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第92話 アーマガルトの守護者

「サルタートでは世話になったなぁ……この傷の借り、返させてもらうぜッ!!」

 頬に傷のある男は、大太刀を担いだまま一歩踏み出し、そして吠えた。

 明日香は咄嗟に身構え刀に手を掛けるが、ジェイは動じない。その様子に男はこめかみをヒクヒクとさせる。

「相変わらずだな、アーマガルトの小僧……!」

 豪快な風切り音と共に大太刀を振り下ろす。当たる距離では無いが、巻き起こされた風が二人の髪を揺らした。

「貴様の事は、一日たりとも忘れなかった! 貴様の! 悪鬼のような戦い振りはな!!」

 更に吠える。しかし、ジェイは無言で十数本の影の矢を放つ。男の後ろでこそこそ逃げ出そうとしていた者達を牽制するためだ。

 なんとか隙を突いて逃げ出そうとしてた者達の足が止まる。

 ジェイはいくら吠えられても意に介さず、刺客達を見据えている。

 蛇に睨まれた蛙とは、正にこの事か。彼等は思わず足を止めてしまう。

 だが頬に傷の有る男は屈しない。それどころか目を血走らせ、肩を震わせ激昂する。

「それだ……その目だ! その目を、何度も夢に見た! 俺達を……この窯世藤馬を塵芥としか見ていない目だ!!」

 随分な言われように、ジェイは初めて眉をひそめる。

「……まぁ、そう思ったのならそうなんだろうさ」

 しかし、肯定も否定もしなかった。


 三年前の第五次サルタートの戦い、それは国境であるサルタート川を越えて侵攻してきた幕府軍を、王国軍が食い止める戦いだった。

 最初に幕府軍と激突するのは、国境を守るアーマガルト軍。

 しかし、前当主であるレイモンド=昴=アーマガルトが倒れたため、当時十三歳のジェイが軍を率いる事となった。

 指揮官が初陣というのも大問題だが、それ以上に問題だったのは、龍門将軍を押さえ込めるのがレイモンド以外にいなかった事だ。

 あの時は皆が絶望した。絶体絶命の窮地、王国の援軍が間に合わなければアーマガルトは滅びると皆が考えた。

 ところがいざ蓋を開けてみると、初陣のジェイが見事に龍門将軍を押さえ込み、幕府軍の侵攻を食い止め、撃退してしまったのだ。

 皆がジェイを『アーマガルトの守護者』と呼び、褒め称えた。彼がいれば大丈夫だ。幕府になんかに負けないと。

 しかし実のところ、ジェイの心境は先程の言葉通りだった。

 龍門将軍と戦いながら、同時に周りの幕府軍をも食い止めていたジェイ。

 それを可能としたのが『影刃八法』。龍門将軍と戦いながら、周囲の幕府軍に影の矢を『射』込む。そうしなければ幕府軍の武士達も同時に食い止める事はできなかったのだ。

 龍門将軍を相手に、一瞬でも気を抜けば崩されるような緊張感を味わいながらの激闘。それと並行して武士達にも魔法を撃ち込む。

 果たしてそのような状況で、武士達の事を覚えていられるだろうか?

 答えは否である。

 そう、ジェイは目の前の窯世という男の事を覚えていない……いや、知らなかった。

 窯世の言う「塵芥にしか見ていない目」については、まったくの誤解である。

 あの時のジェイは、龍門将軍以外に意識を向ける余裕など無かった。彼等の事など見てすらいなかったのだ。

 より酷いと言われてしまえば、否定できないかもしれないが。


 更に言ってしまうと、こういう手合いは初めてではない。

「明日香……いけるか?」

「……えっ? あ、はい!」

 そこでジェイは、窯世の相手を明日香に任せる事にした。彼女の腕ならば大丈夫だと確信を持って。

「落ち着け、声がデカいだけだ。明日香なら大丈夫だ」

 不意に声を掛けられ驚いた明日香だったが、ジェイに肩を叩かれて決意を秘めた目でコクリと頷く。

「アーマガルトの小僧ォッ!! 姫様を盾にするとは恥を知れェッ!!」

 激昂する窯世。対するジェイの返答は、勢いよく『射』られた影の矢だった。

 咄嗟に腕で防御しようとしたが、影の矢は窯世の脇を素通り。背後の一人に命中する。

「クッ!」

 腕に食らった男の手から小さな箱状の物がこぼれ落ちる。すぐさま拾おうとするが、それは男の目の前で影に沈んで消えてしまった。『潜』の魔法だ。

「……とことん証拠は残したくないようだな」

 その呟き声に男達が目を向けると、いつの間にかジェイの手に、その小箱があった。

 それは発火の魔動機、現代日本で言うところのライターだ。

「そいつが気を引いている内に、証拠を隠滅しようとしたんだろ?」

 全ての荷物を持ち出す事ができない彼等は、燃やす事で痕跡を消そうとしたのだ。燃え上がった倉庫が目を引けば、逃げやすくなると考えると悪くない手と言える。


 その男は頭巾を被っている。隠密働きをする武士がよくする出で立ちだ。

 そして、先程窯世に何やら耳打ちしていた男でもある。

 あの時の動きから、この男は明日香の顔を知っていた。すなわち相応に高い立場の者だと当たりを付けていた。姫というのは、そう簡単に会えるものではないのだ。

 そこからジェイは推理していた。

「お前が隊長なんだろ?」

 窯世は大声で目立つだけの囮、影武者である。

 おそらく仲間にも正体を明かしたくない理由が有るのだろう。

「……何故気付いた?」

 頭巾の横布で口元を隠しているため声がくぐもっている。

 今回彼等は上手くポーラ島に潜入し、潜伏していた。だが、騒がしい窯世という男は、こうも上手く事を運べるだろうか?

 鼻息も荒くジェイを睨み付ける彼を見る限り、とてもじゃないがそうは見えない。

 要するに影武者なら、もう少し違和感の無い者を用意しろという事だ。


 もっとも、わざわざ改善の余地を教えてやる義理も無い。

「お前が間抜けだっただけさ」

 ジェイはバッサリと切り捨て、剣を抜く。

 それを合図に左右から二人の家臣も姿を現した。窯世達は人数で勝っているとはいえ、防災倉庫を背に三方をジェイ達に囲まれる形だ。

 窯世達は即座に散り散りになって囲いを突破しようとするが、足下から突きあげるように影の槍が伸びて出鼻をくじく。

「お前かあぁぁぁッ!!」

 窯世は大太刀を振りかぶり、雄叫びを上げながら斬り掛かる。

 だが振り下ろされる直前、ジェイはその場から姿を消した。

 そのまま大太刀が地面を斬り付けると同時に、明日香が側面から斬り掛かる。

 窯世は強引に大太刀を引き、その一撃をかわした。明日香の刀は、彼の袖を浅く斬るだけに留まる。

「余所見している暇は無いぞ」

 その時、不意に防災倉庫の中から声が聞こえてきた。

 他の者達は思わず振り返るが、頭巾の男だけは反射的に前に飛ぶ。

 直後、無数の影の矢が彼等に襲い掛かるのだった。

 今回名前が出た窯世藤馬ですが


 窯世かませ

 藤馬→当馬→当て馬


 という訳で「かませ犬の当て馬」です。

 真の黒幕は別にいました。


 なお「藤馬」は東百官のひとつで、窯世は「家名+官職名」で名乗っています。

 ダイン幕府に残る、かつて召喚された武士達の文化ですね。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] いやいや、襲撃しに他国まで来ておいて 姫様を盾に、はちょっと台詞としておかしいでしょw 当人はジェイだけがターゲットのつもりだったかもしれんが。 [一言] 後手後手に回ってきたがそろ…
2021/12/05 21:21 退会済み
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