第65話 まじかる?アンティーク
モニカはいわゆるオタクである。
ジャンルでいうと勇者の伝承歌や、英雄の伝記のオタクだ。ある種の歴女と言い換えてもいいかもしれない。
最近だとテレビドラマの題材になったりする事が多く、それを切っ掛けにハマる人が増えてきていた。モニカもそんな中の一人であった。
ちなみにジェイは、前世の記憶の影響もあってファンタジー小説を読むような感覚で伝承歌や伝記を楽しんでいる。モニカにとっては大事な理解者だ。
こちらは魔法にも興味を惹かれたためモニカほどハマる事は無かったが、そちらもまた彼女が付き合えるものであった。
同年代の子供達の中で、モニカが一番仲良くなった理由は、その辺りにもあるだろう。
腕を組みながら商店街を歩く二人。モニカはチラッとジェイの顔を見る。
思い浮かぶのは、彼が勇者と魔王の魂を受け継いでいるという話。
魔王は『暴虐』と言われていたが、これは魔法が使えない弱き者達を認めず、虐げていたためだ。
対する勇者は、そんな弱き者達を助けるために立ち上がった。そのため今でも「騎士の理想像」であると言う人も多い。
その両方の魂を受け継いでいるというジェイ。
しかしモニカは、彼はどちらとも似ていないと感じていた。
「ジェイってさ……勇者とも、魔王ともイメージ違うよね」
「……そうなのか?」
「ボクの知る限りではね。だって……ジェイの方がずっと優しいもん」
隣のジェイにだけで聞こえるような声で言い、腕を抱いて身体を寄せる。
のろけているが、根拠も無しに言っている訳ではない。
最近は歴史研究が進み、勇者は同じ魔法使いに対しては高いハードルを要求しており、それが魔王との戦いの中で多くの犠牲を出した原因であったとも言われている。
逆に魔法使いが減ってきた昨今、実は魔王のやり方が魔法使いの血を守ってきたなんて説も出てきていたりする。
どちらにも良い所と悪い所があったという事だろう。
モニカはそれらを踏まえた上で、ジェイが二人にも負けていないと信じていた。好意によるひいき目が入っている事は否定しない。
それはともかく、今日のモニカはとことん買い物に付き合ってもらうつもりだ。
文房具店、人形店等々、趣味の買い物ばかりだ。ジェイも知らない店で、興味深そうに付き合っていた。
ちなみにそういう店があると調べてきたのは、商会から派遣されているモニカの従者達だ。これは市場調査込みで、普段から行っている事であった。
「モニカ、一旦休もうか」
「う、うん……」
モニカが疲れてきたのを見計らって、ジェイがそう提案した。
そして二人が向かった先は、シルバーバーグ商会の支店。
こういう時は学生に人気の喫茶店などの方が良いかもしれないが、そういうところはモニカが「ボクみたいな陰の者にはキツい……溶ける……」とか言って嫌がるだろう。
あまりベタベタしているところを見られるのは恥ずかしいというのもある。
買い物した荷物を預けておく事もできるので、一旦身軽になるという理由もあった。
店内に入ると、先日クラスメイトを連れて来た時ほどではないが賑やかだった。学園が休みという事もあって客の入りは上々のようだ。
支店長が対応してくれたが、アーマガルト産の武具を求めて訪れた者が多いとの事だ。
店内にいると邪魔になりそうという事で、奥で休ませてもらう。
訪れるのは二度目なので馴染みがあるという訳ではないが、実家のテリトリーという事でモニカも落ち着いて休めている。
「そうだ、ジェイ。この後なんだけどさ……骨董品屋さんに行ってみない?」
「骨董品屋? 商店街にあるのか?」
古美術品や古道具などを取り扱う、いわゆるアンティークショップ。学生向けの商店街には似つかわしくないと感じたジェイは首を傾げる。
「それがあるみたいなんだよね~、何故か」
実のところ骨董品を買う学生というのは、意外といる。そもそも骨董は、華族の趣味としてはポピュラーなものだ。贈り物としても使えるので、骨董品屋にも需要があった。
そのため教養の一環として、学園でも基本的な事は習う。更に専門的な目利きを学ぶ塾も存在している。
モニカは魔法『天浄解眼』で真贋が分かる事もあって、骨董品に関わる事が多く、いつの間にか詳しくなっていた。
そんな彼女が、許婚になってから初めてのデートの記念として何か思い出の品が欲しいと考えたのだ。
モニカは頬を紅潮させてもじもじとし始める。それを見てジェイも察したようで「ゆっくりと行こうか」と微笑むのだった。
休憩後モニカが案内したのは商店街の一角、骨董品屋の多い通りだった。
古書店などもあり、モニカは後で寄ろうと笑顔で言う。
「そうだな……小物なんてどうだ?」
辺りの店を眺めながら、ジェイが言う。モニカならば、堂々と飾るような大物は望まないだろうと察した上での言葉だ。
「……うん!」
モニカは分かってくれているのだと嬉しくなり、頬を緩ませながら頷いた。
この通りを恋人のように歩く姿は珍しく、にわかに注目を集めている。しかし、今の彼女はそんな事にも気付けないほどに上機嫌であった。
二人でショーウィンドウ内の骨董品を見て歩く。
「あ、赤い」
「よし、それは無しだな」
骨董品の値というのは、正解があってないようなものだ。
しかし、偽物と分かった上で不当に高い値段を付けたりしている場合は、『天浄解眼』は偽りと判断して赤く光らせる。
不必要なまでにくっつきながらも、そこは手を抜かない。こういうとこは流石商人の娘といったところだろうか。
その後、いくつかの店を回ったところで、二頭の犬型の魔獣が並ぶ、片手で持てるサイズの像を見つけた。セルツが建国された頃の文鎮らしい。
価値自体はそれほど高くないようだが、モニカにはその二頭がつがいのように見えた。
「……これが良いかな」
「仲良さそうだな」
ジェイも同じように感じていたようだ。モニカは嬉しくなってその場で購入を決めたのは言うまでもない。
その後も二人でいくつもの店を見て回った。
当然古書店にも寄り、モニカは十冊ほどの本を購入している。
「たくさん買ったなぁ」
「結構掘り出し物があったからね」
お宝と呼べるような本もあったらしく、モニカはほくほく顔だ。
「後で読ませてくれよ」
「もちろん!」
そんな話をしながら歩いていると、通りの端までたどり着いた。
そこには怪しい露店がいくつか並んでいる。骨董品を扱っているようだが、モニカによると値札が赤く光っている割合が通りの店よりはるかに高いとの事だ。
二人はせっかくなので、赤く光らない掘り出し物でもないかと見て回る事にする。
値札は光っていないが微妙に可愛くない像、装飾が美しいが値札が光りまくっている短剣。やはり簡単に掘り出し物は見付からなかった。
これは空振りか。ジェイがそろそろ帰ろうかと考えていると、モニカがある露店の前で足を止め、そこに無造作に積み上げられていた古書を手に取っていた。
「モニカ、何か見付かったのか?」
「うん……ねえ、おじさん。ここの本、全部欲しいんだけど……」
そう言って、そこに積み上げられた五冊の本を全て購入してしまった。
何かあると判断したジェイは、その場では追及せずに商会の支店に戻る。
そこで獣車を借りて、買った物全てを積み込んで帰路につく。その帰りの馬車の中で、ジェイはモニカに問い掛けた。
「それで、結局何だったんだ? さっきの本は」
「その、魔法書みたいなんだけど……」
魔法書というのは、その本を使えば魔法が使えるようになると言う魔法の書物だ。
当然貴重品であり、市場で見掛ける事はほとんど無い。仮に出回ったとしても、全て偽物だとも言われている。
「……真っ赤?」
だから当然ジェイも偽物だと考え、まず赤く光っているのかを確認した。
するとモニカは、少し困った表情で答える。
「その……一冊だけ光ってない」
「…………えっ?」
そう、彼女の『天浄解眼』は、五冊中一冊だけ本物の魔法書だと判断していたのだ。
今回のタイトルの元ネタは『異世界混浴物語』の挿絵も担当されているはぎやまさかげ先生がキャラクターデザイン・原画を担当された『まじかる☆アンティーク』です。




