第87話 忍者じぇじぇ丸くん
「怪我ひとつでもさせていたら、悠長に生かして捕らえたりしてないって事だッ!!」
その言葉と同時に蛇のように鎌首をもたげる影。八岐大蛇にようになったそれは、彼の手の動きに合わせて刺客達に襲い掛かった。
刺客達もなんとか回避しようとするが、影は追尾する。
逃げずに斬り払おうとする者もいたが、影の魔法を傷付ける事もできなかった。
「その程度でどうにかできるなら、龍門将軍に勝ってない!!」
身も蓋も無い言葉、しかし事実だ。
所詮、龍門将軍との直接対決を避けて明日香を狙おうとする者達が、将軍と刃を交えて撃退したジェイに勝てる道理は無かった。
三人は瞬く間に影に捕まり、容赦なく壁に、床に、天井に叩きつけられ、そのまま影が枷となって張り付き拘束するのだった。
「おーい、もう大丈夫だぞ」
ジェイが声を掛けると扉が少し開き、刀を抜いた明日香が警戒しながら顔を覗かせた。警戒しているのか、いつもよりもキリッとした顔だ。
影に拘束された刺客達を見て安心できたようで、表情を緩めて部屋から出てくる。
「全員捕まえたんですね! ジェイ、すごいです!」
「……まぁ、なんとかな」
もう少し抵抗が激しかったら、どうなっていたか分からない。そういう意味では、全員生きたまま拘束できたのは幸運であった。
続けて出てきたロマティはおずおずと拘束された刺客に近付き、ギロリと睨み付けられて明日香の背に隠れる。
ジェイはそっと睨み付けた男の目も影で覆って見えないようにした。
「こ、こいつらが学園に……先生呼んできます!」
「ああ、待て待て」
駆け出そうとした彼女を、ジェイは影を伸ばして捕まえた。
影の大蛇に襟首を咥えられ持ち上げられる形になり、少し浮き上がった足をバタバタさせている。
「こいつらの思い通りにしてやる必要は無い」
「…………えっ?」
ピタリと足を止めて振り返るロマティ。その時ジェイは、六人の刺客を一箇所にまとめて、影で拘束したまま持ち運べるようにしている真っ最中だった。
それから三人は六人まとめて拘束したまま、彼等が飛び出した部屋を調査。ここに潜伏していた形跡を発見し、彼等の荷物を回収した。
そして闘技場を出た一行は、明日香とロマティだけを休憩室のエラ達と合流させ、ジェイは一人刺客を連れて帰宅する。彼女達は、その後家臣達に迎えに行かせるのだ。
これは刺客の事を、学園側に知らせないためだ。これは襲われたのが明日香であり、捕らえたのがジェイであるため、昴家の問題であるとすれば通らなくもない話であろう。
ロマティとしては潜入した刺客の存在を隠す事になるため、できる事なら学園に報告したいところなのだが……。
「んー……まぁ、事情があるみたいですし言う通りにしますけど」
「誰が送り込んだかも分からない内に報告する訳にはいかないだろ」
刺客の存在を隠す理由。それはあやふやなまま刺客の存在を公にしないためだ。
ジェイと明日香は、彼等が和平反対派であろうと考えているが、証拠は無い。
引き渡すとすれば南天騎士団となるのだが、今の状態では「幕府から刺客が送り込まれた」という事実だけが一人歩きしかねない。
それにより「幕府を許すな!」みたいな声が上がり始めると、それこそ和平反対派の思うツボになってしまうだろう。
ジェイがその事を説明すると、ロマティも一応納得したようだ。
「要するにアレですねー。事件がまだ解決してないから、公開する情報を選ぶっていう」
「……まぁ、そういう面もあるな」
ジェイが気にしているのはどちらかというと刺客を送り込んだのは誰かがハッキリとしない事であったが、一人逃げているのは事実なのでそれも間違ってはいない。
なお逃げた刺客は、現在地下に潜って学園から離れて行っていた。どこからか地下水道に入ったのだろう。その動きは『影刃八法』の『添』で追跡する事ができている。
他に仲間がいて、そちらと合流するかもしれない。ジェイはそう考えて、そちらについてはしばらく泳がせるつもりだ。
「あと、ロマティも一人帰らないように」
「ロマティ、今夜もお泊りですねっ!」
「あ、やっぱりそうなりますー?」
ロマティも目撃者なのだ。居場所は把握しているとはいえ、一人逃げているのだ。保護するのは当然であった。
ジェイは明日香達を見送った後帰路につく訳だが、当然堂々と刺客を引きずって町を歩く訳にはいかない。
すぐさま刺客達の目、口、鼻、耳を影で塞ぎ、呼吸だけはできる状態にする。そして影世界に『潜』ると、足早に帰路についた。ロマティは別行動中なので問題は無い。
魔法も使っての素早い移動。影に持ち上げられた状態の刺客達は、どこに向かっているのかも分からなければ、時間から距離を推し量る事もできないだろう。
家に到着したジェイは、影世界から直接家の中に入る。
家に残っていた明日香の侍女は驚いた様子だったが、他の面々は慣れたものだ。
「男四人に女二人、推定幕府の和平反対派だ」
「ハッ!」
ジェイが刺客を連れ帰った事を知ると、彼等は手早く部屋の準備をし始めた。男女に分けて拘束できるよう、二つの部屋を。
また明日香達を護衛するため、数人が素早く武装して出て行く。
「ああ、狼谷団長には伝えておいてくれるか? 密かにな」
南天騎士団の狼谷団長には、現時点で大っぴらにできない事情も含めて報告しておく。
あちらも下手をすれば、王国と幕府の戦争になりかねない事は理解してくれるだろう。
「冷泉宰相には?」
「そっちはエラのルートから」
その手慣れた様子に、明日香の侍女は目を白黒させている。ジェイの家臣は、アーマガルト軍の若い兵達だと考えていたからだろう。
それは間違っていないのだが、正確でもない。
というのも彼等は、ただのアーマガルト軍の兵ではない。ジェイの直属部隊に属している者達なのだ。
ジェイは第五次サルタートの戦い以降も、アーマガルトに侵入しようとする特務部隊と戦ってきた。
敵は言うなれば幕府の隠密部隊であり、当然部隊の者達は、それに対抗するために鍛えられている。
表向きその名が出る事はあまり無いが、ジェイを始めとする限られた者達は、その部隊の事をこう呼んでいた。『アーマガルト忍軍』と。
そう、隠密部隊に対抗するため、自らも隠密としての技術を磨いた彼等は、言うなればこの世界の忍者なのだ。
彼等は捕らえた刺客への対応もお手のものだった。
すぐさま六人をひとつの部屋に入れると、改めて縄で縛り付けて動けなくする。
そして影で拘束し続ける必要が無くなったジェイは、居間に移った。闘技場で回収した彼等の荷物を調べるためだ。
ジェイがソファに腰掛けると、侍女がお茶を用意してくれた。彼女もジェイが連れて来た家臣であり、こういう鉄火場に慣れたベテランだ。
「お食事はどうされますか?」
落ち着いた口調で問い掛けてくる。
「後でいい。明日香達が帰ってきてからだ」
「承知いたしました」
そして一礼して去って行った。
続けて居間に入ってくるのは、モニカの従者の一人。元々シルバーバーグ商会の者だけあって鑑定技能持ちだ。
「誰の命令で来たのか、分かればいいんだがな……」
「それは有るとしても、肌身離さず持っている可能性がありますね」
その辺りは、今頃忍軍の者達が調べているだろう。
「もしくは荷物の中に隠しているか、だな」
ジェイがそう言うと、従者はコクリと頷いた。
鞄を二重底にしているなど、隠す方法はいくつも考えられる。モニカの従者は、そういう事にも詳しかった。
とはいえ、そういう物は基本的に持ち歩いていない場合が多い。
しかし、報告書などを用意していたり、荷物の傾向などから分かる事もあるため、調べない訳にもいかないというのが正直なところだった。
今回のタイトルの元ネタは、ゲーム『忍者じゃじゃ丸くん』です。
「じぇじぇ丸」と「じぇいじぇい丸」で迷いましたが、語呂を優先して「じぇじぇ丸」としました。




