第88話 密書ン:インポッシブル
「たっだいま~♪」
明日香達が帰宅したのは、ジェイが刺客の荷物を一通りチェックし終えた頃だった。補習を終えたポーラも一緒である。
ロマティも刺客の件が気になっていたが、家に残した侍女が心配だという事で帰宅。彼女も連れて兄ジムの家で世話になるとの事。先程明日香達が送ってきたそうだ。
またその間に、家臣達によって刺客の尋問が進められていた。
といっても引き出せた情報は、まだ少ない。南天騎士団の警戒が強まったため、身を隠すために学園に潜入していた事ぐらいだ。
試験期間中は使われなくなる場所が多いため、南天騎士団の目が光る町中よりはマシだと考えたのだろう。
これが事実だとすれば、学園と南天騎士団が上手く連携できていなかったという事なので要報告である。
一方一人逃げた刺客は、現在学園を出て商店街も抜けて南下している。繁華街の方にも拠点があるのかもしれない。
その動きは『添』により把握できている。今はこのまま泳がせておけばいいだろう。
「話は明日香ちゃんから聞いたわ」
刺客の件は既にエラ達にも伝えられている。
「学園に忍び込むとはいい度胸ですね」
特にポーラが怒っていた。場合によっては生徒が危険に晒されていたかもしれないという事実に。
「これが刺客の荷物? 何か分かった?」
モニカが、ジェイの隣に腰を下ろしながら問い掛けた。
それを見て明日香も彼の隣に座る。エラとポーラはテーブルを挟んで向かい側だ。
「こいつら行商人の振りをしていたみたいだな」
ジェイが見せたのは、商品リストらしき紙。そこに書かれた品目の多くは、彼等の荷物と一致している。
差異があるところを見るに、正体を隠すために商人としても活動していたのだろう。他の書類も、帳簿など彼等が商人を装っていた事を示している。
「これで全部?」
「潜伏場所にあったのはな」
「オッケー、一通り見てみるね」
モニカは書類の束を、一枚一枚チェックし始める。
国同士の貿易というものは、下手に止めようとすると、それ自体がある種の敵対行為となってしまう。和平の妨げになりかねない。
つまりは止めにくいものであり、刺客達もそれを利用したと考えられる。
「う~ん、雑多……」
そこに書かれている商品のジャンルは多岐に渡った。手広過ぎるが、隣国から来た行商人の集団である事を考慮すればできなくはないといったところか。
そのギリギリのラインを狙ってやったとすれば大したものだ。
「それって……まさか御庭番じゃないですよね?」
「いや、隠密関係だろうけど、将軍直属じゃないと思うぞ」
「御庭番」というのは、征異大将軍直属の忍者達の事。商人に偽って潜入するという方法から、明日香は刺客が忍者達だったのではないかと考えていた。
彼等は龍門将軍と共に第五次サルタートの戦いにも参戦。ジェイにとっては戦い方が近いタイプであり、特に戦いにくい相手だった。
もっとも今回の刺客は龍門将軍が進める和平の流れに反対している者達。その正体が御庭番というのは考えにくい。
それにジェイは自身の経験から、今回の刺客達は「忍者」ではなく「忍者のような役割をこなす武士」ではないかと感じていた。
言うなれば汚れ仕事もやってのける暗部の武士である。第五次サルタートの戦い以降、アーマガルトに潜入しようとしてきた隠密部隊には、そういうタイプが多かったのだ。
隠密としては本職の忍者には劣る。しかし、家格は低いが腕が立つタイプが集められる性質上、時折飛び抜けた実力者が混じっている事もあるのが隠密部隊だ。
「つまり、幕府の特務部隊?」
「そんな感じだな。向こうだと隠密部隊とか言うみたいだけど」
ジェイは補足を入れつつエラの言葉を肯定した。実際、名前以外はほぼ同じである。
「……ねえ、ジェイ。これおかしいよ」
隣のモニカが、一枚の書類を見せてきた。商品リストだ。
彼女の魔法、書類の間違った箇所が赤く光って見える『天浄解眼』を使用して見たところ、多くの箇所が赤く光っていたそうだ。
「商品リストだよな? つまり、実際には仕入れていない物って事か?」
「え~っと……誤字だね。ほら、こことか」
ひとつ具体例を挙げると、「大根」を「犬根」と書いているような間違いだ。
「……しごきがいがありそうですね」
ボソッと呟いたのはポーラ。教師の血が騒いだようだ。
ちなみにこの大根というのは、かつて召喚された武士達が似た野菜をそう呼び始め、いつしか改名されたものであり、地球における大根と同一では無かったりする。
「かなり間違いが多いみたい」
「……ダイン武士が用意した偽装書類が?」
モニカが間違っている箇所を指差すと、ジェイは怪訝そうな顔になった。間違っている箇所が多いのだ。
一緒に書類を覗き込んでいた明日香も首を傾げている。
武士文化を色濃く残すダイン幕府の武士が、偽装書類を用意する立場の者が、そこまで漢字が不得手というのはちょっと考えにくい。
ジェイ自身、腕っぷしだけを買われ、それ以外は考慮外のような武士に遭遇した事もあるが、部隊全員がそうだったという事は無かった。
「つまり、わざと間違ってる?」
エラの言葉に、ジェイとモニカは揃って頷いた。そうとしか考えられない。
何故そんな事をするのか。考えられるとすれば、それによって何かを伝えようとしている可能性だ。
考えられるとすれば、彼等隠密部隊に対する指令書の類だろうか。
島に潜入するための偽造書類であると同時に、指令書でもある。二つの意味を持つというのは有り得る話だ。
「ちょっと待って、もう一回見てみるから」
もしわざと間違っているとすれば、そこにもうひとつの意味があるとすれば、間違っている箇所こそが正しいという事になる。
モニカは商品リストをもう一回見てみる。今度は商品リストではなく、秘密の指令書であると意識を切り替えて。
すると今度はリストのほとんどが赤く光り出した。
逆に光らないのは誤字の部分。だが、それだけではない。
光っていない部分が誤字と誤字を結び、リストの上に図を描いていたのだ。
「ペン貸して!」
傍に控えていた侍女が、サッとペンを手渡した。
ジェイ達が見守る中、ペンでその図をなぞっていく。
「あら、これってこの島じゃないかしら?」
それはポーラ島のおおよその形を表していた。真っ先に気付いたのはエラだ。
更にモニカは、島の輪郭に入っていない誤字もチェックを入れていく。
「ふむ……ここが旧校舎、こちらが新校舎ですか?」
ポーラが二つの箇所を指差しながら言った。
地図といっても大まかな物、もっと広く人里の位置を表しているとも考えられる。
他にも誤字はあるが、そちらは地図と見比べてみる必要があるだろう。
そちらはエラとポーラで進めている内に、モニカは他の書類のチェックを進めていた。
浮かび上がってきたのはいくつかの単語。それらだけでは意味が分からない。符丁の可能性も考えられる。
そして最後の書類から浮かび上がってきたのは数字の羅列。
こちらは別の紙に数字を書き出した時、明日香が気付いた。
「これって……試験の日じゃないですか?」
そう、その数字の羅列は学園で行われる試験の日程そのままだったのだ。
「こっちも分かったわよ」
その時、エラの方も地図を調べ終わった。
「この誤字があるところね、全部演習場がある所だわ」
誤字の位置は、学園外にいくつかある演習場の場所を示していた。ポーラがすぐに気付けなかったのは、彼女が現役だった時代にはまだ無かった場所も含まれていたからだ。
試験の日程と、演習場の場所。二つの情報を合わせると、あるものが思い浮かぶ。
それは期末試験で行われる、実技演習試験だ。
「あいつら……演習にかこつけて明日香を狙う気だったのか?」
ジェイが呟くと同時に、皆の視線が明日香に集まった。
実技試験となると、連れて行ける家臣の数も制限される。明日香を狙うのであれば、それが狙い目のタイミングである事は確かであった。
今回のタイトルの元ネタは、映画『ミッション:インポッシブル』シリーズです。




