第68話 ボンバーガール
という訳で、早速その日の夕食にアメリアを招いた。うきうきと足取りも軽い彼女を連れて帰宅する。
するとポーラが玄関前で待ち構えていた。和平反対派に加えて魔法書の件で警戒しているところで、見知らぬ魔法使いの接近に気付いたからだ。
「ジェイ、その子は?」
「こちらは学園の友人の高城さん、今日の夕食に招待しました」
「……なるほど、憑依はされているようには見えませんね」
詳しい話は食事の後にするつもりだったので、彼女には何の事だか分からないだろう。
とりあえずアメリアは、モニカと同じく天然モノの魔法使いなので、その点は心配しなくても大丈夫である。
なおジェイは、勇者と魔王の魂の件が判明したので、天然モノと言っていいかは微妙なところである。
「……昴くん、母親同伴で学園に来るとか、ちょっと引きますよ」
「待て、誤解だ」
それはともかく、事情を知らない彼女が勘違いしてしまうのも無理の無い話であろう
これでは食事どころではないという事で、その前にポーラについて説明しておく。
アメリアは、建国の歴史などについてもあまり知らなかった。
「結局、母と呼んでいる事には変わらないのでは?」
「いや、それにも……」
家族を喪った彼女の過去についても、こっそりと教える。
「……私も娘になってもいいですよ?」
すると今度は納得を通り越し、ポーラに同情してこんな事を言い出した。
魔神である事も話しているはずなのだが、なんとも豪気、いや怖い物知らずである。
しかしポーラとしては未熟な魔法使いは幼子を見るような感覚のようで、アメリアの態度も微笑ましいものとして捉えていた。
そして、いつもより少し豪勢な食卓を皆で囲む。
「そういえば許婚同士なのに、あ~んって食べさせあいっこしたりしないんですか?」
アメリアが目を輝かせながらこんな事を言ってきた。
明日香が釣られて目を輝かせていたが、ジェイはひとまずスルーしておく。
モニカも頬を染めつつ期待の眼差しでチラチラと彼を見ており、エラも笑顔から圧を感じるので結局やる事にはなるだろうが、今ここでではない。
それでも今日の食卓は、いつも以上に賑やかであった。
「おいしい~♪ こんなの食べた事ないですよ!」
なお爆弾を放り込んだ本人は、変化した雰囲気を意にも介さず美味しい美味しいと料理に舌鼓を打っていた。
「なるほど、魔法書……楽に魔法を覚えられるのは良いですねぇ」
食後、魔法書について説明すると、アメリアはそんな事を言い出した。
彼女は今魔法を必死に学んでいる最中なので、簡単に覚えられる点はポイントが高いようだ。実際は乗っ取った魂が使うだけなのだが。
「分かってるだろうけど……」
「大丈夫です、私も乗っ取られるのは勘弁です」
ちなみにモニカが買ってきた例の魔法書は、ポーラが異空間の部屋にしまってある。そのまま封印しておくとの事だ。
「でも……ウチのクラスに、そんな急に性格が変わったような人はいなかったと思いますよ……多分」
「ちょっと自信無さげ?」
モニカの問い掛けに、アメリアはばつの悪そうな顔をして視線を逸らした。
クラスで唯一の魔法使いであり、学園に入学するまでは華族ですらなかった彼女。実のところクラスに馴染めているとは言い難かった。
「シルバーバーグさんはいいよね~、旦那さんが頼りになりそうだし」
高評価だが、尚武会で助言されたイメージが強いのかもしれない。クラスに馴染んでいないから余計に。あとは年齢不相応の落ち着きだろうか。
「いや、まぁ、それはそうなんだけど……」
そしてモニカも、ジェイが頼りになる事は否定はしなかった。
彼女は商人の娘で、華族出身ではないという意味ではアメリアと似たような立場だ。
しかし、こちらはアメリアのような問題は起きていない。これはジェイという許婚がいるのが大きいだろう。
何よりモニカ本人も、華族文化に詳しい。明日香と違ってあまり交友関係を広げようとしていないというのも大きいかもしれないが。
モニカがそういう事を学んでいるという事はジェイも知っていたので、アメリアの事情も察する事ができた。
数少ない同学年の魔法使い。今後も付き合いはあるだろうという事で、フォローしてあげねばと考えるのだった。
それはさておき、残念ながら魔法書の件については新しい情報が無かった。
しかしアメリアが協力してくれる事になったため、一歩前進といったところだろうか。
ちなみに彼女は、話が終わった後も帰らずに居間で明日香と一緒にテレビを見ながらくつろいでいる。
「ところで気になったんですけど……性格が変わるって、どう変わるんですか?」
番組が終わり、CMに入ったところで、アメリアがふとこんな事を尋ねてきた。
「どうって、取り憑いた魂の性格に……ああ、共通点って事か?」
身も蓋も無い話だが、まだクラスに馴染めていないアメリアは、クラスメイトの元の性格が分からない。だから、変わった後の性格を知りたいのだ。
とはいえそれは魔法書を作った者次第なので、ジェイ達も答える事ができない。
「あ……いや、あるのか? 共通点……」
しかし、ここでジェイはある事に気付いた。
逆に考えるのだ。魔法書を作ったのはどんな人かではなく、どんな人が魔法書を作らなければならないかを。
魔法書というのは魔神に到達できなかった者が作るとされている。
ならば、到達できない理由、いや、できないと判断した理由は何なのか。
それは、魔神に到達するまでの時間が足りない。すなわち、己の死期を悟ったからではないだろうか。
理由は色々と考えられるが、一番多いのは老衰と、それに伴う病気といったところか。
ポーラが若々しく見えるため思い付かなかったが、魔神になれないままタイムリミットが近付いていたとすれば、そういう事になる。
「もしかして……魔法書の魂って、皆お年寄りなのか?」
「つまり、いきなり年寄り臭くなった人を探せばいいんですか?」
明日香が目を丸くして問い掛けて来る。ジェイの想像通りだとすればおのずとそういう事になるが、断言はできない。
そこで皆の視線がポーラに集まると、彼女は「まぁ、そういう傾向はありますね」と静かに肯定した。
「お年寄り、ねえ……ちょっとイメージ変わったわ」
「でも、そうだよね。魔神になれなかったって事は、そういう事だよね」
エラとモニカが、揃ってうんうんと頷いている。
その時、アメリアがふと思い出したかのように口を開いた。
「年寄り臭いといえば……獅堂くんですね」
「えっ?」
「そういう話を、学食で聞いた事があります。赤豹組では有名らしいですよ」
尚武会でジェイと一緒のブロックだった大柄な少年、ローディ=獅堂=レオニス。
四人で一ブロックになる関係で、一人魔法が使えなかった彼だ。
「有り得る……か?」
魔法を使ったジェイに敗北したというのもあるが、それよりも魔法使いではないという理由でラフィアスに手加減されたというのが引っ掛かる。
本気で真剣勝負する事に拘っていた獅堂。ならば自分も魔法をと考えるかもしれない。
その結果魔法書を手にした。ジェイはその可能性を否定する事ができなかった。
最近の彼は、毎日のように学生ギルドで魔獣討伐の依頼を受けているらしいが、それは本当の事だろうか。
この島で魔獣の討伐をするとなると、主に演習場の森が舞台となる。
森ならば、隠れて魔法を使う事もできる。幼い頃のジェイとモニカがそうだった。
「……明日も探してみるか、獅堂」
これは確かめた方が良さそうだ。そう判断したジェイは、明日は再び獅堂を探す事にするのだった。
という訳で、今回のタイトルは「(発言が)ボンバーガール」でした。
元ネタはアーケードゲームの『ボンバーガール』です。




