第76話 ポーラ華族学園51番禁書室
それでは後日談を語ろう。
まず魔法書を売る商人については、あの晩以降現れなくなった。
万魔の言葉通りならば他の万魔がまだいるのだろうが、新たにポーラ島に入り込もうとはしていないようだ。
といっても無数の魔法を使う者。南天騎士団の守りを警戒している訳ではあるまい。
むしろ魔法書の正体を知られた事が原因ではないだろうか。騙して売り付け、憑依するという方法が取れなくなってしまったのだ。
ロマティの兄ジムは、三日後に目を覚ました。
憑依していた魂は祓っているのでもう大丈夫だが、本人の魂が消耗しているため、完全回復にはもうしばらく時間が掛かるとの事だ。
とはいえ、これ以上悪化する事はないだろう。ロマティとしては一安心である。
魔法書を手に入れた動機については、案の定というかやはり騎士団入りが上手くいっていなかった事が原因だった。魔法使いになれれば……と考えたようだ。
その後の調べで分かったが、魔法書に憑依されていたのは他にも七人いた。
全員ジムと同じような状態になっており、一週間以上連絡も無しに休んでいる者を調べてみたところ判明したらしい。
一月近く憑依されていた者もいたが、幸い完全に乗っ取られた者はいなかった。ポーラ曰く、あと数日遅れていたら完全に乗っ取られていたとの事だ。
憑依した魂が、分割されたものであった事が原因だろう。ポーラはそう分析していた。分割されていた分、乗っ取る力も弱かったという訳だ。
また、ジムのように脇目も振らずに魔法を学ぶようになっていたのも、そこに原因があるらしい。
というのも彼等は彼等で危機に晒されていたのだ。
魂を分割して魔法書を作るのは、一冊だけに魂を込めた場合、不慮の事故などで憑依できなくなる事を防ぐための安全策だ。しかし、それが裏目に出てしまった。
分割された魂は、魔法の力も分割されてしまっている。
魔法国時代は、乗っ取った相手の力も奪えるため問題が無かった。
だが、今は違う。魔法使いは衰退し、魔法を使える方が珍しい時代だ。
そんな時代に魔法の力を持たない者に憑依してしまった結果、彼等は分割した魂の力だけでは次の魔法書を作れなくなってしまったのである。
失われた力を取り戻そうと必死になっていたのが、ジェイ達の見た姿という訳だ。
不審に思われないよう振る舞えばいいのではという疑問も浮かぶが、彼等は魔法国時代の魔法使い、こんな時代が来るなど夢にも思わなかったのだろう。
つまり、魔法の力の無さに焦り、誤魔化すどころではなかったのである。
となると気になってくるのは、逆に魂を分割していない魔法書に憑依されたケースだ。
こちらは憑依した魂の分だけで魔法書を作る事ができる。必死になって魔法の修練をしたりはしないし、乗っ取る力も強い。
完全に乗っ取られてしまった者が他にもいるのではないか。この疑問は、南天騎士団の調査が進む事で解明された。
というのも屋敷にいた六人の万魔、聞き出した名前から確認してみたところ、全員の身元を確認する事ができた。
なんと六人の内、島外から来ていたのは一人だけ。残りは元々この島にいた者達だったのだ。学生も含めて。
それからも捜索は続けられたが、魔法書の犠牲者は見付からなかったため、彼等こそが完全に乗っ取られた者達の全てだと考えられていた。
「……これでいいでしょう」
後日、図書館の奥まった一室で、ポーラが儀式を行った。
かなりの広さを持つその部屋は、『禁書室』と呼ばれている。調査研究が必要な魔法の文物などを保管しておく部屋だ。
実は書物だけではなく、魔法国時代の魔法の武具や道具なども収められている。
禁書室一番奥に置かれた宝箱、ポーラがそれに封印を施した。
中に収められているのは、今回の件で回収された全ての魔法書だ。モニカが買った、まだ魂が宿った魔法書も含まれている。
「よし、封印は完了だな」
「私も確認したわ」
儀式に立ち会ったのはソフィアとエラ。
万魔達と魔王教団が残っている以上、完全に解決とはいかないが、今回の事件はこれでひと段落といえるだろう。
一方ジェイ達は、中庭でお茶会をしながら儀式が終わるのを待っていた。
お茶会に参加しているのはジェイとモニカと明日香、それにロマティとアメリアだ。
獅堂も呼んだが忙しいと断られてしまった。ジムはまだ療養中である。
「ボク思ったんだけど、あいつらの売ってた魔法書って二種類あったんじゃないかな?」
モニカがふと思い付いた事を口にした。
「二種類ですか?」
「うん、魂分割してないヤツとしてるヤツなんだけど……してないのって全部万魔で、分割してるヤツは奴らの仲間じゃなかったんじゃない?」
たとえばジムが手に入れた魔法書は、万魔の仲間ではなかったという事だ。
「自分たちの仲間のと、どこかで手に入れた適当な魔導書とがあったんだよ。万魔の仲間のは、そのまま仲間を憑依させて新しい肉体に移すためのもの」
そこまで聞いて、ジェイは気付いた。
「……分割された魔法書は、魔法回収用って事か?」
「そうそう、適当に憑依させて魂抜くために売ってた感じ?」
その言葉に明日香達は顔を見合わせる。
言われてみれば納得だ。憑依を繰り返している万魔達は魂を分割する必要がない。
そして万魔達にしてみれば仲間でもない者の憑依を手伝ってやる理由が無いだろう。
「えっと、つまり兄さんは……」
「魂が抜けた後の魔法書の方が目的だったんじゃないかな? 多分だけど」
「どうでも良かったって事じゃないですか、やだー!」
ロマティが声を上げてテーブルに突っ伏した。
こちらも納得である。なにせ万魔達は何度も憑依を繰り返してきている。魔法使い達の現状を知らないとは思えない。
つまり魔法を回収する事自体が目的であり、憑依した者がどうなるかはどうでも良かったのではないだろうかというのがモニカの考えだ。誰もそれを否定できなかった。
「それにしても惜しいですよね~、魔法書。せっかく簡単に魔法を覚えられるのに」
そうぼやくのはアメリア。
憑依される心配が無いという事で興味津々のようだ。今日お茶会に来たのも、あわよくば魔法書を使えないかとか考えていたのかもしれない。
「魂に魔法を焼き付けるみたいな使い方らしいから、多分痛いぞ。魂が」
「うっ、それは……」
怯むアメリア。痛いのは勘弁して欲しいようだ。
「高城さん、まずは自分の魔法を使いこなせるようになった方が良い。ただ使えるだけの魔法を十個覚えても、大して強くはなれないから」
紛れもない彼の本音である。
魔法書で魔法を覚えるという方法は、魔法を使う経験まで焼き付ける事はできない。
最後に戦った万魔もそれなり戦い慣れた様子だったが、全ての魔法を使いこなしていたかと言われるとジェイは首を傾げる。
魔法を使うタイミング、応用の利いた使い方。ただ魔法を撃てれば良いというものではないのだ。むしろ数が増えるほど使いこなすのは難しくなるだろう。
もし覚えた魔法を十全に使いこなせる万魔がいれば、然しものジェイでも苦戦は免れなかったのではないだろうか。
「はぁ~い……」
対するアメリアは、正直なところジェイの言葉はいまいちピンとこなかった。
しかし彼ならば間違った事は言わないだろうと、ぶうたれながらも助言を受け容れる。
「終わったわよ~」
そこに手をひらひらと振りながら、エラが戻ってきた。ポーラとソフィアも一緒だ。
ソフィアは、これから作成する学園に報告するための書類を小脇に抱えている。
「エラ姉さん、こっちですよ~」
明日香が席を立ち、彼女達をテーブルに迎える。
「今年は暑くなりそうねぇ」
強くなってきた陽射しを手で遮りながら、エラが空を見上げた。
透き通るような青い空、吹き抜ける爽やかな風が暑気を和らげてくれている。
だがこれからは、どんどんと暑くなっていくだろう。エラやソフィアにとっては慣れたものだが、ジェイ達にとっては初めての体験だ。
季節は、春から夏へと変わろうとしていた。
今回のタイトルの元ネタは『インディジョーンズ』シリーズの「51番格納庫」です。
実際に51個の禁書室があるかどうかは定かではありません。




