第78話 とどろけ!ロマティ
一晩で補習の準備を終えたポーラ。翌日の放課後から補習授業が始まった。
いざ始まってみるとそこまで厳しい内容ではない。ジェイ達にとっては。
というのも参加人数が思いの外多いため一つの教室には入りきらず、学園は成績によって教室を分ける事にしたのだ。
ポーラは一番成績が悪い教室に集中。それ以外の教室には、他の教師が入る事になっていた。規模が規模だけにポーラだけに任せておく訳にはいかなくなったようだ。
補習の内容は、ポーラが毎日用意してくる課題を、生徒達が自分の力で解いていくというものだ。授業で習った事の理解度を確認するためのものらしい。
そこで分からない所が判明すれば改めて学ぶ訳だが、成績下位の教室だとポーラの厳しい補習授業が待っている。
ジェイ達は、成績上位のクラス。そのためポーラの厳しさを知る事は無かった。
という訳で、放課後の教室に集まった一年生達。
クラスが異なる者達がひとつの教室に集まっているためか、実に静かなものだ。
「……ロマティ、補習の方はいいのか?」
「今日の分の課題は終わらせてきましたー」
そんな中、各教室を回って取材をしているのはロマティ。
こういう大規模な放課後補習授業は、学園でも初めてであり、放送部としては放っておけないようだ。
流石に取材といっても話し掛けて邪魔をしたりはしないが、何枚か写真を撮っていた。
「でも、一日分の課題はそれほどでもないからね」
課題を終えたモニカが、伸びをしながらつぶやく。
実際、一日分の量はそこまで多くはなかった。夜遅くまで学園に残す訳にもいかないという事情も有る。
そのためスムーズに解ける者は、さほど時間も掛からずに終わらせていく。そのまま補習は終わりだと帰宅する者もいた。
その一方で課題を終わらせた後も残っている者もいる。ジェイ達もそうだ。
彼等がポーラを待っているように、他の残っている面々も誰かを待っているのだろう。
待ち方は人それぞれだ。待っている間に課題を手伝う者もいれば、廊下に出て喋りながら待つ者もいる。
ちなみにジェイ達はというと、歴史の課題に手こずる明日香を手伝っていた。
流石にセルツの歴史までは習っていなかったので少々不得手なようだ。テストの前に知る事ができて、幸いだったといえる。
二人掛かりで手伝ったおかげで、それから間もなく明日香も課題を終わらせる。
ポーラが終わるまで帰れないが、ここではあまり話せない。そこで三人は、荷物をまとめて教室を出て、少し離れた所にある教室に入る。
そこは補習で使われていない空き教室なのだが、大勢の生徒が集まっていた。
「あら、終わったのね。お疲れさま~」
その中心にいるのはエラ。補習には参加していない彼女は、ここで簡易ではあるがお茶会を開き、待ち時間ができた者達をもてなしているのだ。
なお少し離れているのは、喋り声が補習中の教室に届かないようにするためである。
普段授業している教室が、この時はサロンのようになっていた。
エラの周りは一人で待っている者達が集まっており、おしゃべりに興じている。
彼女はジェイ達に気付くと、声を掛けてきた。
「軽く何か食べる?」
「いや、それは帰ってから」
今の彼女はもてなし役。三人いるジェイ達は他の席に行った方が良さそうだ。
飲み物だけもらい教室内を見回してみると、隅の方ではロマティが原稿を書いている。
ロマティの周りは席が空いていたので、そちらを使う事にする。
「どうだ、原稿は進んでいるか?」
「う~ん……進んではいるんですけど、これだけだと難しいかもしれませんね~」
席に着きつつ声を掛けてみるが、ロマティの反応は芳しくなかった。
「ロマティ、何か問題でもあるんですか?」
「問題は無いんだけど、見所も無いというか……」
明日香の問い掛けに、ロマティは手にした書きかけの原稿に顔を近付けながら答えた。
その微妙なニュアンスを理解できたのは、商人の娘モニカだ。
「あ~……楽しみながらやる補習でもないし、補習の様子を記事にしても『こんなのやってますよ~』ってお知らせくらいにしかならない?」
「ですです。これで一年全体の成績が上がったーとか良い結果が出れば注目されるんですけどねー……」
現状では、記事にしてもこれといった見所は無いらしい。
「ポーラ先生も、怒鳴り散らすタイプじゃなかったですしー」
「あ、見てきたんですね。お母さまの授業って、どんな感じでした?」
「なんというか……眼力? わざわざ大声出さなくても、目だけでサボらせない!って感じでしたよー」
あの色部でさえも、騒がず黙々と課題に取り組んでいたらしい。
良い補習であった事は確かだ。色部があんなに真面目に勉強している所が見られるとは思わなかった。それだけでもポーラの凄さが分かる。
しかし、派手さが無い。なるほど、記事にしても地味になりそうだ。
原稿を書き上げる事はできる。しかし、これでいいのかとロマティは机に突っ伏した。
そんな彼女に助け船を出すのはモニカ。ロマティの肩をポンと叩く。
「良い補習ではあるんだし、それを素直に書いちゃいなよ」
「いや、それだとー……」
「その記事を先に出しておくんだよ、期末試験が終わる前に。結果が出たら、先見の明があったって事になるよ、きっと」
「な、なるほどー……」
その発想は無かった。ロマティは、そう言いたげな表情だ。
何はともあれそれでやる気が出たようで、ロマティは勢いよく原稿を書き上げる。
そしてカップに残っていた飲み物を一気に飲み干し、原稿をまとめて立ち上がった。
「じゃあ、行ってきますー!」
「どこに?」
「部室ですよー、原稿提出してきます!」
「えっ、こんな時間に!?」
「放送部ならいつもの事ですー!」
自慢にならない事を言いながら、ロマティは教室を出て行く。
これがPEテレまで行くと言うのであれば護衛に名乗り出るところだが、行き先は学園内にある放送部の部室。
放送部は大変だなと思いつつ、ジェイ達はそのまま彼女を見送るのだった。
「……んっ?」
その時、ピクリと肩を震わせて明日香が気付いた。
「行くぞ、明日香!」
次に気付いたのはジェイ。同時に駆け出し、教室を飛び出して行った。明日香もすぐさまその後に続く。
「今の……ロマティの声だったよな?」
「はい! 悲鳴みたいでした!」
廊下を駆け抜けながら会話をかわす二人。そう彼等が気付いたのは、微かに聞こえたロマティの悲鳴だった。
放送部の部室があるのは別棟。そこに続く渡り廊下に飛び込むと、そこには倒れるロマティの姿があった。
「ロマティ、大丈夫ですか!?」
すぐさま駆け寄る明日香。ジェイはそれに続きつつ、周りへの警戒を怠らない。
ロマティを抱き起こしてみると、彼女は気絶してるなどではなく、ただ呆然自失としていた。明日香がぺちぺちと頬を叩くと、目をパチパチさせて彼女の方を見る。
「あっ、明日香ちゃん! 出ました! 出たんですよ!」
「えっ、賊ですか!? この学園に!?」
周りをキョロキョロと見る明日香。ジェイも警戒しているが、それらしい気配は無い。
それもそのはず、ロマティが見たのは賊徒などではなかった。
「違いますよ! あれは……幽霊です!!」
「…………えっ?」
ジェイと明日香はロマティを見た。そして思わず顔を見合わせた。
再びロマティに視線を向けるが、彼女は興奮気味にジェイを、正確には彼の向こう側を見ている。ジェイが振り返ってみると、そこには別棟の入り口があった。
「ほら、そこから見える階段をすーっと登って行ったんですよー!」
まくし立てるロマティによると、青白い人影が階段を登って行ったらしい。
「あれ、絶対幽霊ですよ! あー、写真取り損ねたー!!」
原稿用紙を持っていたため、咄嗟に魔動カメラを使う事ができなかったようだ。
くやしがるロマティをよそに、ジェイと明日香は「幽霊」という言葉に再び顔を見合わせるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、学力テストで対決するマンガ『とどろけ!一番』です。
どちらかというと勉強がんばっているのはロマティより色部の方かもしれませんが。
それと今週はワクチンを打ちに行きますので、9/15(水)の更新は休ませていただきます。
場合によっては9/19(日)も休みになるかもしれません。ご了承ください。




