第98話 しかし回り込まれてしまった!
「おかえりなさい! 良かった、無事で……」
帰宅したジェイ達を、やきもきした様子のエラが迎える。
冷泉宰相の屋敷から急いで戻ってきたら、南天騎士達を蹴散らした雷童を一人で追って行ったと聞かされ、気が気ではなかったようだ。
「お疲れ様、お茶用意できてるよ」
一方モニカの方は余裕があった。こちらは出陣したジェイの帰りを待っていたのは初めてではない。
戦いから帰ってきたジェイは、体内魔素を消耗している事が多い。モニカはそれを見越して魔草茶の準備をしていた。
「お風呂湧いてるけど……」
「それは後で。そっちの状況も確認してからだ」
エラ達には冷泉宰相への連絡を頼んでいた。ジェイとしては、そちらがどうなったか確認しない事には全てが終わったとは言えないという事だ。
「ああ、明日香は先に……」
「いえ、あたしも後でいいです!」
全員で居間に移動。魔草茶を飲んで一息ついてから、お互いに状況を確認する。
まず学園の闘技場で捕らえた隠密部隊は、全員宰相に引き渡してきたそうだ。
「南天騎士団が隠密部隊を確保した事を連絡しないといけないわね」
ただ、潜入したのが幕府の隠密部隊である事はバレていないと伝えているので、改めて伝令を走らせて宰相に伝えてもらう。
南天騎士団からも王家に報告されるだろうが、直通な分こちらの方が早いだろう。
「後は王家の仕事ですね」
お茶を飲みながらそう呟いたのはポーラ。彼女は戻ってきてから補習の準備をしていたが、ジェイ達が戻ってくると青い部屋から出てきていた。
「そうなの? こういうのって後始末の方が面倒だって言ってなかった?」
「あ~、モニカ。それは領主の仕事だ」
つまりアーマガルトで起きた事件等では、領主である昴家が後始末をする立場となる。
今回は王家直轄領であるポーラ島で起きたので、後始末をするのはセルツ王家の役目。逆に言えば、ジェイが口出しするのは僭越という事だ。
「へー、そういうものなんですねー」
モニカだけでなく、明日香もこの辺りの事情は初耳だったようだ。幕府の姫といっても実務に関わっていた訳ではないので無理は無い。
逆にその辺りはしっかり理解できているエラ。
「今頃内都は大騒ぎでしょうねぇ……」
理解できているだけに、これから起きるであろう事を予測してポツリと呟いた。
「エラ姉さん、これからどうなるんですか?」
「そうねぇ……潜入の件自体は、お爺様から王家に伝えられていると思うわ」
数年前まで戦争していた国、しかも現在和平を進めている国からの潜入。夜遅いとはいえ、すぐに報告しない理由は無い。むしろ遅れてはいけない。
「これから緊急会議でしょうけど、始まるのはもう少し後かしら?」
何せこんな時間だ。会議に参加すべき人間を呼び出すのに少々時間が掛かるだろう。
とはいえ、明日の朝までには始まっているとエラは予測していた。
「今の王は穏健ですね。兄ならば、今頃幕府に向けて火球が撃ち込まれていたでしょう」
「『暴虐の魔王』と比較するのはちょっと……」
ポーラの呟きに、エラは引きつった笑みを浮かべた。
「……エラ、隠密部隊が和平反対派だって事は伝わってるんだよな?」
「え、ええ、それは大丈夫よ」
物騒な話に、不安になったジェイが確認した。
もちろんエラも、今回の件が龍門将軍主導でない事はしっかり伝えている。王家もこの件でいきなり和平を白紙にするとは言い出さないだろう。
この件をネタにして交渉を有利に進めようとするかもしれないが、それはそれ。
それこそ王家の仕事なので、ジェイ達が関わる事ではない。
「あのー……」
ここで明日香がおずおずと手を挙げた。
「もし、これで交渉がこじれて、和平が白紙になっちゃったらどうなるんでしょう?」
「……ジェイ君と明日香ちゃんの縁談も白紙になっちゃうかもしれないわね」
「いやあぁぁぁぁぁっ!!」
国同士の問題に、ジェイ達は関わる事ができないとも言う。
ジェイ達の縁談は、政略に依るところが大きい。実際彼女自身も、会うまでは「父が認めた少年」ぐらいにしか考えていなかった。
しかし、華族学園に入学し、一緒に暮らし始めて三ヶ月ほど。今では良い相手に恵まれた。これ以上の相手は無いと父に感謝するようになっていた。
それが、和平反対派の暴走で白紙にされるかもしれない。
元々怒っていたが、更なる怒りがふつふつと湧いてくるのも無理の無い話である。
どうすれば縁談白紙を回避できるのか。何かできる事は無いのか。
明日香は頭脳の普段は使っていないような部分もフル動員し、そしてひとつの冴えた答えにたどり着いた。
明日香は勢い良くソファから立ち上がった。
「ジェイ! 子作りしましょう!!」
そして、握りこぶしを作って宣言。ジェイが魔草茶を噴き出したのは言うまでもない。
「な、な、な……!」
「えっ? えっ?」
驚きで言葉にならないジェイ。モニカは目を白黒させながらジェイと明日香の顔を交互に見ている。
「なるほど、既成事実ね」
対してエラは、平然とした顔で補足した。
幕府と連合王国。所属は違えど、政略結婚としては似たような立場の二人。それぐらいの事は、とうに考えていたのだ。
ちなみに、考え方としては間違ってはいなかったりする。正式に結婚していないのは変わらないが、周囲からの印象はまるで違うものになるだろう。
何よりその時は、ジェイが助けてくれる。明日香もエラも、そう思えるぐらいに彼の事を信じていた。付き合いの長いモニカも同意である。
そうなると両国首脳陣も、和平・縁談を白紙にしないよう考えるだろう。
龍門将軍はジェイを義息子にしたいだろうし、王国は昴家の離反は避けたいからだ。
なお、この点についてもエラは似たような立場である。
という訳で、彼女も動いた。
「このタイミングで言うのもなんだけど……この後、お風呂入るのよね?」
入浴前に状況を確認していたのだから、間違ってはいない。
明日香がキラキラと目を輝かせ、モニカはモジモジしながらも期待が込められた視線をジェイに向ける。
ジェイの方は、卒業しなければ家を継げないのに、学生の内にそんな事は……と真面目に考えていた。
教師ポーラに視線で助けを求めると、今まで黙っていた彼女が口を開いた。
「ジェイ……在学中に子供ができるのは稀によくある話です。問題有りませんよ」
その慈愛に満ちたにっこり笑顔に、ジェイはガックリと肩を落とすのだった。
今回のタイトルの元ネタは、『ドラゴンクエスト』シリーズの逃走失敗時のメッセージです。




