第95話 名刀雷光丸
雷光を迸らせる刀を構える雷童。しかし、ジェイと比べて彼の息は荒い。覆面を被ったまま走り続けてきたのだから無理もない話ではあるが。
「……その頭巾、外したらどうだ?」
ジェイが声を掛けるが、雷童は反応しない。
それは予想通りであったため、ジェイは意に介さずに更に続ける。
「どうせ俺達以外誰もいない。それに……俺を生かしておくつもりも無いんだろう?」
雷童が勝てば、目撃者はいなくなるという事だ。
その言葉にしばし躊躇した雷童だったが、やがて覆面に手を掛けて乱暴に脱ぎ捨てた。
ジェイが眉をピクリと動かして反応する。
ギョロリとした大きな眼。短い髪は逆立てており、いくつもある顔の傷、特に額から頬にかけて走る大きな傷が目立つ。
覆面を外して呼吸が楽になったのか、雷童は大きく深呼吸をする。
そして唇の端を釣り上げてニッと笑った。月夜の暗さの中でやけに目立つ白い歯が、まるで三日月のように見えた。
思っていた以上に若い。ジェイと同年代の少年だ。
ジェイのような事情が無ければ、三年前の第五次サルタートの戦いに参戦していたとは考えにくい。それに当時剣を交えていたら、ジェイも覚えているはずだ。
「誰かの仇……か?」
そう問い掛けるが、雷童の切っ先は揺らがない。
雷童は無言で大地を蹴り、大きく振りかぶって斬り掛かった。
ジェイは魔法ではなく剣でそれを受け止める。雷童は一瞬怪訝な顔になりつつも、反射的に雷光を放つ。
だがその瞬間、彼は見た。ジェイの顔、その目元を伸びた影が覆い隠したのを。
「ぐあぁっ!?」
ほんの一瞬だけ放たれた強烈な光が雷童の目を焼く。
何が起きたか分からず、彼は即座に距離を取った。
「な、何をした!? いや、それよりも貴様! 雷光が効かんのか!?」
「さて、何の事かな?」
雷童が刀に雷光を纏わせスタンガンのように扱っていたのに対し、ジェイは剣に影を纏わせていたのだ。
雷童が一瞬怪訝そうな顔をしたのも、刀身に違和感を感じたからである。
雷光と影は相性が悪い。が、相殺する事はできる。ある条件が整えば。
「近付くな……!!」
ジェイは影によって遮光したが、雷童は視力の回復までに時間が掛かる。
そこで刀から雷光を撃って牽制しようとするが……何の反応も無い。
「魔素切れだな。さっきからこそこそやっていたの……魔素結晶だろ?」
テレビや冷蔵庫などの魔動機を動かすのに使われる魔素結晶。その名の通り魔素を集めて結晶化したエネルギー体である。
電池のような物だと考えると分かりやすいだろう。ひとつ違いがあるとすれば、魔素を使い切った結晶は跡形も無く消えてしまう事だ。
ジェイは気付いていた。雷童が何度か魔素結晶を柄頭に押し込んでいた事を。
入れ替える素振りが無かったという事は、中の結晶が無くなっていたという事。つまり何かに魔素を使ったという事だ。たとえば、雷光を生み出すために。
「その刀……魔動機なんだろ?」
その瞬間、刀の切っ先が微かに揺れた。
そう、雷童の刀は雷光を生み出す魔動機だ。ジェイも初めて見るタイプである。
影の魔法使い相手ならば雷光、光の魔動機を使う。その判断は正しい。
おそらく雷童の刀は、ジェイに対抗するために作られた物なのだろう。
言うなれば新兵器。それを扱う、家名も官職も持たぬ男は何者なのか……。
「雷光を放つ刀の魔動機……なるほど『雷童』というのは言い得て妙だ。さて、『雷童』というのはどっちの名前なんだろうな? 刀が主なのか使い手が主なのか……」
「チィッ!!」
まだ視力が完全に回復していないのか、雷童はおぼつかない手付きで魔素結晶を柄頭にセット。跳躍してジェイに斬り掛かる。
おぼろげにしか見えていないはずだが、そこまで的外れではない。しかも手数で補おうと連撃を繰り出してくる。
雷光を使ってくればまた相殺してやろうと剣で受けるが、雷童はそれを使わない。先程のような事が起きるのを警戒しているのだろう。
「私は雷童だ! 私が雷童だ!!」
鍔迫り合いをしながら語気を荒げる。
雷光を使わないならばと、今度はジェイが足下から影の矢を放つが、今度は雷童の方が雷光で相殺して防いでみせた。
ならばと数で攻めようとするが、続けている内に視力が回復したのか動きに無駄が無くなってきた。影の矢を的確に雷光の刀で防いでいく。
「分かってきたぞ……! 先程の光、貴様の魔素か!!」
距離を取り、新たに魔素結晶を嵌め込みながら、雷童は声を上げる。
「分かったなら、理解もできたんじゃないか? 勝ち目が無いって」
「ああ、それについては認めよう! 雷光でお前を仕留める事はできんとな!!」
これは、影で雷光を相殺するための条件が関わってくる。
というのも、相性が悪いといっても二つがぶつかりあった場合、影が一方的に消える訳ではない。雷光も一緒に消えているのだ。
といっても雷光を一消すのに、影が十消えるぐらいの差が有る。相性が悪いというのはそういう事だ。
しかし、雷童が魔素結晶分の雷光しか放てないのに対し、ジェイは自前の体内魔素が有る限り影を使う事ができる。
先程雷光を相殺された事で、雷童はそれに気付いた。限りのある魔素結晶では、ジェイの影相手に押し切る事はできないと。
だからこそ戦い方を変えたのだ。雷光はあくまで防御に使い、刀で仕留める。
思わず雷童の顔に笑みが浮かぶ。
先程のジェイの指摘、実のところ図星であった。
ジェイの『影刃八法』に対抗するべく作られた魔動機の刀。
彼はその腕を見込まれて使い手に選ばれ、『雷童』という名を与えられた。
しかし、彼の中にはひとつのわだかまりがあった。
雷光を放ち、鍔迫り合いした相手を痺れさせ動けなくする。確かにこの刀は強い。
こうも考えてしまう。この刀に自分の腕は必要だろうか。自分でなくても良いのではないか。むしろ刀が主となり、自分が使われているのではないかと。
だが、それも霧散した。雷光ではジェイには勝てないと確信した事で。
刀に使われるのではなく、自らが主となって刀を使う。
雷童は再び刀に雷光を迸らせ、ジェイに斬り掛かった。
「フハハハハ! 負けんぞ! 勝負を決めるのはこの刀ではない! 俺の腕だ!!」
今回のタイトルの元ネタは、『ドラえもん』に登場するひみつ道具「名刀電光丸」です。




