第94話 窯世の咆哮
「逃がすか、小僧ォッ!!」
雷童を追うジェイを、窯世が追おうとする。
「行かせません!!」
しかし明日香がすかさず刀を突き付け、窯世は思わず足を止めた。
ジェイに任されたのだ。明日香としても、ここで逃がす訳にはいかない。
その間にジェイ達二人は、公園を飛び出して行く。屋根に飛び移り、遠ざかっていく後ろ姿が見えた。
ジェイを追いたいが、そのためには明日香を、姫を突破しなければならない。幕府を正す事を目的とする窯世は攻撃していいものかと躊躇してしまう。
明日香はそれを見逃さず、即座に斬り掛かった。
窯世は大太刀でなんとか受け止めるが、彼女の方が圧倒的に速い。得物が重い大太刀と言うこともあって、防ぐのが精一杯だ。
窯世が焦りを募らせている内に、動ける南天騎士が再度包囲網を完成させた。手の空いたジェイの家臣二人は明日香を助けるべく、窯世を取り囲もうとする。
視線をせわしなく動かす窯世。前方に明日香、後方からはジェイの家臣二人。そして周囲では仲間が次々に捕縛されている。
多勢に無勢。ここは一旦退かねばならない。だが、どうする。
明日香を見ると、窯世の巨躯に怯む事無く刀を構えている。その姿に窯世は舌を巻く。実戦経験は乏しいだろうに、よほど鍛えられているのだろうと。
やはり幕府の姫なのだと、この状況にもかかわらず明日香を見直す窯世。
彼には幕府を正したいという思いがあるため、これ以上姫に刀を向けるのは憚られた。
二対一になろうとも家臣達の方を切り抜ける。そう決めて窯世は踵を返す。
「逃がしませんっ!!」
しかし、そんな隙を明日香が見逃すはずがなかった。
無防備になった背中に強烈な飛び蹴り。窯世は駆け出していた勢いもあって、そのままもんどり打って倒れる。
「明日香様!」
「後はお任せを!」
家臣達が縄を手に飛び掛かる。窯世は自慢の膂力で抵抗しようとするが、そこに明日香も加わったため成す術もなく縛り上げられる。
「敵将、捕らえたりぃ~!!」
明日香の元気な声が辺りに響く。
「……将か?」
「将に囮に使われていたような……」
ましてや、あの状況で無防備に背を向けるような男である。
二人の家臣が顔を見合わせて何やら言っているが、ジェイに任されていた事を果たせた喜びで彼女は聞こえていなかった。
それに水を差す事もあるまいと、二人はそれ以上はツッコまずに周囲を窺う。
幸い雷童の攻撃を受けた小熊達も、命に別状は無いようだ。
とはいえ軽い怪我でもないため、駆け付けた馬車に乗せられていく。
捕らえた刺客達も、無事な南天騎士達が連行するようだ。
「…………あ」
その時、二人は気付いた。刺客達を南天騎士団に連れて行かれてしまうと、幕府の隠密部隊が島に潜入していた事が知られてしまう事に。
いや、現時点で既に手遅れだ。刺客達は刀を持っている。彼等が武士である事は、既に気付いているだろう。
狼谷団長には既に報せてあるが、念のため明日香達も同行した方が良いだろう。
「俺は明日香様と一緒に行くから、お前はエラ様に」
「分かった!」
彼等は二手に分かれてフォローに走る事にした。もちろん、エラに伝えた後は冷泉宰相まで話を通してもらうのだ。
「明日香様、明日香様!」
「……えっ? あ、はい!」
「一人は家へ連絡に戻しました。我々も騎士団に同行しましょう」
「でも、ジェイが……」
「若なら大丈夫です。後程合流できるでしょう」
ジェイならば問題は無いと、家臣は確信を持っている。
そのまま明日香を押し切り、南天騎士達と共に本部へと向かうのだった。
一方ジェイは、月夜の中を屋根から屋根へと飛び移りながらの追撃戦となっている。
影世界に『潜』って先回りしようにも、このスピードでは『潜』ってから出るまでのタイムラグで見失いかねない。
影を『踏』んで動きを止めようにも、雷童は影を『踏』める距離まで近付いてこない。
雷光を放つ刀を用意していた事からも察せられるが、やはりジェイの魔法についての知識が有るのだろう。
「それにしても、随分と鍛えられている……」
危なげなく駆け抜けていく雷童の後ろ姿を捉えながら、ジェイは呟いた。
雷童は名乗る家名も、官職も無いと言っていた。
窯世という家名と、藤馬という官職名。あちらは両方名乗っていた事を考えると、隠密部隊としてではなく彼個人の問題という事になるだろう。
ジェイは度々影の矢を『射』って攻撃しているが、やはり雷光とは相性が悪い。刀の一振りで消されてしまう。
それ以上に注目すべきは、ほぼ無音で迫る影の矢を、背を向けながら逃げているにもかかわらず、取りこぼす事なく斬り払う剣の腕だろう。
名乗らぬという事は、仮の功績を挙げても名誉にはならない。家はもちろんのこと、場合によっては本人にとっても。
これ程の腕の者が、頭巾で顔すら隠してそのような立場に甘んじる。本人に問題が有るのか、あるいは……。
それも気になるところだが、まずはこの追撃戦を終わらせる事だ。
ジェイは効かぬと分かりつつも、影の矢を『射』って雷童を牽制する。斬り払うその動きで、一瞬スピードが落ちるからだ。
罠を警戒して少し距離を保ちつつ、待ち伏せがあれば一網打尽にするつもりで追ってきたが、一向にそれらしい影は出てこない。
雷童は、繁華街を出て草原を駆ける。ここまで来ると、地下水道への入り口は無い。また、仲間が潜伏できる場所も無い。
これ以上追い掛けても味方と合流する事は無い。そう判断したジェイがこの辺りで決着を付けようとしたその時、雷童の方から足を止めて彼の方へと向き直った。
この辺りは草もまばらにしか生えていない荒野だ。
「……ここで決着を付けようって訳か」
「その余裕、いつまで続くかな?」
そう言って雷童は、再び懐から取り出した何かを刀の柄頭に押し付ける。
そして刀を構え直すと、刀身は威嚇するように電流を迸らせた。
空には月が輝いている。しかし二人の影はジェイから見て左に向かって伸びており、影が交わる事はおろか、雷童に向けて伸びる事もない。
草の影もほとんど無い事も踏まえ、ここではジェイの魔法も真価を発揮できないという計算だろう。
しかし、だからといってここで退く訳にはいかない。
ジェイは迎え撃つべく刀を構え、そして足下からは、数本の影が大蛇のように鎌首をもたげさせるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、慣用句「負け犬の遠吠え」です。




