第90話 影の暴れん坊
明日香が顔を青くしているのに気付き、ジェイは影世界に再現された骸を消した。
おおよその理由は推察できる。ジェイ達と接触したこの男から何かしらの情報が漏れていないか、そこから自分達に迫られないかを警戒したのだろう。
背中を斬られているという事は、男も気付いて逃げ出そうとしていたのではないだろうか。そこを後ろからバッサリという訳だ。
「そこまで情報を得ていた訳じゃないんだがな……」
「念のため、でしょうな」
ジェイはやり過ぎだと思いつつも、理解を示す。こういうケースに遭遇した事は、初めてではないからだ。敵地に潜入するというのは、それだけ危険な事なのである。
「念のためであんな事を……」
一方明日香はショックを受けた様子だ。へたり込み、骸があった場所を見つめている。
無理もないだろう。いかに龍門将軍に鍛えられているとはいえ、ジェイのようにいくつもの戦場を経験はしている訳ではなく、こうした裏の世界を知っている訳でもないのだ。
ジェイは、そんな彼女の肩にそっと手を置く。
「い、いえ、大丈夫ですよっ!」
すると彼が何か言う前に、明日香が反応した。平気という訳ではないのだろうが、気丈に振る舞おうとしている。
「……ジェイは、こういう事を何度も経験してきたんですか?」
「毎回という訳じゃないけどな。今回の敵は気合入ってるよ」
呟くジェイの表情は硬い。それはすなわち島内に入り込んだ敵が、質の悪い部類という事なのだから。
問題は、相手がジェイの魔法を把握しているかどうかだ。
いかにジェイ達がこれまで国境を守ってきたとは言っても、一人も逃さなかったという訳ではない。
流石に『影刃八法』の詳細までは掴まれていないだろうが、『添』などによる追跡能力の高さについては知られている可能性がある。
現にジェイは逃げていた男が一時足を止めた場所、あそこで仲間と合流したと当たりを付けていた。地下のあの場所に敵の拠点がある可能性は高いと。
しかし、ここまでする相手だ。もしジェイの力の一端でも知っていた場合、念のためにと拠点を移す可能性が考えられる。
「よし、地下に入るぞ」
ジェイも間髪入れずに相手の拠点に向かう事にした。
二人の家臣はコクリと頷く。
「行きましょう」
明日香も立ち上がった。
その目を見て、無理をしている訳ではないとジェイは判断。踵を返して繁華街の方へと歩き出した。
町に入ったところで、ジェイは道の一部を消して大きな穴を開ける。
明日香が縁にしゃがみ込んで中を覗き込むと地下空間が見えた。繁華街の地下に広がる地下水道だ。しかし、そこに水は流れていない。
「あれ、水は?」
「再現してない。流れてくるのを再現しまくってたらキリが無いからな」
ジェイは中に飛び込み、明日香と家臣二人もそれに続く。
例の場所が分かっているのはジェイだけなので、彼が先頭となって進む。
中はそれなりに入り組んでおり、地図なども無い。しかしジェイは行く手を遮る壁を消しながら、真っ直ぐに例の場所へと向かった。
その途中、ジェイのすぐ後ろを歩いていた明日香がポツリポツリと話し掛けて来た。
「あたし……縁談の話を聞かされた時、嬉しかったんですよ」
「嬉しかった?」
ジェイは振り返らないまま返事をする。その時点で二人に面識は無かったはずだ。
「ジェイの話は聞いてましたから。お父様から」
手強い相手だった。幼いながらも立派な武士だったと、べた褒めだったそうだ。
もう一度戦いたいと嬉しそうに語っていたそうだが、それを聞いてジェイだけでなく家臣二人も露骨に嫌そうな顔をする。
第五次サルタートの戦いではアーマガルトを守るために戦ったが、あんな激闘死闘は二度と御免だというのが正直なところであった。
「あはは……お父様も、半分冗談で言ってたと思いますよ? 息子に欲しいとも言っていて、縁談を進めた訳ですから」
その言葉にジェイ達も小さく笑う。龍門将軍ならば、息子にならないなら戦えとか言ってきそうだなと思いながら。
対する明日香は笑いを止めて、視線を伏せる。
「そんな流れでこっちに来たので……その、和平についてはあんまり考えてなかったんですよね。和平反対派も、お父様に逆らうなんて勇気あるなって感じで」
「安心しろ。それに関しては俺らも思ってるから」
ジェイの言葉に、家臣二人もしみじみと頷く。わざわざ龍門将軍を敵に回すなんて、どんな物好きなのだという思いがあった。
同時に、それでもやる理由が有るのだろうとも考えていたが。
対する明日香は、先程それに気付いた。仲間に斬られたであろう骸を見て、彼等はそこまでの覚悟を持って父に、両国の和平に抗おうとしているのだと。
「……ジェイ、あの人達って、どうして和平に反対してるんでしょうか?」
「さてな……大きいのだけでも五回は戦ってるんだ。恨みつらみってのもあるだろうし」
「黒幕が商人だった事もありましたな」
「ああ、あれは単純に金が目的だったな」
潜入してきた隠密部隊の内のひとつの話だ。
戦争で儲けていた商人にしてみれば、和平されると困るという事だったのだろう。
なお、その商人の件は幕府にも伝えられ、龍門将軍がある晩商人の屋敷に直接出向いて成敗したとか。
「要するにだ、反対する理由はひとつじゃないって事さ」
立場が変われば、見方も変わる。ジェイ達は、和平して平和になる事にメリットを見出しているが、皆がそうだとは限らない。
身も蓋も無い話をすると、大きな戦が無くなると稼ぎどころが無くなるから困るという自由騎士だっているのだ。流石にジェイ達も口には出さないが。
実際のところ、王国側だって全ての華族が全面的に賛成している訳ではない。
幕府の姫との縁談という事で、アーマガルトの離反を疑う声も有った。
エラとの縁談を同時に進めていなければ、王国にも表だって反対する者達が現れていたかもしれない。
「あの、ジェイ……和平が成れば、こういう事も無くなりますか?」
「それは……」
その声に感じるところがあったジェイは、チラリと彼女の方を見た。
その真剣な眼差しを見て、ジェイは誤魔化す事なく答える事にする。
「それで無くなるほど甘いものじゃないだろうな……でも、減るとは思う」
和平に反対する理由は色々だろうが、ひとつだけ共通している事がある。
それは、彼等にとって和平しない事に何かしらのメリットが有るという事だ。
本当に和平が成れば、その内のいくつかは無くせるとジェイは考えていた。
「なるほど。減らせるんですね!」
明日香は、その言葉を前向きに受け取った。
和平が成れば、あの男のような犠牲を減らす事ができると考えたようだ。
「がんばりましょう、ジェイ!」
「そうだな……といっても、俺達に何ができるかは分からないけど」
「何を言うんですか! あたし達だからこそ、ですよ!」
明日香達だからこそできる事、和平の鍵を握るもの、それは結婚である。
すなわち縁談の成功が和平につながる。そう捉えた彼女は、結婚への意欲に今回のような犠牲を減らすのだという意志を更に上乗せするのだった。
今回のタイトルの元ネタは、時代劇の『影の軍団』と『暴れん坊将軍』です。




