第69話 白い毬よ火と燃えよ
翌日は学園が休みなので、ジェイ達は朝から動き出した。
まずは風騎委員の周防委員長と会い、昨夜分かった事を伝える。
「つまりなんだ、学園に年寄りが紛れ込むようなものだと?」
「魔法書が誕生する経緯を考えると、そういう事に……」
「ううむ……確かに、そうなるか」
周防も流石に呆れた様子だったが、理屈を聞くと納得してくれた。
彼によると、現在南天騎士団は海上警備などに人手を割かねばならない状況らしい。言うまでもなくダイン幕府の和平反対派に備えてである。
「魔法書の件は、我々風騎委員が当たる事になる。まぁ、学生相手に南天騎士団が出てきても当てにならんかっただろうがな」
去年までならばこういう事件が起きた時も、風騎委員は当てにならないと南天騎士団が出張っていただろう。
今年こそ飛躍の年。周防はこのチャンスを逃してはならないと考えていた。
「ところで君達、今日の予定は?」
「少し気になる事があるので、獅堂を探してみます」
「獅堂君を? 彼ならば――」
獅堂もまた、一年風騎委員のホープ。周防は彼の事もよく知っていた。
周防によると、獅堂は今日島の外、内都の方に行っているらしい。
何のためにと訝し気に思いつつ、ジェイ達は獣車に乗って教えられた場所に向かった。
今日の同行者は明日香とポーラ。場合によっては戦闘になるかもしれないという事で、モニカとエラには遠慮してもらった。
到着したのは内都を囲む壁の外側、「訓練場」と呼ばれる場所だ。
そこは平原が広がっているが、草木は少なく土が剥き出しになっている所が多い。
しかし、そうなるのも仕方がないだろう。
「見てください! 騎獣ですよ、騎獣!」
明日香が獣車の窓から顔を出してはしゃいでいる。
そう、内都の騎士達が集まり武芸の腕を磨く訓練場。今日ここには、騎獣に乗った騎士達が集まっていた。
訓練場の中央では、魔獣に乗った十騎ほどの騎士達が、穂先の代わりにスプーンが付いた槍のような物を手に戦いを繰り広げている。
「何の集まりだ? これは……」
「あれは打毬ですね」
「えっ、打毬ですか!? セルツでもやってるんだ~!」
ポーラに教えてもらい、明日香が嬉しそうな笑顔を見せる。
彼らが行っているのは打毬。魔獣に乗った者達が二組に分かれ、打毬杖を用いてどちらが早く自分達の毬門に毬を入れるかを競う球技だ。
イギリスのポロも同源といわれている、紀元前のペルシャが発祥のスポーツである。
この世界では武士がこの世界に持ち込んだとされている。明日香によると、ダイン幕府では今でも軍事訓練の一環として盛んに行われているとの事だ。
その一方でセルツでは衰退しており、ジェイは存在すら知らなかった。
ポーラが知っていたのは、彼女が学園を創設しようとしていた時期と、打毬が広まり始めた時期が重なっていたからだろう。
周りで競技を見ていた一人がジェイ達の接近に気付き、騎乗したまま近付いてきた。
「卿も打毬に興味がおありかな?」
声を掛けてきたのは、仰々しい髭をした老騎士だった。年齢的には既に隠居の域だろうが、背筋も伸び、魔獣に跨る姿は様になっている。
「いえ、獅堂君がここにいると聞いて来たのですが……これは何の集まりなんですか?」
「ああ、『打毬愛好会』だよ」
セルツでは廃れつつある打毬の伝統を守るために集まった、愛好者の集いらしい。
ここにいるのが愛好会の全員という訳ではないらしいが、かなり少ない。またその数少ない面々も年配の者達がほとんどだ。
「獅堂君だったね。彼ならほら、あそこにいるよ」
そんな中、若い学生である獅堂の長身はよく目立っていた。
練習試合の最中だったので、ジェイ達は獣車を降りて待たせてもらう。
その間に、老騎士に少し話を聞いてみる事にする。
「獅堂君は、入学してすぐこちらに?」
「ああ、そうだね。故郷の方でもやっていたらしくて、ここに来た時から上手くてねぇ」
打毬愛好会の未来を担う逸材だと、老騎士は上機嫌で教えてくれた。
明日香から見ても、獅堂はかなり上手いらしい。老騎士は「お嬢さん、分かる口だね」と目を輝かせ、二人で盛り上がっている。
そうこうしている内に練習試合は終わり、老騎士が獅堂に声を掛ける。
すると彼もジェイ達に気付き、魔獣を降りて近付いてきた。
そこで早速ポーラに見てもらう。
「……憑依されているようには見えませんね」
「ハズレか……まぁ、そうだろうなぁ」
そう呟きつつ、ジェイは獅堂を出迎える。
打毬は武士が持ち込んだ文化、すなわち魔法国時代には無かったもの。
それが詳しい者達から見ても上手いとすると、仮にポーラの判断が無かったとしても、憑依されているとは考えにくいのだ。
「昴か、何か用か?」
「実はだな、獅堂……」
彼は大丈夫だろうという事で、ジェイ達は魔法書の件について彼に伝える。何故、獅堂に会いに来たのかも含めて。
「……つまり、俺が年寄り臭いから怪しいと?」
「怪しいという疑いについてはもう晴れたけど、年寄り臭いのは否定できないな」
「ぐぬ……っ」
獅堂は唸るが、それ以上は反論してこなかった。自覚は有るらしい。
「大丈夫です、ダインでは若い人もやってます! まぁ、古い事は確かですけどっ!!」
「ぐはぁっ!!」
明日香が元気よくフォローするが、フォローになっていないかもしれない。
「だ、大丈夫だ獅堂君! 打毬が上手いと女性にもモテるぞ!」
「それ、皆さんのご夫人達ですよね!?」
中年以上ばかりだった打毬愛好会に現れた若き新入生、ローディ=獅堂=レオニス。彼は今、ご夫人達のアイドル状態だ。
まだ婚約者がいないので娘や孫はどうだと言ってもらえるのだが、それも年上ばかりというのが、愛好会の現状であった。
「おや、今日はどうしたんですか?」
一方その頃学生街では、ロマティが客人を出迎えていた。
ロマティが住んでいるのは、ジェイ達と比べると小さめの宿舎だ。彼女はここで昔から世話になっている年配の侍女と二人で暮らしていた。
「実は今日は、お嬢様にご相談したい事が……」
訪ねてきたのは、百里家に仕える若い従者の一人だった。今はロマティの兄の世話役として、彼の宿舎で暮らしている。
そんな彼が、急にロマティを訪ねて来たのだ。
落ち着きがなく、かなり慌てた様子に見える。世話役を任されただけあって、普段はこんな感じではない。
「穏やかじゃないですねー、そういうのはまず兄に……」
「そのジム様に関するご相談なのです!」
「……玄関先で聞く話じゃなさそうですねー」
侍女と顔を見合わせたロマティは、従者を居間に通して話を聞いてみる事にした。
居間に通された彼は、飲み物を飲んで一息つくと、落ち着きを取り戻した。
そしてぽつり、ぽつりと、相談したいという事を話し始める。
「その、私にも何が起きているのかさっぱり分からないのですが……」
「あなたがそんなに慌てるって事は兄の事ですよねー?」
「は、はい、実は……ジム様は、ここ一週間登校していないのです」
「えっ、もしかして病気? それなら安静に……」
「違うのです。ジム様は、ずっと部屋にこもりっきりで……」
そう言って従者は、大きくため息をついた。
そんな彼を前にロマティは、兄は何をしているのかと侍女と顔を見合わせるのだった。
今回のタイトルの元ネタは『プロゴルファー猿』の主題歌の一節です。




