第79話 ゴースト/ポーラ学園の幻
幽霊、それは魔獣がはびこるこの世界においてなお珍しい存在。
日本のそれと大きく異なる点をひとつ挙げるとするならば、出現するメカニズムがハッキリしているという事だろうか。
この世界における幽霊は、何かしらの強い感情、主に恨みつらみなどが、死後残された体内魔素や空気中の魔素に影響を及ぼして生まれるものとされている。
いわば魔素の塊であり、写真には写るが実体は持たない存在だ。
つまり幽霊が生まれるためには、ある程度の体内魔素の強さか、周囲の空中魔素濃度の濃さが求められる。
そのため魔法使いが衰退するぐらいに人間の体内魔素が弱くなっている昨今では、町中などで幽霊を見る事はめっきり少なくなっていた。
それを見たというのだロマティは、この学園内で。
「えっ? こんなとこに幽霊ですか?」
当然、明日香も信じられないと言いたげな反応をする。
ジェイも口には出さなかったが「今時、町中で?」と考えていた。
「ホントですよ! ぼぅっと、青く光って」
「月明りじゃないのか?」
そう言ってジェイが指差す先は、別棟の階段。踊り場の窓から月明りが差し込み、夜だがそれなりの明るさが保たれている。
「お母さまだって、青く光りますよ」
「えっ?」
もっとも、ポーラはまだ補習中ではあるが。
「放送部員じゃないのか? まだ残っているんだろう?」
「放送部は一階ですよ」
一年の教室は二階にあるため、ロマティは二階の渡り廊下を通ろうとしていた。
もしロマティが見たのが幽霊ではなく放送部員だとすれば、上の階に用があったという事になるが、彼女には思い当たる事が無かった。
「おい、大丈夫か!?」
そこに獅堂と男子二人、女子一人が駆け付けてきた。三人は風騎委員ではないが、尚武会に参加していた者達だ。
ジェイ達が飛び出し、何事かと廊下に出て様子を窺っていたところ、先程のロマティの声が聞こえたので様子を見に来たそうだ。
「獅堂、風騎委員室まで連絡頼めるか?」
いつ何時事件が起きるか分からないため、風騎委員室には夜でも数人待機する事になっている。一年生は、一学期の間は参加できない事になっているが。
「……幽霊が出たと?」
「いや、不審者の可能性だ」
本当に幽霊だとしても問題だが、不審者が侵入している可能性も考えられる。
更に女子一人にこのままロマティを放送部まで送ってもらい、男子二人には戻ってエラと教師達にこの事を伝えてもらう事にする。これでひとまずは大丈夫なはずだ。
「明日香、俺達はその『青い影』とやらを追ってみるぞ」
「はいっ!」
青い影の正体を確かめるべく、ジェイと明日香は影の追跡を開始する。
「いませんねぇ……」
「もう逃げたのか?」
しかし、三階以降を一部屋一部屋調べてみたが、青い影はおろか人っ子一人見付ける事はできなかった。
なお別棟には中央と両端の三つの階段があり、渡り廊下は中央の階段近くにつながっている。ジェイ達に見られずに下に降りる事は可能だ。
その後、風騎委員と合流して別棟周辺も調べてみたが、結局それらしい痕跡は何も見つける事ができずに終わってしまった。
放送部の方にも確認してみたところ、あの時出歩いていた者はいなかったらしい。
こうなると、そもそも本当に見たのかが問題となってくるが……。
「ホントに見たんですよー!」
ロマティは見間違いなどではないと主張している。とはいえ写真を撮る事もできなかったため証拠は無い。そのため話を聞いた面々も半信半疑だった。
現状考えられるのは、見間違い、幽霊、人間の侵入者、そして放送部が嘘をついているの四つだろうか。
つまり、見間違い以外の四分の三で事件である。
風騎委員としては、このハッキリしない情報だけでも動かざるを得ない。人間の侵入者ももちろん問題だが、幽霊も彼等にとっては「学園への魔獣侵入」に近いのだから。
問題が有るとすれば、今が試験期間中だという事である。
風騎委員としては活躍の場があればあるほど良いのだが、あくまで本分は学生。当然試験の方が優先となる。
そのため青い影の調査については、学園が引き受ける事となった。
「帰りは全員一緒ですよ」
補習も終わり、学生達は帰宅する訳だが、不審者が出たかもしれないという事で、ポーラの提案により皆一緒の集団下校となる。
「じゃあ、家まで腕を組んで……」
「残念ながら俺は護衛だ、エラ」
「そんなぁ~」
そこは風騎委員なので仕方がない。腕を組んで動きにくくする訳にはいかないのだ。
それでも可能な限り、エラの傍にいるようにはしていたが。
帰路の間の話題は、やはり青い影の件となる。
「ロマティさん、青い影なんて本当に見ましたの?」
「見ましたよー!」
エイダは幽霊を見たという話を疑っているようだ。
そう言いつつ足が震えている。怖いから信じたくないと言った方が正確かもしれない。
幽霊の発生の仕組みがハッキリしているこの世界だが、いわゆる怪談の類は存在している。ただ、怖がられる理由が日本とは少々異なっていた。
「幽霊は斬れんからなぁ」
「刺すのも無理だよね?」
オードとビアンカの言う通り魔素の塊である幽霊は、普通の武器では傷付ける事もできない。倒すには魔法などが必要となる。
魔獣の類としてはかなり手強い部類であり、大抵が恨みつらみなどが原因で生まれており、それを晴らすために行動する極めて危険度が高い存在といえる。
そう、この世界の人達にとって幽霊とは、現実に存在する脅威なのだ。そういう意味で幽霊は恐れられていた。
「実のところ、俺も青い影が幽霊っていうのは微妙な気がするんだよな」
「ちょっ、ジェイー!?」
ロマティが涙目でジェイを見る。といっても、これには理由がある。
「幽霊だったら、どうして階段を上っていたのかがな」
幽霊は、恨みなどの生まれた原因となる感情を優先して動くとされている。しかし、階段を上った先には誰もいなかったはずなのだ。
もし階段を降りていたならば、もう少し幽霊である可能性を考えていただろう。
その場合幽霊の目的は一階の放送部室にいた誰かという事になるが。
「不審者と言われた方が、まだ納得できる」
「いえ、それはそれで怖いんですけど……」
エイダがおずおずとツッコんだ。しかし、ジェイも適当に言っている訳ではない。
人間ならば魔法抜きでも対処できるという意味もあるが、それだけではなかった。
チラリと明日香の方を見てみると、彼女はモニカ、シャーロットと談笑している。
今彼の脳裏に浮かんでいるのは、明日香を狙うダイン幕府の和平反対派の存在だ。
ポーラ島に入ったという話は聞かないが、そもそも潜入に成功していたならば、警備する南天騎士団には気付かれていないだろう。
流石に学園内に潜伏しているとは考えにくいが、学園に通う明日香を狙うために下調べするというのは十分考えられる。
その辺りの事情もあり、ジェイは「人間の不審者」の可能性が頭から離れなかった。
「先生達も試験の準備があるのに災難だね……」
「それな」
ひとまず確かな事は、試験の準備と学園の警備強化を並行して進めなければならない教師陣は大変だという事だ。
とはいえ幽霊にしろ、不審者にしろ、学園への侵入を許してしまった事になるのだから仕方がない。
急に仕事が降って湧いた教師達に同情しつつも、明日香の安全に関わる事なのでしっかりして欲しいとジェイは考えていた。
そうこうしている内に一行は何事も無く学生街に到着。
ジェイ達風騎委員の面々は、皆が帰宅するのを見届けてからの解散となる。
周囲を警戒しつつ皆を見送っていると、不意に明日香が一人の少女の腕を掴んだ。
「ロマティ、あなた一人で行こうとしてますね?」
「えっ? いや、その……」
腕の主はロマティ。戸惑いつつも、じっと見つめる明日香から視線を逸らしている。
振り払う事もできずに、おろおろと周りに助けを求めようとするが、ジェイ達と風騎委員しか残っていない。その態度を見るに、どうやら図星のようだ。
「証拠が無く、信じてもらえなかった目撃者が次にやる事と言えば……今度は証拠を掴もうと一人で行き、次の被害者となるんです! テレビで見ました!」
勝機と見たのか、すかさず畳み掛ける明日香。
ドヤ顔な彼女の知識の元は、表向きは学生、その正体は隠密騎士な美少女が活躍する日曜朝の子供向けドラマ『隠密騎士ルセータ・エトワール』であった。
今回のタイトルの元ネタは、映画『ゴースト/ニューヨークの幻』です。
そして 『隠密騎士ルセータ・エトワール』のタイトルの元ネタはアニメ『ラ・セーヌの星』です。




