第93話 NINJA武士雷童
「やっぱり避けたか」
「いつの間に……!」
体勢を立て直した頭巾の男が振り返ると、前方から魔法を放ってきたはずのジェイが、いつの間にか倉庫の入り口に立っていた。
窯世の大太刀を避ける際に影世界に『潜』り、すぐさま彼等の背後から出たのだ。
避けきれず直撃を受けた何人かは動けなくなっている。動ける者もダメージは大きい。
そこに二人のジェイの家臣が襲い掛かった。こうなれば戦いは一方的だ。
そしてジェイ自身は、間髪入れずに頭巾の男に斬り掛る。
男は咄嗟に避けるが、直後に眉をしかめた。気付いたのだ。影の矢を避けて明日香達に近付いていたはずが、ジェイの一撃を避けたためまた離れてしまった事に。
明日香が二対一になる事を避けようとしたジェイとしては狙い通りである。
一対一なら、明日香が負ける事は無い。そう信じるジェイは、明日香の背を守る位置に立ち、頭巾の男と相対する。
「……一応、名を聞いておこうか」
そう問い掛けると、男は大きく息を吐き、そして刀を抜いて身構える。
「…………名乗る家名も、官職も持たぬ」
構えた刀からスパークが迸る。
「我は『雷童』! 『雷童』と呼べいッ!!」
その言葉と同時に、雷童は刀に稲光を乗せて斬り掛かってきた。
振るう刀が光の弧を描く。ジェイが咄嗟に避けたためその一撃は地面に命中するが、同時に激しい音と共に火花が迸った。
再び構えられた刀、纏う雷光は全く衰えていない。
ジェイは即座に影の矢を『射』るが、雷童はそれを気合いと共に斬り払った。その雷光は、魔法にも干渉できるようだ。
「なるほど、雷童ね……」
おそらく本名ではないだろう。だが、そう名乗るだけのものではある。
あの刀と斬り結ぶのはまずい。確信にも似た予感がジェイの脳裏を過った。
一瞬の躊躇、それを感じ取ったのか雷童は、果敢に攻め立てる。
対するジェイは、魔法も使って避けていく。
「貴様が! 影使いである事は分かっている!」
影は刀身の雷光に触れると同時に霧散していった。
雷童はニッと唇の端を釣り上げて、更なる連撃を繰り出す。
「これは! 貴様を殺す! 復讐の刃だッ!!」
しかしジェイは雷光を刃を掻いくぐり、その脇腹に蹴りを叩き込んだ。
吹き飛ばされた雷童は、うずくまりながら顔を上げ、ジェイを睨み付ける。
「貴様……!」
しかし、ジェイは怯まない。足に影を纏わせ蹴りで追撃しようとする。
雷童はそれを腕で防御した。大した威力ではない。その瞳に、微かに喜色が浮かぶ。
対するジェイは表情を変えない。しかし内心では冷静に分析していた。
腕で蹴りを防がれたが、纏った影は霧散していない事を。
この間に明日香と窯世の方は動きが無かった。窯世の方が、相手が明日香姫であるため躊躇しているのだ。
和平反対派といっても二つのタイプがいる。
それは如何なる手段を用いてでも和平を阻止しようとする者達と、龍門将軍に考えを改めさせる事で和平を止めさせようとする者達だ。
窯世は後者だ。それだけに自分の前に明日香が立ちはだかっている事に戸惑っている。
「姫様、お止めください!!」
「止めるのは貴方です! 王国に忍び込み、何をしようとしているのですか!?」
窯世の大声に対し、明日香も負けじと声を張り上げる。
窯世は幕府の進む道を正したいのであって、逆らいたい訳ではない。
自身が正しいと信じて疑わない彼は、明日香が我がままを言っていると受け取った。
「姫様は騙されているのです!! あの悪鬼に!!」
「我が夫となる人を悪鬼呼ばわりなど……許しませんよっ!!」
怒りを露わにして刀を抜く明日香。こうなると窯世も後には引けない。
「姫様、お手向かいいたしますぞッ!!」
大太刀を振りかぶり、斬り掛かった。
明日香はそれをいなし、隙を突いて斬撃を繰り出す。
窯世は強引に身をひねって回避。距離を取って再び大太刀を構えようとする。
しかし明日香は、そんな暇を与えない。彼女は龍門将軍に鍛えられた身、大太刀相手の戦い方も熟知していた。
「さ、流石は姫様……だが幕府のため、姫様御自身のためにも負けるわけにはいかぬ!!」 歯を食いしばり反撃する窯世。
しかし彼は、自身の目が恨みによって曇っている事に気付いてはいなかった。
その時、周囲がにわかに騒がしくなった。騒ぎに気付き、人が集まってきたようだ。
当然、南天騎士団も駆け付けてくる。先頭を走る大柄な男は、ジェイ達の知人である小熊。近くを巡回していたようだ。
この時他の刺客達を制圧し終えていた二人の家臣は、声を上げて彼等を呼んだ。取り押さえるには人数が足りないため、援軍は大歓迎なのだ。
小熊はジェイ達は味方だと声を上げながら駆け寄ってくる。
窯世は明日香の相手で手一杯。反応したのは雷童の方だった。
こちらも一進一退の攻防を繰り広げていたが、妙に手応えを感じない。それこそ実体の無い影を相手にしているような錯覚を覚えたのだ。
「チィッ、面妖な!!」
ジェイ相手に押し切る事はできない。見切りを付けた雷童は、身を翻して駆け出した。
向かう先には、駆け付けて来た南天騎士団達。このまま取り囲まれる事を恐れたのだ。
「距離を取って囲め!」
ジェイが声を上げるとほぼ同時に雷童が斬り掛かる。
「なんのぉっ!」
対する小熊は、剣を抜いて受け止める。
その瞬間、強烈な閃光が走った。そして小熊が煙を上げて、グラリと崩れ落ちる。
「シ、シビ……!?」
「邪魔だ!」
雷童は小熊の脇を素早くすり抜け、他の南天騎士にも斬り掛かる。
彼等は先程の閃光で目をやられており、次々に斬り伏せられていく。
浅い斬撃だ。しかし、その度に閃光が放たれる。
「やっぱりか!」
ジェイの予感は当たっていた。電気は金属を伝う。雷童の刀は、剣を交わしただけで強烈な電流を流す力があるのだ。正しく『雷童』である。
「囲め!」
「剣を使うな!」
南天騎士もやられっぱなしではない。後続の騎士達は刀の間合いの外で、しかし逃がさないように取り囲もうとする。
ジェイもそれに加わろうとしたその時、雷童は懐から取り出した何かを刀の柄頭に押し付ける。
「甘いぞ、王国騎士!」
「ぐあぁっ!?」
そして刀を一閃すると、雷光が飛んで騎士の一人に襲い掛かった。
不意の攻撃、直撃を受けた騎士は苦悶の声を上げて倒れる。
周りの騎士達もその光景に怯み、雷童はその隙を突いて囲みを突破する。
咄嗟に後を追えたのはジェイ。彼は雷童が遠距離攻撃を持っていると判断した瞬間に駆け出していた。
チラリとジェイの方を一瞥しつつ、雷童は駆けていく。
誘われている。罠があるかもしれないと感じつつも、ジェイは足を止めない。このまま逃がす訳にはいかないと、その背を追うのだった。
今回のタイトルの元ネタは、アニメ『GEAR戦士電童』ですね。
ちなみに『雷童』は……実は、私が三□志を初めてプレイした際に新武将に使っていた名前のひとつだったりします。
ええ、その時は「雷銅」という武将の存在を知りませんでした。




