第96話 対決!剣と魔法
今年もよろしくお願いいたします。
顔に狂気の笑みを貼り付けたまま次々と斬撃を繰り出す雷童。
その鋭い連撃を受け止めながら、ジェイは内心舌を巻いていた。
かなりの腕前だ。同年代でこれ程の者は、華族学園にもいないのではないだろうかと。
だが同時に彼は、ある種の歪さを感じていた。その剣の腕が剥き出しになる程、違和感が目に付いて来る。
これまで戦ってきたダイン武士とは、どこか異なる剣術。
家名も官職名も名乗れないのは、雷光を放つ刀が秘密裡に開発されていた物だからと考えていたが、ジェイはそれだけではない可能性に思い至った。
新兵器の刀、扱う者に求められるのは剣の腕だろう。
ジェイに勝つため、問題が有る使い手をなりふり構わずに選んだ可能性は十分に考えられる。実際雷童の腕は、それ程のものだった。
では、その問題とは一体何なのか。すぐさま思い浮かんだのは二つだ。
一つは幕府の家老――王国で言うところの冷泉宰相クラスの高位華族――の子息。
あまり大っぴらにはできないから隠密部隊なのだ。そんな部隊に家老の子息が参加しているというのは、表沙汰にできるものではない。
そしてもう一つは、犯罪者の類。その剣の腕を見込んで囚人を使う。こちらも有り得ない話ではない。
「……もしかしてお前は、辻斬りの類か?」
剣筋に感じられる荒々しさから、これが本命ではないかとジェイは推測していた。
対する雷童は、返事の代わりに斬撃を繰り出してくる。図星だったのか目を剥き、更に激しく、更に鋭く。
「黙れ! 剣を極めるためならば、下賤な犬の一匹や二匹!!」
「下賤、ねぇ……」
その言葉から、ジェイは二つの可能性どちらかではなく両方であると得心した。
途切れぬ攻撃を受け止めるジェイ。雷童も激昂しているが我を忘れている訳ではない。時折刃を交えた瞬間を狙って雷光を叩き込んでくる。
刀を利用し、自らの腕で決着をつけると決めた雷童は、雷光をジェイの魔素を消耗させるものと割り切っていた。
魔法を発動している間、ジェイは体内魔素を消費し続けるのだ。このままでは体内魔素が枯渇してしまう。いや、その前に動けなくなってしまうだろう。
そうなればもう俎板の鯉。それこそが雷童の狙いであった。
その前に反撃しなければならないが、雷童の剣の腕が、それを許さない。
剣の腕に関しては、間違いなく雷童の方が上だろう。ジェイがこれまで戦ってきたダイン武士の中でも上位に入る。同年代の少年だというのに大したものだ。
隙を見出せないジェイは、彼の剣にかける執念を感じ取っていた。
「良い腕だ! だが、いつまで続くかな!?」
「こいつ、更に……!」
雷童の攻撃が激しさを増す。防戦一方のジェイは、ジリジリと足を退き始めた。
押し切れる。そう感じた雷童は、雷光の頻度を上げて一気にジェイの魔素を削り切ろうとする。
だが、それこそがジェイの狙い通りだった。
サルタートでは、彼以上の剣士などいくらでもいた。龍門将軍を筆頭に。子供と大人の戦いだったのだから当然である。
そういう相手とはどう戦えばいいのか。ジェイは、それを熟知しているのだ。
「そらよっ!」
三度目の雷光に合わせて、ジェイは剣ではなく無手の左手を繰り出した。
「なにぃっ!?」
普通ならばそのまま手を斬られてしまうだろう。だが、その手は影を纏っており、斬られるより先に魔法の相殺が発生する。
これまで通り一瞬だけ放っていたため、先に消えたのは雷光だった。影は健在であり、その状態では手を斬る事もできない。
そのままジェイは、刀を握りしめた。
「ほら、どうする!」
「離せッ!!」
雷童は刀を引き抜こうとするが、ジェイは影を巻きつけ手と刀を固定してしまった。
ならばと雷光を放って対抗しようとすると、雷光と影の相殺が発生。
光から目を庇いながら、雷童は気付く。柄に嵌め込んだ魔素結晶が残り少ない事に。
消耗を強いていたはずなのに、いつの間にか自分が消耗を強いられていた。
「いや、貴様も消耗しているはずだッ!!」
ここは押し切るしかない。そう判断した雷童は、片手を懐に突っ込んで魔素結晶を出そうとする。
だが、ジェイはその隙を逃さず右手の剣で容赦無く斬り付けた。
懐に突っ込んだ手を目掛けて着物の上から斬る。懐にしまい込んでいた魔素結晶が散らばり落ち、そのまま足下の影の中に沈んで行った。
「なっ……グァッ!?」
呆気に取られた雷童の無防備な腹に、ジェイの蹴りが炸裂。
それとほぼ同時に、刀から光が消えた。魔素結晶が尽きたのだ。
こうなれば仕方がないと雷童は影に固定されたままの刀を手放し、よろけつつも距離を取って脇差を抜く。最後まで諦めずに抵抗するつもりなのだろう。
そんな彼に、ジェイは容赦無く影の矢を『射』る。
「悪鬼ィッ!!」
雷童も負けてはいない。数本食らいながらも影の矢を掻い潜り、ジェイに肉薄する。
剣の勝負ならば負けない。脇差の間合いまで踏み込み、渾身の一撃を打ち込もうとしたその時、彼は見た。ジェイが小さく笑みを浮かべるのを。
「ありがとな、そっちから近付いてきてくれて」
その言葉の意味を理解するよりも早く、ジェイの手から伸びた黒炎の剣が雷童の身体を横薙ぎにした。
「ぐっ……が……!」
身体を通り抜ける衝撃に、数歩後退る雷童。ジェイは踵を返して背を向ける。
雷童が震える手で脇差を振りかぶって斬り掛かろうとするが、ジェイはそれに反応する事なく、ただ一言口にする。
「邪心、滅却……!」
その言葉と同時に、雷童は黒い火柱に包まれる。
『影刃八法』の『刀』は、魂を斬る黒炎。魂の中の邪心を焼き尽くす炎に、雷童は飲まれていくのだった。
今回のタイトルの元ネタは『疾風!アイアンリーガー』5話のタイトル「対決!剣と魔球」です。




