第72話 「見える! 私にも敵の居場所が見えるぞ!」
負傷した家臣達を家の中に運ばせている間、ジェイは庭で見張りをしていた。
するとポーラも庭に出てきて、魔法使いが飛び去った方の夜空を見上げる。
「仕込みましたね?」
「……気付きましたか」
「ええ、こちらで追跡しようとしましたが……」
彼女は彼女で、逃げたあの男を魔法で追跡するつもりだったようだ。
その時彼女が気付いたのは、ジェイの魔法『影刃八法』のひとつ『添』。自らの影の一部を相手の影に付き『添』わせ、追跡する魔法である。
先程四方から放った影の槍。相手は飛んで避けたつもりなのだろうが、あの時に影を交差させ『添』を発動させたのだ。
「あいつ、一人でやっているとは思えませんからね」
「……でしょうね」
同意する二人だが、それぞれ判断した理由は異なる。
ジェイは今回の魔法書の件が魔素結晶密造事件とつながっているならば、共犯者がいてもおかしくないと考えたのだ。
対するポーラは、男のマントにあった魔法国の紋章に注目していた。
あの紋章は、カムート王家の紋章。魔法国が健在だった当時は、『暴虐の魔王』の妹である彼女も掲げる事が許されなかったものだ。
それを堂々と掲げて活動する組織、それはジェイにも心当たりがあった。
「『魔王教団』、か……」
ジェイの呟きに、ポーラはコクリと頷いた。
魔王の復活を待ち望み、魔法国時代の栄光を取り戻そうとする者達。旧校舎の地下室に『暴虐の魔王』の像があった事から、教団の関与が疑われていた。
今回マントの紋章が確認できた事で、疑いが確信に変わった形だ。
ジェイが複雑そうな顔になる。以前その話を聞いた時は、本当に魔王はどこかで眠っているのか、とうに滅んでいるのではないかと思っていたのだが……。
「……この場合、どうなるんだろ? 俺が崇められるのか?」
今では大きく状況が変わってしまった。なにせ魔王は既に滅んでおり、その魂はジェイに受け継がれている事が分かっているのだから。
ただし、勇者の魂とひとつになっているため、魔王として復活する事が無い事も分かっている。魔王教団がどれだけ暗躍しようとも、彼等の望みが叶う事は無いのだ。
教団に同調も同情もするつもりは無い。しかしジェイは、魔王の魂も受け継いでいるため無関係ではいられない。
関わりたくないが、放置しておくのもそれはそれで不安になるこの問題。どうしたものかとジェイは頭を悩ませるのだった。
負傷した家臣達を運び終わると、ジェイ達も家に入る。
警備は無事な家臣達に任せる事になるが、ジェイが連れてきた家臣達は実戦経験が豊富なだけあって動じた様子も無い。頼もしい限りだ。
怪我の手当てに関しては「魔法薬」がある。実際に魔法で作られている訳ではなく、魔素が含まれた薬品全般の総称だ。
それなりに価値のある物だが、これを使えば通常よりも回復が早くなる。幕府軍との最前線だったアーマガルト軍では、割と使われていた。
回復魔法というのも存在しない訳ではないが、そもそも使い手が歴史の教科書に登場するレベルで希少なため、現実的な手段とは言えなかった。
「というか今もいるかもしれないけど、ボクなら隠す。絶対ヤバい」
モニカの言う通り現在の回復魔法の使い手に関しては、存在していたとしても隠蔽しているという方が正確かもしれないが。
それはともかく、魔法薬を使った手当ても終わると、モニカは一人厨房に向かった。
ジェイもそれを止めず、残りの彼等は再び居間に集まる。
話題はもちろん、先程の襲撃者だ。ジェイは彼の目的が魔法書の奪取だと考えた。これにポーラも同意する。
そんな二人の考えを、真っ先に理解したのはエラだった。
「つまり、この島で魔法書を売っているのは、華族の後継者を乗っ取るだけじゃなくて、空になった魔法書から魔法を回収するため?」
憑依されずに本から魔法を得る事が目的ならば、まず誰かに憑依させなければいけないのだ。そうしなければ自分が憑依されてしまうのだから。
「乗っ取りが成功すれば、教団の新規メンバーが増える。失敗しても魔法を回収できれば既存メンバーが強化される」
おそらく男は、そうやって何冊もの魔法書から魔法を得てきたのだろう。
「一石二鳥ですねっ!」
理解の追い着いた明日香が、笑顔でそう言った。
実際魔法書の件は、教団にとってメリットしかない。そういう風に立ち回っている。
ちなみに『添』が男のいる距離と方角を教えてくれるので、男が島を出るどころか反対の南側、繁華街に向かっている事が分かっていた。
流石に詳しい事までは分からないが、繁華街に到着していないようだ。あまり長距離は飛べないのかもしれない。
そちらについても手を打つ必要があるが、その前にやらなければいけない事がある。
「またこれを奪いに来ますかね?」
明日香がそれをつつきながら言う。そう、テーブルの上の魔法書だ。
「どうだろうな。今回の失敗に懲りて、手を引く可能性も……」
この魔法書を売っていた男は、認識阻害の魔法を使いこなしている事も含めてかなり強かだといえるだろう。それだけに次どう出るかがかえって分かりにくい面もあった。
「いっそ使っちゃうとか?」
冗談交じりにそう提案したのはエラ。
確かに、魂が抜けた魔法書で魔法を覚えられるのは一回限り。誰かが使ってしまえば、奪う魔法書自体が無くなってしまう。
魔法書を追って家を襲撃してきたあの男は、魔法書が失われた事も察知するだろう。
確かにそうなれば、完全に手を引く可能性はあるが……。
「それ、危険は無いんですか?」
「魂に魔法を刻み込むようなものなので、それなりにダメージは……」
たとえるならば、精神に焼き印を入れるようなものだろうか。
「前の魔法書と同じように封印でお願いします!」
無理して使いたいとも思わないが、野放しにもできない。妥当な判断だろう。
「ジェイ~、用意できたよ~」
モニカが包みを持って戻ってきたのは、それからすぐ後の事だった。
中に入っているのは夜食用の弁当、サンドイッチと保温ポットに入ったスープ。
先程の戦いでジェイが『添』を使ったと察したモニカは、彼の次の行動が分かっていたのだ。これから追跡のために出掛けると。アーマガルトにいた頃に何度かあった事だ。
というのも『添』は相手の位置や動きが分かるが、それ以外の事は分からない。
たとえば相手がどこかで止まれば目的地に到着したのではないかなどと推測できるが、そこで誰と会い、会った相手がどう動くかまでは察知できない。
だから早い内に直接出向いて確認する必要があるのだ。『添』の情報はジェイにしか分からないので、彼自身が動くしかない。
普段はものぐさなところがあるが、ジェイのためならば率先して動く。それがモニカという少女であった。
ごくごく自然に振る舞い、ともすれば素っ気ないように見えなくもない態度で渡す弁当。しかしその中身は愛情てんこ盛りだ。
「モニカ……恐ろしい子……!」
その姿に、はたから見ていたエラは戦慄を覚えるのだった。
なおそんな彼女の料理の腕は……お察しである。
弁当を受け取ったジェイは、実戦用の制服に着替えて家を出る。
当然夜の繁華街では目立つだろうが、問題は無い。
獣車の騎獣に鞍を付けて直接跨った。車体を使わない戦場でのスタイルだ。当然こちらの方がスピードが出る。
「それじゃ、行ってくる」
「気を付けてね~」
並んだ許婚達に見送られながら、ジェイは影世界に『潜』っていく。
そう、追跡も影世界から行うので、目立つ格好だろうが関係無いのだ。
そしてモノクロの影世界に降り立ったジェイと騎獣。ここからでも『添』の情報はしっかりと届いている。
「距離的には、もうすぐ繁華街に到着といったところか? 急ごう」
騎獣の脚ならばすぐに追い着けるだろう。『添』が示す方角に向けて、ジェイは騎獣を走らせるのだった。
今回のタイトルの元ネタは、『機動戦士ガンダム』のシャアのセリフ「見える! 私にも敵が見えるぞ!」です。




