第71話 仮面セイバージェイナス 影の剣士と破滅の本
その後、ロマティは兄の世話のために泊まっていくとの事だったので、ジェイ達は帰る事になった。これで彼等も泊まれば、それはそれで問題である。婚活的に。
「これが彼に取り憑いていた魔法書です」
帰宅したポーラは居間にジェイ達を集め、持ち帰った魔法書と教本をテーブルの上に並べた。そしてジェイに魔法書を読むように促す。
「……ああ、読んでも大丈夫ですよ。それにはもう、何も入っていませんから」
「それなら……」
ジェイは魔法書を手に取り、中を確認してみる。そして、怪訝そうに眉をひそめる。
魂を封じていたような本なのだから、どんなおどろおどろしい事が書かれているのかと思ったが、いざ読んでみるとそうではなかった。
全ページに渡り、ビッシリと意味の分からない文字――魔法国時代に使われていた古代文字の羅列で埋めつくされていたのだ。
「どうして本に魂を宿す事ができるか……それが答えです」
「いや、そう言われても……」
ジェイ達には意味が分からない。
「魔法は魂に付随するものだという話はしましたね。自らの魔法を記す事で、本を疑似的な肉体とする。それが魔法書の仕組みなのです」
つまり魔法書は、魂の器と言い換えてもいいだろう。
「ただ……この書の主は、ひとつ大きなミスをしましたね。魔法書には二つのパターンがあるという話は覚えていますか?」
「パターン? ああ、魂を分割しているかどうかですか?」
ジェイが答えると、ポーラはコクリと頷いた。
つまりは自身の魂の全てを一冊の本に宿すか、数冊の本に分割して宿すかだ。
モニカが買った魔法書が封印されたように、魔法書というのは本そのものに何かがあれば憑依できなくなってしまう。
全ての魂を宿すという事は、その一冊に何かあれば終わりという危険性を秘めているのだ。その点魂を分割していれば、いざという時の保険となる……はずだった。
「当時は予想もされていなかったのでしょうね……魔法使いが衰退するなどとは」
そう、魔法使いは衰退した。魔法を使えない者が増えた。
魔法は魂に付随するという。ならば魂丸ごと全てと、分割したそれには、同じだけの魔法の力が宿っているだろうか? 答えは否である。
ならば分割された魂が、魔法が使えなくなった者に宿ればどうなってしまうのか?
「十冊の魔法書に魂を分けていれば、一冊に宿る魔法の力も十分の一となるのです。改めて魔神を目指すどころか……」
「もしかして、魔法書も作れない……?」
ハッと気付いたエラが呟き、ポーラは神妙な面持ちで目を伏せた。
魔神化ほどではないにせよ、魔法書を作るハードルも決して低いものではないのだ。
「……そっか、だからこの島に」
そしてモニカも気付いた。魔法書がポーラ島に持ち込まれた理由に。
当時と今とで変わっている事がもうひとつある。それは本の普及だ。
当時はそれこそ魔法使いしか手にする事が無かった本が、今では庶民も広く手に取るようになっている。
古書を投機の対象とする商人も増えてきている事をモニカは知っていた。
つまり、魔法を使えない者に読まれる可能性が更に高まっているといえるだろう。
ポーラ曰く、魔法使いの血を引く華族の肉体の方が、魔法の素養は高い。取り憑いた魔法使いが鍛えれば、魔法の力を伸ばす事も不可能ではないとの事だ。
その話を聞いたジェイは、先程見たジムの後ろ姿を思い出した。彼が言っていたという「足りない」という言葉は、おそらく魔法の力の事を指していたのだろうと。
「ねえねえ、ジェイ」
その時、隣の明日香がジェイの腕をつんつんとつついてきた。
「それじゃあ、魔法書を売っていた露天商は何者なんですか? 認識阻害の魔法を使っていたという事は、その人は憑依に成功しているんですよね?」
その問い掛けに、ジェイとモニカは顔を見合わせる。確かに彼女の言う通り、あの露天商は憑依の成功例といえるだろう。
ならばその成功例は、何故別の魔法書を持ち込んだのか。
当時の魔法使いを、現代に蘇らせるためか? それも考えられるが、ジェイはもうひとつの可能性に思い至った。
「……母上、この空の器になった魔法書に使い道はあるのですか?」
「え? そうですね、少々特殊な方法を使いますが、そこに書かれた魔法を覚える事もできますが……」
魔法は魂に付随するというが、それは魂に魔法を使うための回路を作るようなものだ。
魂の器である魔法書。そこに書かれている古代文字の羅列は、その回路を表している。
だからそれを魂に転写する事により、その魔法を覚える事も不可能ではない。
無論誰でもという訳ではなく、それ相応の魔法の力が求められるが。
「もしかして――」
その言葉は、突如鳴り響いた爆音に掻き消された。
ジェイはすぐさま立ち上がり、玄関ではなく窓から庭に飛び出す。
するとそこには玄関を守ろうとしている家臣達と、その前に立つマントに付いたフードを目深に被った人物。
「やっぱり来たかッ!」
ジェイが影の槍を放つと、フードの男はマントで防いだ。
かなり魔法に強いマントらしいが、勢いを殺しきれずに数歩後ろに下がる。
「それは……!」
ジェイが声を上げた。マントの背中に刺繍されていた模様が見えたのだ。
外側に向かって炎を噴き出しているような大きな円、その中に描かれた複雑な模様には見覚えがあった。カムート魔法国の紋章だ。初めて見るが、ジェイはそれを知っていた。
旧校舎の隠し地下室を根城にし、演習場の森でも目撃されていた、魔素結晶の密造に関わっていたとされる人物が身に着けていたとされるマントだ。
同一人物か、ただ単に同じ模様のマントなのかは分からない。だが、無関係という事はないだろう。
チラリと家臣の方に視線を向けると、二人ほど扉を背に座り込んでいた。魔法の攻撃を受けたようだ。
和平反対派に備えて警備を強化していたのが不幸中の幸いか。彼等がいなければ、扉を吹き飛ばされて屋内が戦場になっていただろう。
これ以上はやらせない。ジェイは駆け出し、その勢いのままに蹴りを放った。
対するフードは魔法の障壁を張って、その一撃を防ぐ。
それを見た家臣の一人が、自分の剣を投げ渡した。ジェイはそれを背中に手を回して受け取ると、そのまま回転するような動きで連撃を繰り出した。
「な、なんだ、この……蛮族の剣ではない!?」
男は慌てた声で叫ぶ。間違いなく男の声だ。ちなみに「蛮族」というのは、魔法国時代に使われていた武士の事を指す蔑称である。
セルツ騎士の剣術は、武士の剣術をベースに各地で進化したものだが、ジェイの剣は対武士に特化して忍者のようなそれになっている。
フードの男は、初めて見る剣術に驚いたのだろう。
なんとか障壁を駆使して変則的な連撃を防いでいるが、フードの男は防戦一方だ。
しかし、それは罠。隙を狙い、足下から影の矢が撃ち出される。
フードの男は咄嗟に身をのけぞらせるが、避けきれずにフードが切り裂かれた。
まずはフードの中身を確認する。ジェイの狙い通りだ。
露わになったその顔は学生のそれではなく、口髭を蓄えた中年男性のものだった。
「なんだ……!?」
その瞬間、ジェイは違和感を感じて目を押さえた。
視界がぼやけるような感覚。いや、違う。見えているはずなのに、男の顔辺りだけが靄が掛かったように感じられるのだ。
戦いのために集中していたから、違和感を感じ取る事ができた。これが普段ならば、スルーしてしまっていたかもしれない。
「チッ、認識阻害か! できれば生け捕りにしたいんだがなぁ!!」
ジェイは更に連撃を繰り出すが、先程よりも大振りになっている。
この魔法、ただ顔を覚えさせないだけではない。靄の範囲がどんどん広がっていき、狙いを定めるのが難しくなっていくのだ。
おかげでフードの男は魔法で反撃する余裕が出てきて、ジェイの方が防戦に回る割合が増えてくる。
男の使う魔法は多彩だ。炎、氷、風、岩、雷、様々な魔法で攻撃してくる。
それらを影も使って防ぎつつ、ジェイは声を上げる。
「これだけの魔法を一人で使いこなすと言う事は……お前の目的は魔法書そのものか!?」
その言葉に、魔法を放とうとしていた手がピクリと反応した。
その隙を逃さず、四方から一斉に影の槍を放つ。
しかし男は、魔法を使って真上に浮上する事でそれを避ける。
「……魔法書は一旦預けておく。魔法国の叡智に傷を付けたら許さんぞッ!!」
ジェイは駆け寄り追撃を仕掛けようとするが、男はそう言い残して飛び去って行った。
後に残されたジェイは追撃しない。まずは傷付いた家臣達の治療を優先するのだった。
今回のタイトルは、『劇場短編 仮面ライダーセイバー 不死鳥の剣士と破滅の本』です。
どちらかといえば仮面なのも、不死に近いのも、破滅の本なのも、敵の方という気がしないでもないですが。




