第6話 ピッカピカの1年生
さて、登校前にポーラ華族学園の制服について説明しておこう。
ポーラの制服は基本的に三種類に分かれている。「屋内用」、「野外用」、「実戦用」の三つだ。一つ一つ説明していこう。
まず「屋内用」だが、これはブレザーの学生服に近い。
上着はごく薄い藍色、いわゆる「浅葱色」で、襟の装飾が少々仰々しい。スラックスとスカートを選択できるようになっている。
「ん~、スカート丈はこんなもんかなぁ……?」
モニカがこのタイプの制服を選んだ。スカート丈に関しては公序良俗に反していない限り自由だ。最近の流行りは短めらしい。
モニカもそれに合わせて少々短めにしており、裾からむっちりした脚が伸びている。モニカが出不精なのもあって色白だ。
モニカは更にフード付きのカーディガンを羽織る。それは少し大きめで、彼女の小柄さを際立たせている。
「でも、ホントかなぁ……スカート短めにして玉の輿に乗った子がいるから流行ってるとか聞いたけど……ちょっと胡散臭い」
「あ、それ私の同級生~」
「マジで!?」
不意打ち気味のエラの言葉に、モニカは驚いた。まさか本当に居たとは。
「確かにその子もスカート短めだったけど、野外実習の時に救助したのが切っ掛けって話だから、スカート丈は関係無いはずよ?」
「えぇ……」
噂はあくまで噂である。しかし、その頃から流行し始めたのは事実であった。
次に「野外用」だが、こちらはボーイスカウト・ガールスカウトの制服に近い。
色は同じく浅葱色で、丈夫な半袖シャツにスカーフ、裾が長めの半ズボンだ。
こちらはスカートが無いので、確かに件の噂の件にスカート丈は関係無い。
本来は野外実習用だが、その動きやすさから普段から着用している生徒も少なくなかった。「普段からジャージ姿で授業を受けている学生」みたいなものかもしれない。
動きやすさが気に入ったようで、明日香はこのタイプの制服を選んだ。
「ジェイ、ジェイ、似合いますか?」
「スカーフその結び方は大丈夫なのか?」
明日香は大きめの赤いスカーフをリボン結びにしており、それがモニカを上回る膨らみの上に載っていた。
「大丈夫よ~、私の頃も流行ってたわ~」
「よし、なら素直に言える! 可愛い!」
「わーい♪」
感極まった明日香が、その動きやすさを発揮して飛びついてくる。
まるで弾むボールのような元気の塊を、ジェイは全身でしっかりと受け止めた。
最後に「実戦用」だが、浅葱色のジャケットに、キュロットとロングブーツという乗馬服のような出で立ち。その上に同じく浅葱色のロングコートを羽織るスタイルだ。
これは実戦演習用の制服であり、特にコートはちょっとした防具にもなる。主に将来騎士団を目指す者達や、領主となる者達が普段から着用していた。
ジェイはこれを選んだ。騎士団を目指している訳ではないので、理由としては後者だ。
「よくお似合いですよ♪」
「うんうん、いかにも騎士っ! って感じ!」
見た目が格好良いという理由だけで着用している者もいるのは秘密である。
明日香の感想は無かったが、彼を見つめるキラキラした瞳が全てを物語っていた。
「……で、俺達の方はこれでいいとして、エラはそれで通うつもりなのか?」
「もちろんよ~♪」
なお、エラも屋内用の制服を着ていた。流行は気にしていないようで、モニカと比べるとスカートの丈は長めだ。
念のために言っておくが、聴講生が制服を着なければいけないという訳ではない。単に彼女が、着たいから着ているだけだ。
似合っているし、違和感も無いので、ツッコむにツッコめない。
「えっと、姉さん……もしかしてそれ、学生の頃の?」
「ええ、そうよ~」
「入ったの!?」
「流石にお腹周りがキツくて緩めてもらったわ~。やっぱり運動しなくなるとダメね~」
「緩めてその腰!?」
すらっと均整の取れた身体に、伸びやかな四肢。その所作振る舞いも美しい。
令嬢というのはこういうものだと体現しているかのようなその姿。モニカには眩し過ぎたようで「おおおぉ……」と両手で目を押さえて悶絶している。
後程学園に連絡を取ったところ、初めてのケースだが、制服はどれも礼服として扱われているものなので、学園側から止めたりはしないとの事だった。
後は護身用の剣を佩いて準備は完了だ。四人はそれぞれ従者を連れて学園へと向かう。
学園は学生街の南にある。8番通りに出ると、学園に向かう学生達の姿がちらほらと見えた。今日は入学式に参加しない上級生は休みなので、皆新入生だと思われる。
「今日は獣車じゃないんだねぇ、あれ楽なのに……」
「ここで暮らし始めると、普段の移動で獣車を使う事は無いと思うわよ」
エラの言う通り、学生街、商店街、学園を移動するだけなら獣車は必要無いだろう。
学生街を抜けて少し進むと、淡い紅色の並木道に入った。
「うわぁ、きれい……」
枝一杯に花を咲かせる木を見上げ、モニカが感嘆の声を上げた。
「あたし知ってます! 郷桜ですよね! こっちにもあったんだぁ……」
「ええ、そうよ。今年も満開みたいね」
春の訪れを告げるといわれる郷桜。桜並木が形作る花のアーチが学園まで続き、新入生達を出迎えていた。
そして花びらが舞い散る中をジェイ達は進んで行く。
「これ見れただけでも、来た甲斐あったかも……」
「モニカちゃんったら、またそんな事言って……。入学すれば、きっと楽しい事がたくさんあるわ。私もそうだったもの」
新入生に混じって制服を着ている卒業生は、そう言って優美に微笑んだ。
「はいはい、貴賓席はこちらですよ~」
「あ~れ~……」
そして、校門前に着いたところで警備をしていた女性騎士に連れ去られた。彼女の従者が、その後を追う。流石に新入生に混じって入学式には出られないという事だ。
「……今の、検問所の人じゃなかったか?」
「えっ、ホントに? 顔見てなかった」
正解である。先日検問所にいた彼女は、今日は入学式警備の任務を受けていたらしい。新人騎士としては、割とよくある話であった。
残されたジェイ、明日香、モニカは従者達と共に校門を潜った。
落ち着いた雰囲気の、荘厳ささえも感じさせる校舎が彼等を出迎える。
皆もその雰囲気を感じているようで、校門を潜った途端に背筋を伸ばし、姿勢を正す新入生も見受けられた。
新入生はまず、クラス分けを確認する。これによって入学式での席が決まる。
「ボ、ボク達、おんなじクラスだよね? 分かれたりしないよね? ね?」
「許婚同士は同じクラスになるから大丈夫だ」
在学中に婚約が決まった場合も、どちらかのクラスに移籍する事になっている。
「俺達は……白兎組か」
「おめでたいですねっ!」
「ていうかクラス名、動物なんだ……」
「旗に使われるからな」
ポーラでは、クラス名には基本的におめでたいとされる動物などが使われる。
ジェイの言う通りクラス旗の意匠に使われるというのもあるが、1組、2組という風に順位を付けるような名前になってしまうと、それはそれで問題が起きてしまうのだ。
席を確認すると、入学式が行われる大講堂へ。従者はここまでで、中に入るのはジェイ達三人だけだ。武器の持ち込みも禁止なので、従者に預ける。
大講堂の中に入ると、席は左右二つに分かれていた。
奥に講壇があり、その背後には大きな女性の絵が飾られている。
既に半分ぐらいの新入生が席に着いていたが、その多くが緊張した面持ちで、未知の学生生活に不安そうにしている者も少なくない。
ジェイ達は幕府の姫である明日香がいるためか左側の最前列だった。中央の通路側の端から明日香、モニカ、ジェイの順に座る。
右側は来賓席であり、最前列に座っていたのは冷泉宰相だった。
白髪交じりの髪をオールバックにしており、目付きの鋭さと鷲鼻が印象に残る。
細身で長身。姿勢も良く、座る姿がピシッとしていた。
「……来たか」
その冷たさを感じさせる声に、モニカは思わずジェイに近付いて距離を取る。
宰相の隣にはエラが座っており、宰相の陰からひょこっと顔を覗かせて、ジェイ達に手を振ってきた。
冷泉宰相はそれ以上何も言わず、緊張した雰囲気の中で待っていると、やがて新入生も集まり終えて入学式が始まった。
まずは在校生代表として、威風騎士団団長こと『風騎委員長』の歓迎の挨拶だ。
彼がこの学園の生徒の代表、「生徒会長」のような立場といえば分かりやすいだろう。
細面の風騎委員長は、両手を掲げて芝居がかった仕草を挨拶を始める。
「新入生諸君! まずは君達を歓迎しよう!」
挨拶の内容自体は無難なもの……だったが、途中から段々とヒートアップしてくる。
「現在、威風騎士団は新入団員募集中である! 腕に自信のある者は我が下へ集え! この後すぐにでも! この前も事件が起きて大変なの!!」
そして興奮気味に風騎委員の募集を始める。すると風騎委員らしき人が壇上に現れ、当身を食らわせ、そのまま委員長を引っ込めた。
新入生が呆気に取られている中、何事も無かったかのように入学式は続けられる。
次に壇上に上がったのは、来賓代表の冷泉宰相。壇上から新入生達を一瞥する氷のような視線に、皆身がすくむ思いだ。
挨拶自体は厳しく、新入生達に勉学に励むように促すものだったが、それを聞いていた新入生達の気持ちはひとつだった。
何故あれの後で、平然と、何事も無かったかのように挨拶できるのだと。
冷泉宰相。宮中では『氷の宰相』と呼ばれ、恐れられている男である。
最後は学園長による挨拶だ。
学園長は頭を丸め、髭も無い老人だ。しかし羽織ったフード付きのローブの上からでも分かるぐらい体格はガッシリしており、年齢程の衰えは無さそうだ。
冷泉宰相と比べると、優しそうな印象を受ける。しかし最前列のジェイは、宰相や祖父レイモンドとはタイプが異なるだけで、彼も只者ではないと感じていた。
「さて……君達は今日こうしてポーラの門を潜った。中には内都の幼年学校を卒業した者もいるだろうが……ここはあえて『これまでとは違うぞ』と言っておこう」
その言葉に、一部の新入生がざわつく。
「君達は成人したと認められたのだ。もはや『幼年』ではないのだ。宿舎がそうであるように、君達は一つの家を任せるに足ると認められたのだ」
ざわめきが更に大きくなった。学園長は一息ついて、手を挙げて皆を静まらせる。
「今はまだ分からぬ者がほとんどだろう。だが、それで良い。それを学ばせるためにポーラ華族学園があるのだ」
そこで学園長は振り返り、背後の女性の絵を仰ぎ見た。
「この女性こそが、学園の創始者『賢母院ポーラ』だ。彼女は優れた統治者こそが国に、民に平和をもたらすと考え、この学園を創った」
その学園長よりも若そうに見える女性は、学園長と同じローブを身に付けていた。フードも被っているため頭巾を被った尼僧のようにも見える。
「新入生諸君、大いに学びたまえ。分からぬ事があれば教師達を頼りたまえ。ポーラ華族学園はそのためにあるのだ」
いつしか大講堂はしんと静まり返っていた。新入生達は皆真剣な面持ちで学園長の話に耳を傾けている。
「そしてそれは、君だけでなく、君の周りの人達も守る事につながるだろう。ポーラでの三年間が、君達にとって実り多きものとなる事を祈る!」
そう言って学園長は話を締めた。そして入学式は幕を閉じる。
いつの間にか新入生達の顔付きは、希望に満ちたものになっていた。
今回のタイトルの元ネタは、2019年から復活した児童学習誌『小学一年生』のテレビCMシリーズです。