第7話 風騎向上強化月間
ポーラ華族学園に入学したジェイ達。それから一週間、平穏無事な学生生活……という訳にはいかなかった。
入学式の翌日から、風騎委員長が連日教室を訪れるためだ。
「頼む、ジェイナス君! 威風騎士団に入ってくれ!」
目的は言うまでもない。ジェイのスカウトである。
しかしジェイは、それを断り続けていた。
今日も今日とて風騎委員長のスカウト攻勢をかわした彼は、クラスメイトの友人二人と一緒に下校していた。
許婚達は、今日はお茶会に参加という事で一緒ではない。モニカは逃げようとしていたが、明日香に引きずられていった。
聴講生として学園に舞い戻ったエラは、意外にもクラスメイトから慕われていた。
当初は卒業生なのに制服を着て現れた彼女に驚き戸惑っていたようだが、話してみると面白く、学園にも詳しい彼女は、皆から姉さんと呼ばれるようになっていた。
幕府の姫である明日香も、当初はクラスに馴染めるか心配だったが、エラの方がインパクトがあったようで、特に気にされなかったようだ。
モニカもその恩恵を受け、華族でないからなどと言われる事もなかった。
「そもそも風騎委員って、騎士団を目指す人達の修行の場なんだろう?」
「まぁ、そういう側面もあるな」
一人は入学前に出会ったオード=山吹=オーカー。同じクラスだったので、そのまま親しくなった。相変わらず仰々しく自己主張の激しい七三分けである。
「それに、君のところの許婚は三人とも同居だろう? 風騎委員なんかにかまけている暇があるのかい?」
もう一人はラフィアス=虎臥=アーライド。ジェイよりも少し背が高い長身の優男で、身嗜みも整ったいかにもエリートといった雰囲気の男だ。
彼もまたクラスメイトであり、ジェイは男子の中ではこの二人と特に仲が良かった。
実はラフィアスも領主の跡取りであり、三人の許婚がいる。二人が親しくなったのは、その辺りに相通じるものがあったからでもある。
「そっちは同居じゃないんだったな」
「ああ、制服を着て学園に戻ってくるような許婚じゃなくて良かったよ」
「え~、吾輩はポーラまでついて来てくれるぐらいの方が嬉しいぞぉ」
といってもラフィアスの方は、許婚達はポーラに来ていないようだが。
「まぁ、修行もあるし仕方ないさ。未熟者が一人でやるのは危険だ」
「ハッハッハッ、大変だな魔法使いというのも」
実は彼は魔法使い、いわゆる『純血派』の家系の生まれだ。
許婚も皆魔法使いだが、彼に言わせればまだまだ未熟者らしく、ポーラに連れて来ていないのもその辺りが理由であるらしい。
ちなみにジェイの魔法は全て独学である。結果的に問題は無かったが、ラフィアスから見れば危険な橋を渡ったという事になるのだろう。
ジェイは基本的に、魔法が使える事を伏せていた。しかし、彼はその事を誇りに思っているようで、入学当初から堂々と魔法使いであると名乗っていた。
そのせいで、少々クラスから浮いている面があるのも否定はできない。
三人が仲良くなったのも、それを見かねてオードが声を掛けたのが切っ掛けだった。
「そもそも風騎委員なんていうのは、継ぐ家が無い者がやる事さ」
「……ノーコメント」
「否定しないという事は、そういう事だろう? ジェイナス」
あえて言葉にしないジェイに、ラフィアスはニッと笑った。エリート意識が高く、言葉に棘があるのが玉に瑕である。
しかし、確かに彼は、間違った事は言っていない。騎士団を目指して風騎委員に入ろうとしている人達に、そういう境遇の人が多いのは事実であった。
その日の夕食後、ジェイ達は、テレビのある居間で寛いでいた。
明日香とモニカは、テーブルを囲むソファの、テレビに近い位置に陣取り、人気ドラマ『セルツ建国物語』に夢中だ。
かつてこの地を支配していた暴虐の魔王を打倒するため、立ち上がった騎士と武士の物語。いわゆる大河ドラマである。
ジェイも気にならない訳ではなかったが、今はスカウトの方をなんとかしたい。
そこでテレビから離れた所でテーブルを挟み、エラに相談を持ち掛けていた。
「う~ん、その子が言ってるのは間違ってないわね~。騎士団のためでもあるけど」
「そうなのか?」
「騎士団としても、風騎委員で学んできた子の方が入団させやすいもの」
「即戦力ってヤツか……それだと、家を継ぐ俺には、やっぱり関係無いのか?」
「それはジェイ君次第かしらね~♪」
そう言ってエラは笑った。どういう事か分からず、ジェイは首を傾げる。
「この前レストランで事件が起きた時、ジェイ君首を突っ込んだでしょ? あれ、ホントはいけない事なのよ。騎士の仕事だから」
「……そうか、アーマガルトじゃないから」
同じ「領主の息子」でも、自領と王都では扱いが異なる。王都カムートにおいてのジェイは、あくまで「客人」なのだ。
レストランでの立てこもり事件に首を突っ込んでも問題にならなかったのは、ひとえに宮中伯である冷泉宰相の孫娘エラが口を利いてくれたからに他ならない。
「風騎委員って、学生の間のみの臨時とはいえれっきとした騎士だから、思わず事件に首を突っ込んじゃっても大丈夫なのよ~」
「むっ……それは……」
少し、心が動いた。
ジェイが、アーマガルト領内で起きた事件に介入したのは一度や二度ではない。
魔法の力を試したかったというのも否定しないが、領民を傷付ける者が許せなかった。
何より解決できる力があるのに、何もしない事に耐えられなかったのだ。
レストランの件も、あの場に自分がいなければどうなっていたかと思うとぞっとする。
思わず身震いし、カップの飲み物を口に含んだ。
「でも、風騎委員って町の事件には関われませんよね? 基本的には」
「ええ、この前みたいに南天騎士団から要請されない限りは……抜け道は有りますけど」
最後の方は小さな声だった。しかしジェイは聞き逃さず、思わず身を乗り出す。
「……抜け道?」
「現場に駆け付けちゃえばいいの。それでお手伝いしま~すって言えば」
「追い返されないか? それ」
言い方を変えれば「押し掛け援軍」である。
「普通だったら追い返される事もあるけど、風騎委員だったら通りやすいそうよ♪」
「な、なるほど……」
れっきとした役職持ちの騎士である分、ただの学生よりは信用があるという事だ。
「あと、そうねぇ……最初に事件を見つけて南天騎士団に報告した場合、それを優先して捜査する権利が与えられるわ」
「えっ? それは、風騎委員でも? いいの?」
「それを認めなかったら、功績を上げるチャンスを横取りする事になるもの」
「ああ、そういう……」
騎士同士だからこそ起きる面子の問題である。
これが風騎委員以外の学生からの報告ならば、そのまま南天騎士団で捜査するだろう。
「でも、それで風騎委員に捜査させるのも問題にならない? 南天騎士団的に」
「だから、援軍って形で南天騎士が付けられるそうよ」
「ああ、そっちも押し掛け援軍してくるって事ね……」
とはいえ、捜査を任されるという事は、それで事件が解決できなかったりした場合の責任も負う事になる。
それを恐れて、報告後捜査は南天騎士団に任せるという風騎委員も珍しくないとか。
それを聞いてジェイは、自分ならば任せずに捜査するだろうと思った。
「ですので私としては、前みたいに身体が勝手に……って感じで首を突っ込んじゃうなら風騎委員になっておいた方が良いかもって思いますよ」
その内心を見透かしているかのように、エラが真っ直ぐに見据えてきた。
「いや、皆が追い付てくるまで待つぐらいの自重は……」
「急に消えて、心配したんですからね?」
「……すいません」
ジェイは素直に謝り、エラは「よろしい」と頭を撫でた。
エラがまたクスクスと笑い、ジェイも頭を上げ、釣られて笑ってしまう。
「なになに、ジェイ。風騎委員に入るの? まぁ、ジェイには合ってるかもねぇ。昔から事件とか放っとけなかったし」
「つまり風騎委員になって、この前みたいに事件解決ですねっ!」
するとモニカと明日香も釣れた。二人もカップを持ってジェイの両隣に移動してきた。
「あらあら、二人も賛成みたいね~♪」
「あたしも風騎委員になって、一緒に戦いますっ!」
「ば、幕府の姫がそれはどうなんだろ……?」
そんな微笑ましいやり取りに囲まれながら、ジェイの心は風騎委員になる方向へ傾いていくのだった。