第81話 若きロマティの悩み
ジェイの協力が得られるという事で、ロマティもひとまず落ち着いたようだ。
「そうだ! 明日からの調査、兄さんも参加させられませんかー?」
落ち着いた彼女は、ちゃっかり兄のジムにも手柄を立てさせたいとお願いしてくる。
「お兄さん、もう大丈夫なんですか?」
「はい、バッチリです! 魔草茶飲みまくったらしいですけど!」
心配そうに尋ねる明日香に対し、ロマティは満面の笑みだ。
先日、魔法書に宿っていた魂に憑依されて乗っ取られ掛けたジムだが、休養を経て風騎委員に復帰できるぐらいまで回復したそうだ。
そのため体調的には調査に参加できるし、妹が関わっているから兄として手伝うのはアリなのだが……。
「……試験勉強は?」
「三年は補習してないですし、大丈夫ですよー」
あくまで補習に時間を取られる事が無いという意味での「大丈夫」である。成績的には定かではない。
「…………それで期末試験の成績がアレだったら責任取れないから誘わない」
「そんなー」
しばらく考えたジェイだったが、試験優先という事で断る事にした。
ジェイ達自身も補習はしっかり受けるのだ。そちらを疎かにしてはいけない。
「実際、ジム先輩の成績はどうなんだ?」
そう問い掛けると、ロマティはスッと視線を逸らした。それが答えである。
彼女も試験期間中は仕方ないと判断したようで、それ以上は食い下がってこなかった。
さて、ロマティが落ち着いた事で、彼女を泊まらせた目的はほぼ果たせたといえるが、お泊り会はここからが本番である。
といっても遊んでばかりはいられない。テーブルを囲んで勉強会である。ジェイの左右に明日香とモニカ、向かいにロマティが座る形だ。
エラは、ポーラの方を手伝いに行った。今日は補習を見て、一人でやるには厳しい作業量だと考えたようだ。
「ほえー……」
補習の内容を復習する形で進めて行くのだが、三人はさくさくと勉強を進めていく。
それを見て、感嘆の声を上げるロマティ。補習の時はさっさと終わらせて原稿を書く事ばかり考えていたため、よく見ていなかった。
そのままひと段落して休憩に入ったところで、ロマティがその事について触れてきた。
「ジェイは納得だし、モニカもなんとなく分かるんだけどー……明日香はビックリかも」
「どういう意味ですかぁ!?」
「あ~……明日香はセルツの歴史とか知らなかったし、授業中の姿だけ見てると意外に思えるかもね」
理由はモニカの言う通りだ。明日香は一部の科目に関してはゼロから学んでいるため、今は「勉強ができない」ように見えてしまうのだ。
彼女自身は、こう見えても幼い頃から英才教育を受けて来たお姫様。それ以外の科目に関しては結構優秀だったりする。
「というか、ボクは『分かる』側なの?」
「なんとなく賢そうなイメージがありますねー」
「勘か~」
その一方で、モニカの方は勉強ができそうなイメージがあるらしい。これはロマティに限らず、クラスの皆も大体そう思っているそうだ。
今年の春まで商人の子として育てられていたモニカ。条件的には明日香より厳しいはずなのだが、彼女は授業もそつなくこなしているイメージを抱かれていた。
ただし、実技や演習は除く。
「モニカの場合、春から勉強始めたって訳じゃないからなぁ」
「うにゃっ」
隣に座るジェイが、手を伸ばしてモニカの頭を撫でながら言う。
するとロマティは、興味深そうに身を乗り出してきた。
「それって、どういう事なんです?」
「俺が勉強する時、いつもモニカも一緒だったんだよ」
というのもジェイの幼馴染であり、一緒にこっそり魔法の練習をするなど、日頃から彼の後ろをついて回っていたモニカ。
それはジェイが華族の後継者として学ぶ時間も例外ではなかった。
「うぇ、それアリなんですか?」
「先生達から何か言われた事は無かったな」
「達? えっ、もしかして家庭教師が何人も? 流石辺境伯家……」
「いや、家庭教師は雇ってない。寄騎が先生だった」
領主などの有力華族家に王家から臨時の配下として派遣される騎士、寄騎。
国境を守るアーマガルトには、多くの寄騎が派遣されていた。
といっても国境では年から年中戦っている訳ではない。
そこで寄親である昴家では、彼等にも色々と仕事を任せていた。その内のひとつが、後継者であるジェイへの教育と指導だ。
モニカは、剣術などは傍で見学しているだけだったが、それ以外の授業にはジェイの隣で参加していたのである。それこそ幼い頃から。
「えええ……」
それを聞いたロマティは、どう反応すればいいか分からなかった。あえていうならば呆れの感情が強い。
なにせモニカは、やらなくてもいい勉強を率先してやっていた事になるのだから。
「どうして、わざわざそんな……」
そう問い掛けると、モニカはもじもじとし始め、チラチラとジェイの方を見る。
「だって…………それ以外の時間だと、一緒にいられる時間半分以下になってたし」
そして顔を赤くしながら答えた。
実のところジェイの子供の頃の遊び相手は、男女問わず他にもいた。しかし、ジェイの勉強にまでついて来たのはモニカ一人だった。
一緒の時間を増やしたい一心で、勉強についていっていた彼女の努力は、褒められて然るべきかもしれない。
「へー、そうなんだー♪」
明日香とロマティは顔を見合わせ、にんまりした笑みを浮かべて再びモニカを見る。
そして良い笑みでジェイの方も見る。流石に照れ臭いのか、彼の方は視線を逸らした。
さっと頭を撫でていた手も下ろすが、モニカが名残惜しそうに身体を傾け、肩を寄せるような体勢になる。
「いいですねー♪ あ、カメラカメラ……」
「やめろ」
自身は兄の進路が決まるまで婚活できないロマティだが、それはそれとしてお年頃。こういう話は大好物であった。
「でも、そういう話を聞くとうらやましくなっちゃいますよねぇ」
ため息をつくのは明日香。小さい頃からというか、長い時間一緒というのがうらやましいようだ。
その様子を見て、ロマティは神妙な面持ちで三人を見る。
「あのー……実際のところ、どうなんですか? 許婚との同居生活って」
そしてこんな事を尋ねた。興味津々な様子で、こちらも頬が赤い。
「いや、どうと言われてもな……」
「仲良くしてますよー!」
「節度を守りつつな」
横から飛びつくようにして腕を組む明日香。ジェイの方も拒まず、逆に明日香だけでなくモニカの肩にも腕を回して抱き寄せる。
当初は学園に慣れる事を優先していたし、今も学生の本分は忘れていない。
しかし、入学してからはや三ヶ月。色々な意味でジェイ達にも余裕が出てきていたのは事実であった。
とはいえ現実問題として、ジェイ達の縁談は家同士で結ばれたものだ。
そしてセルツ連合王国では、ポーラ華族学園を卒業しなければ家を継ぐ事ができない。
そのため無責任な事はできないという面もあった。
「でも、もっとこう……できる事あるんじゃないかって気がするんですよね」
「ほほう、その話もっと詳しく」
明日香も思うところはあるようで、もじもじしながら語り出す。ロマティもノリノリで聞き出す態勢に入った。
ジェイは人に聞かせる話でないと止めようとするが、それをモニカが止めた。
そのまま二人は腕を解き、身を乗り出して話し始める。
「ボクとしても、許婚になったからにはやっぱり……」
「モニカもそう思います? あたしも……」
そしてモニカも加わって、話に花を咲かせ始める。
こうなると最早止めようがない。黙って見ていると巻き込まれてしまいそうだ。
そこでジェイは、三人が熱中している隙を突いて、音も立てずにそろりとソファの後方に脱出。そのままその場を離れるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、小説『若きウェルテルの悩み』です。




