを抱いた。学校に行っては、互いに励まし合いながら、牽制しながら、このくだらない理想を話し合う。そんな青臭い土の匂いが漂う時間が私は嫌いじゃなかった。そんな歳でないと言えばそうなのかもしれない。それでも遅く来た春の兆しが何より輝いていた。

 けれども、それを今反故にしようとしているのは間違いない。私の行動は裏切りであり、待ち受けているのは別れ。加えて罵倒、責め。耳を刺すような言葉の数々を想像して、手が、震える。

 唯一無二の友情を手放すのはかなり惜しい。今までで無かった友情を自分の手で壊すことに抵抗感はあった。あったのだ。親友が憎しみを剥き出しにし、涙を堪える表情を思い出して心が痛む。それ以上に胸の内に膨らんだ独りよがりの傲慢を、友情より優先したいと底が叫ぶ。


『用があるから先に帰ってて』

 遅れた事を詫びる文章はいれなかった。用事を聞かれても答えは返さない。それを惨いと諫める言葉は浮かんでこず、返信も来なかった。遅くメッセ―ジ送ってしまったから、親友は気付いてないのだろう。私のように何かしていれば、スマホなど見ない、し。


 ブッとスマホのバイブレーションが鳴って、充電が残り少ない事を知らせる。慌ててそっと元の充電器の元へ戻し、電源を落とした。そして、もう一度部屋を見た。

 足元に散らばる服の中から、一等可愛らしいものを選ぶ。いつもより私らしくはない。それでも愛される女でいなければいけないのならば、恥や外聞は捨てた。

 女子らしくあれ。桜の花びらのごとく儚く綺麗な女の子。誰からも求められて、蝶よ花よと愛でられるような、そんな存在。それに成れるかと言われれば、どう頑張っても成れないのだろうけど、努力して近づく事なら、きっとできる。それが嘲笑われようと、揶揄われようと、努力のできない弱虫に何を言われてもこそばゆいだけ。何も怖いことは無い。


 染め上げた髪を緩やかに手で梳き、一つのパサつきもない事を確認する。明日の為にケアをしっかりしたのだから当たり前だ。何日も前から体調を整えてきた。

 部屋のカレンダーを見上げ、明日に記されたハートマークを見上げる。その後ろには何も書いていない。空白の予定が続いている。

 明後日。明後日の私はどうしているだろうか。育んできた友情も、芽吹いたこの淡い想いも、何もかもを捨てて生きているのかもしれない。もしかすると明後日には、私の友達が一人消えているのかもしれない。目で追う背中が見られなくなって、ふと合わさった視線を気まずく逸らしている未来もある。

 あるいは、ひまわりのような笑顔で相手を見つめている。相手の隣にいる私は、きっとこの世の全ての幸福を手に入れた気分なのだろう。そんな暖かい未来も描ける。

 それもこれも、明日の私の勇気にかかっているのだ。

 ああ、どうか神様。私の事を見捨てないで。明後日の私を幸せにしてあげてください。




 二日後、私の携帯から親友のアドレスが消えた。

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