第97話 こちらセルツ国ポーラ島南天騎士団
近付き、つま先で突いてみると、雷童はうめき声を上げた。
「……一応、生きてるな」
魔神すら滅ぼす『影刃八法』の『刀』。
それを人に振るえばどうなるのか、これがその答えだ。
黒い火柱に飲み込まれたはずの雷童の身体には、傷ひとつ付いていない。しかし意識は無く、うめき声を上げている。
魂そのものにダメージを与える黒い刃は、「邪心滅却」の言葉通り邪悪な心のみを焼き尽くすのだ。
逆に言えば、どれだけのダメージを受けるかはその人次第とも言える。
それだけに良くも悪くも相手を選ぶ魔法だが、今回使用したのは間違いでなかったと確信していた。
「よっと……」
ジェイは雷童を担ぎ上げ、町に向けて歩き出す。
雷童は呻き声を漏らすだけだ。彼が意識を取り戻すかは彼次第。辻斬り絡みの言動を見るに、期待薄と言わざるを得ないだろう。
その後ジェイは、南天騎士団と合流。その足で本部に向かい、雷童を引き渡した。
ここで明日香も合流。出会い頭に勢いを付けて飛びついて来る。
「ジェイ! 怪我は無いですか!?」
「大丈夫だ、魔法で防いだから」
ジェイはそれを抱き止め、頭を撫でながら答える。身体については言葉通りだが、体内魔素の消耗は激しい。表面上は、それをおくびにも出さないが。
彼女のおかげで、南天騎士団長の狼谷には既に話が通っていた。
民への直接的な被害が出ていなかった事、全国から華族子女が集まる場所という事情、その他諸々の理由から、南天はこの件を上に丸投げするつもりのようだ。
国同士の関係が絡むような政治的な問題は、そちらで解決しろという事である。
実際手に負えないのも確かなので、これを無責任と責めるのは少々酷であろう。
「そういえば、小熊さんは大丈夫だったのか?」
「診療所に運ばれましたけど、その前に意識は戻ってましたよ。お話もできました」
知人が無事であった事に、ほっと胸を撫で下ろすジェイ。
ジェイ一家としてはそれで済む話なのだが、南天騎士団的にはそうはいかない。
というのも今回の件、南天騎士団も捕り物に参加した訳だが、そこに問題があった。
果たして、南天騎士達だけで雷童を取り押さえる事ができたのか。
今回の件、雷童達の潜入に気付いたのがジェイ達ならば、彼等を探し出したのもジェイ達。そして雷童を倒したのもジェイである。
ジェイ達がいなければ、どこまで対応できたのかという問題だ。普段相手にしているただの犯罪者などではない、ダイン幕府の隠密部隊という、ガチの戦闘集団を相手にして。
雷童を倒す件については「不可能ではなかった」だろう。南天騎士団にも魔法使いがいない訳ではない。人数については推して知るべしではあるが。
だが、潜入に気付くという点は厳しい。そもそも学園という場所はある種の治外法権であり、南天騎士団も確たる証拠も無しに入って調べる訳にはいかないのだ。
そもそも学園内に潜入された時点で負けと言われてしまっては反論の余地も無いが。
何故このような事になってしまったのか。原因は色々と考えられるが、最大のものはやはり「役割の違い」だろう。
身も蓋も無い事を言ってしまうと、他国の軍と戦うのは南天騎士団ではなく東天・西天騎士団の役割なのだ。
ならば南天の役割は何かというと、ポーラ島の治安を守る事である。
というのも華族子女が集まるこの島は、華族社会の縮図である。
集まる者達は若く、分別つく者ばかりとは限らない。しかし、それでも家名を背負って集まっているのだ。暴発を許せば家同士の争いまで発展しかねない。
また華族子女が集まるという事はそれだけ金が集まり、それを狙う者達も集まる。まだ若い生徒達を狙った詐欺など珍しい話ではない。
それらの問題に対処する事こそが、南天騎士団に求められている役割である。
言うなれば東天・西天が王国を守る「軍隊」だとすれば、南天は「警察」なのだ。
対する幕府の隠密部隊は、正規ではないとはいえ軍隊である。しかも汚れ仕事専門の。
警察対軍隊と言えば、どれ程の難事であるかイメージしやすいかも知れない。
今までは問題無く、その役割を全うしていた。しかし最近、それが揺らぎつつある。具体的には今年の春辺りから。
魔法使いになれると謳った短剣密売の詐欺事件。魔草茶及び、魔素水晶密造事件。魔法書による学生乗っ取り事件。そして今回の隠密部隊潜入事件。
なお最後の一つはジェイ達の縁談が遠因である。 他の三つに関しても魔王教団によるものなので、魔王の魂も受け継ぐジェイが無関係とは言い切れない。
とはいえ南天騎士団としても、相手が悪いから無理ですなどとは言えない。
魔法使いに関してはなんとも言えないが、魔王教団と幕府の和平反対派については今後も続くかもしれないのだ。王国の和平反対派が出てくる事も考えられる。
それらに対処できるようにならなければ。戦力を増強し、南天騎士団を立て直すのだ。幕府との関係など、政治的な事に関わっている暇は無い。これが狼谷の本音であろう。
そのため幕府の意図などより、隠密部隊に対処できるようになる事の方が大事なのだ。
幸い、期末試験が終われば夏となり、学園は夏休みに入る。
里帰りする学生が多く、南天騎士団の仕事は減少傾向となる。南天騎士団としては、この期を逃す訳にはいかないと考えていた。
「若、お待たせしました」
エラの方に報告に行っていた家臣が手を回してくれていたようで、南天騎士団本部に獣車が到着。
今回の件、南天騎士団も大事にする気は無いと分かったため、ジェイと明日香はそれに乗って帰宅する。
二人で乗り込むというのに、明日香はその広さを満喫する事もなく、終始ジェイと腕を組んでべったりだった。
ジェイはそんな彼女の髪を撫でつつ、車内から御者台の家臣達に声を掛ける。
「冷泉宰相には?」
「既に。別の者が走っております」
エラの方で、使いを出してくれたようだ。
こうなると幕府との問題も、王家に任せておけばいいだろう。
これがアーマガルト領内で起きた事件ならば、辺境伯家の嫡男、軍事を事実上任せられている者として対処しなければならなかったが、ここはポーラ島だ。
これ以上は、ジェイの出る幕ではない。
「……帰ったら試験勉強だな」
「こ、今晩くらい休みませんか?」
ここからは一学生として期末試験に挑むと、ジェイは御者に帰路を急がせるのだった。
今回のタイトルの元ネタは『こちら葛飾区亀有公園前派出所』です。




