第84話 ウォーキング?デッド
ジェイ、明日香、モニカの三人が休憩室に入ると、ロマティがテーブルひとつを占拠して書類を広げていた。
三人はそれに近付き、覗き込む。
「……これ全部、別棟で起きた事件の記事か?」
「ええ、結構多いんですよー」
「え、こんなに物騒なの? 華族学園」
新校舎ができてからの期間を考えると、かなり多いと言えるだろう。
「これは俺達が見ても?」
「大丈夫ですよー。全部、PSニュースで放送されたヤツですからー」
ジェイが何枚かの書類を手に取り、ある共通項を見つけて眉をひそめる。
「……婚活か」
その呟きに、ロマティは神妙な面持ちで頷いた。
そう、別棟で起きた事件の多くが、婚活が原因で起きていたのだ。
「クラスとは、また別の人間関係ができるのよ」
そう教えてくれたのはエラ。自分の分も含めた四人分の飲み物を持ってきてくれた。彼女も加えてテーブルに着く。
ロマティは、手早く書類をまとめて四人を迎えた。
「クラスと部、二つの人間関係で板挟みになるって事?」
隣のモニカが、書類を覗き込みながら疑問を口にした。それに答えるのもエラだ。
「部は趣味の集まりというか、気の合う人が見付かりやすいの」
逆にクラスの方は、家同士の関係なども踏まえたものになりやすいらしい。
「つまり、両方で婚活した結果……」
「そうとも限らないのよ」
部活中に趣味の合う相手を見染めたら、既にクラスの方で既に婚活を進めている相手がいた。しかし、諦め切れずに……というパターンが少なくないとの事。
「本人が望んでなくても、集まってきたりするのが難しいところね」
将来有望であれば、放っておいても集まってくるそうだ。
「つまりはジェイですねっ!」
「ジェイの場合は、私達との縁談が有名だから」
とはいえ彼の場合は、相手がいないと勘違いされる事は無いと見ていいだろう。
「とはいえ、流石に死人が出る程の事件は少ないみたいだな」
その一方で片想いを苦にして……というのもあったようだ。
「そりゃそうですよー。やったら勘当モノですし」
それでもゼロでないあたり業が深い。
「これだけあれば幽霊が一体二体誕生するかもしれないが……」
「ねえ、ロマティ。幽霊を見たってニュースは無いの?」
「先輩達にも聞いてみたんですけど……放送部でも幽霊は取り扱わないみたいなんですよね。その原因になりそうな事件はともかく」
「えっ、でもたまに聞くよね?」
「ああ、アーマガルトはそうでしたね」
「そりゃウチの場合、幽霊が出るとすれば大抵戦場跡だからな」
ただし、地方によっては状況が変わってくる。
たとえばジェイ達の故郷アーマガルトの場合、幽霊というと未練を残した戦死者の幽霊がまず思い浮かぶ。
彼等は家族へ何かを伝えようとするも、遠く離れた故郷に戻る事もできずに戦場跡をさまよい続けるのだ。
そのためアーマガルト軍では、国境を巡回する際に幽霊が誕生していないかどうかも調べたりする。
自分を討った者へ復讐するため、隣国幕府に乗り込もうとする幽霊が現れる事もあるので、それを防ぐという意味もあった。当然、幕府側から乗り込んでくる事もある。
場合によっては外交問題に発展しかねないため、アーマガルト軍も必死だ。
これが誰の幽霊か分かれば、家族を招いて成仏させたりすれば良い。華族の縁者などは知っている者も多く、分かりやすい。
しかし余所の一兵士ともなると、身元が分からない事がほとんど。
そんな時は「こんな幽霊が誕生しました。お心当たりのある方は……」と情報提供を呼び掛けたりするのだ。テレビで。
「確かに余所の幽霊の話はあんまり聞かなかったけどさ、単に生まれてないだけかと思ってた……」
それが当たり前の事だと思っていたモニカ。内都ではニュースにしないと聞き、驚きの表情を見せた。所変われば常識も変わるものである。
「内都の場合、そういうのって瓦版屋がやる事ですねー」
華族が国の信任を受けて発行しているのが新聞。対して華族ではない個人で出しているのが瓦版だ。
新聞に対して大ニュースの号外記事など、速さで勝負している瓦版屋が多い。
華族の周辺で幽霊が生まれるという事は、基本的に怨恨がある。つまりは醜聞であると世の人達にみなされてしまう。
江戸時代の四谷怪談や番町皿屋敷をイメージすると分かりやすいかもしれない。
そのため内都では幽霊が誕生しても表沙汰にはせず、秘密裡に退治する事がほとんど。ニュースになる事は少ないそうだ。
しかし瓦版屋にとっては華族家の名誉など関係ない。幽霊の存在をすっぱ抜く事があるとすれば、大抵彼等だった。
といっても、瓦版屋の目も学園内までは届かないだろうが……。
「ここで、そういう情報を持ってるのは先生だと思いますよー」
実際学園内に幽霊が現れた時、最初に対処するのは教師達だからだ。
とはいえこれは、学生が教えてもらうのは難しい。ポーラを通じて頼めば不可能ではないだろうが……。
「それをやるにしても、俺の目で青い影を確認してからだな」
存在するかどうかも分からない状態で、そういう請求をするのは気が引ける。
「そうだな、俺はまた別棟を見回ってくる」
やはりこの件は、まず自身で青い影の存在を確かめなければならない。
そう判断し、ジェイはカップの中身を飲み干すと席を立った。
「はい! あたしも行きますっ!」
「私もお供しますー」
同行するのは明日香とロマティの二人。
ロマティは書類を集めて持って行こうとするが、エラが重そうだとやんわり止める。結局書類のファイルはエラとモニカに預けて、三人は休憩室を出た。
そしてロマティの先導により、昨日と同じルートで別棟に向かう。
渡り廊下の途中で立ち止まり、彼女は別棟の方、正確には中の階段を指差した。
「ここで見たんですよねー、青い影」
「そういえば、目撃した時点で三階への階段のところにいたのか?」
「はい、少し上がったところにー…………あっ」
「ロマティ、どうしましたか?」
「あ、いや、思い返してみると、あの青い影結構高くにいたんだなーって。ほら、ここからだと階段の上の方までは見えないでしょ?」
「確かに、上の方は壁に隠れてますね」
落ち着いて見る事で気付いた。この位置からでは、階段の途中にいた青い影の頭までは見えていなかった事に。
昨夜のロマティに見えたのは、腰から下ぐらいである。
「で、もうひとつ思い出したんだけど……あの影、スカート履いてましたー」
「……制服の?」
すぐさま反応したのはジェイ。重要な情報だ。
「いえ、そこまではー」
残念ながらそこまでは特定できなかった。
「丈は長めだったかなー? 足が見えないくらいに」
「それ、足無かったのでは?」
明日香が即座にツッコんだ。
「もしくは、足が見えないぐらい裾が長いローブを着ていたかだな」
ジェイが思い浮かべたのは、『万魔』が身に着けていた揃いのフード付きローブだ。
他に潜伏している可能性が無いとはいわないが……そんな事を考えつつ、ジェイは二人を連れて別棟に入る。
廊下側は窓が大きく、月明りが差し込んでいる。しかし長く続く廊下は遠く離れるほど薄暗くなっている。心なしか昨夜よりも静かだ。
「そういえば放送部は?」
「昨夜の一件で、教師の監督がいないと居残りできなくなりました」
試験期間という事もあって、事実上の居残り禁止である。
PSニュースなどの仕事がある者は、PEテレの方に出向いているそうだ。
「ああ、それでこんなに静かなんですね」
そのせいか、昨夜よりも不気味に感じられた。
ジェイを先頭に、三階へと上る。心なしか三人の距離が近いのは、雰囲気故だろうか。
三階もやはり人の気配は無く、長い廊下は静寂に包まれている。
「これじゃ不審者も幽霊も――」
辺りを見回しながら「いなさそうだ」と続けようとしたジェイだったが、最後まで口にする事はできなかった。
その視線が向けられているのは窓。正確には窓の向こう側、見下ろした先の庭園にいたのだ。長い髪をなびかせて佇む青い影が。
「外だッ!!」
ジェイは意識して声を張り上げ、二人に注意を促す。
明日香とロマティは弾かれたように窓に近付き、庭園の青い影を確認した。
「行きます!」
「ここ三階!?」
直後、明日香は窓を開き、窓枠に足を掛けて飛び出した。
ロマティは慌てて窓から身を乗り出して見るが、明日香はすぐ脇にあった排水管を利用して無事に着地。そのまま青い影に向かって走って行く。
その元気な姿に、ロマティはほっと胸を撫で下ろした。
「良かったー……あ、私の事は気にせずに!」
「どっちも一人で放っておけない! 行くぞ!!」
「えっ?」
明日香を一人で行かせられないし、ロマティを一人残して行く訳にもいかない。
そこでジェイは、ロマティを抱き上げ、明日香の後を追って窓から飛び出した。
「きゃあああぁぁぁっ!?」
響き渡るロマティの悲鳴。ジェイは両手が塞がっているが、何本も伸ばした影を手足のように使い、何の問題も無く着地した。
ロマティは呆然とし、すぐには動けなさそうだ。ジェイは彼女を抱き上げたまま、明日香の後を追うべく駆け出すのだった。
今回のタイトルの元ネタは、アメリカのテレビドラマ『ウォーキングデッド』です。
この世界の幽霊は、足が無いので歩いているかどうかは定かではありません。
それと今後の更新についてなのですが、諸事情により忙しくなり今の週二更新は難しくなります。毎週日曜の週一更新に切り替えさせてください。
更新が完全に途絶える事はなんとか避けるつもりですので、ご安心ください。




