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第8話 短剣は二本

「そうか! 風騎委員に入ってくれるか! 歓迎するぞ、ジェイナス君!」

 後日、ジェイは風騎委員に赴き、スカウトを受ける旨を伝えた。

 風騎委員長は大歓迎だ。椅子を倒しそうな勢いで立ち上がり、ジェイの肩をバシバシと叩いて喜びを露わにする。しかし、その腕は細く、あまり痛くない。

「改めて名乗ろう、私はトレイス=周防=シーザリアだ」

 周防家は、内都で暮らす宮廷華族である。

「君がいれば百人力だ! 今年は、風騎委員躍進の年となるだろう!!」

 相変わらず声は大きく、芝居がかった仕草だ。

 サラサラの髪に、目鼻立ちの整った顔。爽やかな笑顔で、社交パーティーにいれば目を惹きそうだが、騎士としてはさほど強そうには見えない。

「……ところで、隣のお嬢さんは?」

「はい! 龍門伊織明日香です! あたしも風騎委員に入りたいですっ!!」

 今日も元気いっぱいの明日香だ。彼女が幕府の姫である事は、当然彼も知っていた。

 しかし、留学生が風騎委員になってはいけないという法は無い。

「……ジェイナス君、彼女の実力は?」

「結構強いですよ。小さい頃から龍門将軍に鍛えられていたみたいで」

「う、う~む……よ、よし分かった。君達は二人で組んで活動するといい」

「わ~い♪」

「君の許嫁なのだから、彼女の安全については君が責任を持つように。あまり危険な事はやらせてはいかんぞ!」

「当然です」

 結局風騎委員長は、明日香も風騎委員に入る事を認めた。ここで下手に断って、ジェイが「それじゃ俺も止めます」となるのを恐れたのかもしれない。


「コホン……早速だが、君達に頼みたい事がある!」

「いきなりですか? こう、訓練とか……」

「確かにあるが……それは騎士団を目指し、かつ従軍経験の無い者達が受けるものだから受けんでいい。これは特別扱いではないぞ」

「分かりました。では、頼みたい事とは?」

「うむ、君達には主に、町を巡回してほしい」

「……事件を探して、首を突っ込めと?」

 ジェイは怪訝そうな顔になる。風騎委員の本来の役割は、校内の治安を守る事だ。

「その通りだ!」

 しかし風騎委員長は、意にも介さず話を続ける。

「そもそも、ポーラは週休四日だからな。校内巡回に手を抜くつもりはないが、そもそも学園内に生徒がいない時間の方が長いのだ」

「それは、まぁ……」

 休み過ぎと思われるかもしれないが、これにはれっきとした理由がある。

 というのも華族家と一言で言っても、その家によって跡取りとなる者が学ばなければならない事は千差万別なのだ。

 たとえば領主華族である昴家と、宮中華族である冷泉家では、日々の仕事などが大きく異なる事は想像に難くないだろう。

 そこでポーラでは週三日で全ての華族家で必要とされる礼法や常識を教え、それぞれの家で必要となる専門的な事は、残りの四日で自主的に学ぶ事になっていた。

 そのための様々な専門分野の特化した「塾」や「道場」は、全てポーラ島内にある。この島自体が、華族の後継者を育てるための島なのだ。

「去年の風騎委員は正に傷付き、地に落ちた小鳥のようであった……」

 つまりは「鳴かず飛ばず」という事である。

 去年の風騎委員長は学園外の巡回にあまり熱心ではなく、また南天騎士団も彼等を当てにせず、援軍に呼ばれる事がほとんど無かったそうだ。

「おのれ、自分の将来が安泰だからと日和りおって! 私が騎士団長となったからには、去年と同じようにはさせん!」

 この辺りは風騎委員長の性格などが出るらしい。

 去年の風騎委員長は騎士団幹部の家の生まれで、大過なく卒業できれば騎士団入りは確実だったため、部下の委員達にも学園外巡回を控えさせたというのが真相であった。

 対して周防家は、宮廷華族といっても宮廷に出仕している訳ではない。役職を持たない平騎士。いわゆる「無役騎士」だ。

 そんな彼が他の風騎委員を差し置いて委員長になれたのは、ひとえにその指揮能力の高さと作戦立案能力のおかげだった。

 その能力を遺憾なく発揮し、自分について来れば功績を上げさせてやると委員達をまとめ上げて、彼は風騎委員長の座を勝ち取ったのだ。

 彼の目標は、実績を上げた風騎委員長として大々的に騎士団入りする事であった。

 そんな彼が、入学前に鮮やかに事件を解決してみせたジェイのスカウトに躍起になるのは、ある意味当然の流れだったのかもしれない。


 こうして風騎委員となったジェイと明日香。二人は度々町を巡回するようになった。

 元々ジェイは、風騎委員になるのは事件に遭遇してしまった際介入できるようにするためぐらいに考えていた。

 しかし、明日香が巡回を気に入ってしまった。というかモニカもエラも巡回には同行しないため、ジェイとデートのように町を見て回れる事に気付いたのだ。

「ジェイ、ジェイ! 今日も行きましょう!」

「分かった、分かった。引っ張るな」

 ここで巡回について詳しく説明しておこう。

 といっても特別な事をする訳ではない。治安を守るために担当場所を見て回る事だ。

 ただし、町を巡回する場合は、厳つい態度で臨んではいけない。むしろ普段から町の人達と仲良くし、友好関係を築いておく事が肝要である。

 南天騎士団は、鎧の上に騎士団規定のサーコートを身に付けた姿で町を巡回するが、風騎委員の巡回は私服姿で行われる。ここが一番の大きな違いといえるだろう。

「ついでにおつかいもお願いね~♪」

「あ、ボクもお願い! 今日新刊の発売日だから!」

 そのため、町を巡回する風騎委員は、一緒に買い物をする事が多かった。

 その分、荷物も増えるが、町の巡回は家臣も連れて行われるので問題は無い。

 ジェイはいつも通り学園からの帰宅後、明日香と四人の家臣を連れて巡回に出発する。


 商店街もこの時間帯になると、夕飯のための買い物客が多い。

 広い道は、その客目当ての屋台がいくつか並んでいる。

 学園帰りの学生や、料理を任されているであろう従者が買い物をしている姿もあった。

 魔動機屋のディスプレイに並ぶテレビ。人気番組が放送される時間になると、その前に人だかりができているのもいつもの光景だ。

「あら、明日香ちゃん! 今日は活きの良いのが入ってるよ!」

「ホントだ! すごいですねっ!」

 商店街を歩いていると、明日香が店の人達からよく声を掛けられる。

 明るい笑顔を振りまく人懐っこい彼女は、今や商店街の人気者になりつつあった。

 幸か不幸か今のところ事件に遭遇していない。二人で買い物を楽しんでいるだけだ。

「旦那も、いつもお疲れ様です」

 ジェイもレストランの一件でそれなりに有名になっていたが、町の人達からはそれよりも「明日香の頼りになる許嫁」として知られているかもしれない。

「あの時みたいな事は起きてませんか?」

「へい、おかげさまで! この南天騎士団のお膝元で、あんな大それた事をやらかすヤツなんてそうそう出ませんよ!」

 威勢の良い肉屋からコロッケを家臣の分も含めて一つずつ買い、それをほおばりながら商店街を歩く。これが彼等の、普段の巡回の光景だった。


 そしてコロッケを食べ終わり、商店街の広い道が夕焼けに染まる頃、事件は起きた。

「……ジェイ! 戦ってる声が聞こえた!」

 真っ先に気付いたのは明日香。走る彼女にジェイが並行して進む。

 商店街を出たすぐ先で一人の南天騎士と、不審者との戦いが繰り広げられていた。

 南天騎士は、腕を押さえてうずくまる家臣を背に庇っている。その家臣は軽装でレザーアーマーも身に着けていない。非戦闘員の従者のようだ。

 騒ぎになり始めており、周りには野次馬が集まり始めている。

 負傷しているのは家臣だけでなく三人ともであり、不審者の傷が一番重そうだ。血塗れの左腕をだらりと力なく下げているにも関わらず、南天騎士の方が押されている。

「風騎委員です! 助太刀します!」

 ジェイと明日香が剣を抜いて助けに入る。

 大柄な南天騎士は、こちらに背を向けたまま「助かるっス!」と返してきた。

「囲めッ!」

 その一声でジェイと明日香、そして四人の家臣は不審者を取り囲もうと動き出す。相手からは、南天騎士の陰から左右に何人も飛び出してきたように見えただろう。

「明日香!」

「任せてください! てりゃぁっ!!」

 明日香が通りすがりざまに刃を返して打ち掛かるが、不審者はたたらを踏みつつもそれを避けた。すぐに体勢を立て直し、明日香に剣を向けて構える。が、遅い。

「こっちだ!」

 背後に回ったジェイが声を掛け、不審者が振り返る。

 その時ジェイは今にも落ちようとする夕日を背にしており、不審者は反射的に腕で目を庇う。そう、無事な剣を持った方の腕で。

「『踏』! 今だ、取り押さえろ!」

 次の瞬間、ジェイの魔法が発動。家臣達はその隙を逃さず、動けなくなった不審者に飛び掛かり、取り押さえる。

 その直後、野次馬達から「よっ! 南天騎士!」「風騎委員もよくやったぞ~!」と拍手喝采が上がるのだった。


「いや~、助太刀感謝っス!」

 にこやかにベンジャミン=小熊(おぐま)=ハッターと名乗った南天騎士は、家臣の応急手当をしながらお礼を言ってきた。

「お手当、お上手ですねっ!」

「はっはっはっ。慣れっスよ、慣れ!」

 その手つきは淀みない。仕事柄、怪我し慣れているのかもしれない。

 家臣の男はまだ痛がっていたが、そこまで重い怪我ではないようだ。むしろ捕まえた男の方が重傷だ。手当しようにも隙あらば暴れようとするので、ジェイ達も手伝う。

 それも終わると、小熊は立ち上がり、改めて一礼してきた。

 立ち上がると、改めて彼の身体の大きさがよく分かる。髭を伸ばしていないその顔付きは、あまり怖い印象を受けない。

 よく笑う、人の良さそうな男だ。名は体を表すと言うが、ジェイは「愛嬌のある熊」という言葉を思い浮かべていた。

 縛り上げた男は、まだ唸り声を上げている。興奮が収まらないのか止まりそうになかったので、猿ぐつわも噛ませて小熊に引き渡す。

「若、縛り上げた男がこのような物を……」

 その時家臣の一人が、男から取り上げた武器の一つをジェイに見せて来た。

「これは……!」

 それは不気味で悪趣味な装飾が施された短剣。そう、レストランで立てこもり事件を起こしたボーが持っていた物と同じ短剣だった。

 今回のタイトルの元ネタは『シャーロック・ホームズの帰還』の短編「犯人は二人」です。

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[一言] 許嫁に在学中で【命中】させる奴そこそこ居るんじゃ?
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