第64話 幼馴染も絶対に負けないラブコメ
「なるほど……そやつらは、母が斬り捨てましょう。ズンバラリンと」
帰宅後、幕府の和平反対派の件を話すと、まずポーラが怒った。笑顔だが、その手には虚空から生み出した剣が握られている。作り出せるのは衣服だけではないらしい。
彼女は今日、図書館で色々と調べ、またエラとソフィアから話を聞いてきたおかげで、現在の王国と幕府の関係については理解している。
魔王を倒したのが勇者だとすれば、魔法国を打倒する力となったのが武士。
しかし彼女は、武士の国であるダイン幕府に対しては恨みを抱いていない。それよりも戦を起こさせない事の方が重要なようだ。
「この家の守りは母に任せなさい」
やたらと張り切るポーラ。彼女がいれば心強いのは間違いなかった。
とはいえ、彼女だけに任せておく訳にもいかない。
「でも、いつ来るか分かんないし、本当に来るかも分かんないんだよね?」
だからといって家に引きこもる訳ではない。
「ああ、だからこっちも出掛ける時は従者を連れて行くのを忘れないぐらいだな」
従者を連れ歩くのは、ジェイ達の立場を考えれば元々の話である。違うのは、彼等の装備を実戦を想定した物に変えておくぐらいだ。
という訳で翌日から、許婚三人が出掛ける時は必ずジェイも同行するようになる。
明日香は必要無いかもしれないが、そこはそれ。悪い意味で特別扱いする訳にはいかない。彼女が泣いてしまう。
油断している訳ではないが、彼女達はジェイと出掛ける良い機会だと考えていた。
「というか母上は張り切っているけど、そもそも和平反対派とやらがここまでたどり着ける可能性は低いんだよなぁ」
翌朝、庭での鍛錬がひと段落したジェイは、木剣を肩に担ぎながらそう呟いた。
「南天騎士団は、海上も守っているものね」
エラが、手にしたタオルでジェイの汗を拭きながら言った。
彼女の言う通り、ここは島であるため南天騎士団の仕事は海上の守りにまで及ぶ。
更に言うと学生街が在るエリアは堀と各家の塀に囲まれており、所定の門以外から入るのが難しい。もちろんそれらの門も、騎士によって守られている。
「国境の件も報告されているだろうし、すぐに南天騎士団を動かしてくれるだろうな」
父カーティスならば、その辺りはそつなく手を回しているはずだ。
「両国の関係に、影響が無ければいいんですけどねぇ」
明日香はそう言って島内で騒ぎが起きないかと心配している。
そんな彼女達が視線を向ける先には、庭の塀に魔法を掛けるポーラの姿。
内側に青いレリーフが浮かび上がっていく塀を見ながら、ジェイ達は考える。
もしここまでたどり着けたとしても、ロクな事にはなるまいと……。
そんな中、縁側で見物していたモニカが、ふと思い出したかのように口を開いた。
「そういえばさ……パパ、宰相にも報告しに行くって言ってたよ」
「あら、お爺様と?」
普通であれば地方の商会が、宰相に直接話を持ち込むなど難しい。しかし、ジェイの許婚同士という縁がそれを可能にしていた。
その日の昼過ぎ、内都の冷泉家の屋敷で冷泉宰相とエドが顔を合わせていた。
「お会いできて光栄です。まずはこれをお納めください」
「仰々しく言うな。アマイモケーキであろう」
「『黄金色のお菓子』でございますよ」
アマイモはサツマイモに近いものなので、色的には間違っていない。
他の者がこんな態度を取ってくればその場で突き返していただろうが、今回は冗談だと分かっているので素直に受け取る。アマイモケーキは、最近のお気に入りなのだ。
「して、国境の方はどうなっておるのだ」
「鷹狩りと称して龍門将軍の軍がたむろし、それを警戒してレイモンド様も軍を砦に入れております。いやあ、一触即発ですな」
無論、見せかけだ。両者は裏で結託し、和平反対派が国境を越えるのを防いでいる。
「そうなると陸路は厳しいな……やはり海か?」
「でしょうな。おそらく貿易船を使うでしょう」
剣呑な氷の微笑を浮かべる冷泉宰相。対するエドは、にこやかな営業スマイルだ。
学園都市の性質上客船が訪れる事は無いが、貿易船が来る事は多い。
「貿易船? 何か心当たりでも?」
「武具をメインに取り扱っていた商人にとって、和平がどれほどの痛手であるかは、それこそ痛いほど」
「む……」
笑みを消し、鋭い視線を向けてくるエド。しかし冷泉宰相は怯まない。
しばらくの沈黙の後、エドは再び営業スマイルに戻った。
「まぁ、私どもはなんとかなっております。若様の入学で、ポーラ島に支店を出せましたので、職人達も路頭に迷わせずに済みそうですな」
「そうか……」
宰相は目を伏せ、考える。
シルバーバーグ商会はアーマガルトの産物全般を取り扱っているおかげで、武具の需要が著しく減ってもなんとかなっていた。
学生相手に手を広げる事により、武具職人も守れているようだ。
だが、そういう事ができる商人ばかりではない。
エドは、こう言っているのだ。戦争が終わる事による需要の変化で大ダメージを負った商人達は、和平反対派に協力する動機が有ると。
商人の儲けのために戦を継続するのは愚の骨頂ではあるが、そういう意見が存在する事は無視できない。
これは南天騎士団だけでは対処できないかもしれない。そう考えた冷泉宰相は、この話が終わった後、密かに王家から援軍を送るべく動き出すのだった。
一方ジェイは、早速モニカと町に繰り出していた。
もちろん家臣が護衛についているので、完全に二人きりという訳ではない。
明日香達がいないのは、許婚三人で話し合ってどうせならば一人ずつ順番にジェイと出掛ける機会を作ろうという話になったのだ。
なお、途中からポーラも話し合いに参加していたのは余談である。
ちなみにモニカが最初なのは、どこに行くかが決まっていたからだ。
「まずは本屋か?」
「うん、観光ガイドも買ってきてって頼まれちゃった」
普段ならば彼女一人で行っているところだが、今日はジェイと一緒である。
「そういえば、こっちの本屋には行った事が無かったな……あそこ以外」
魔神エルズ・デゥと戦った場所にあった、少々品揃えが大人向けに偏った本屋の事だ。
するとモニカが、ジェイには必要無いと言わんばかりに組んだ腕をぎゅうっと抱きしめてきた。柔らかさを感じつつ、ジェイは懐かしさを覚える。
「そういえば、こういう事しなくなってたよな」
「えっ? ……ああ、ジェイが軍を率いるようになった頃から、かな」
幼馴染である彼等は、元々二人で出掛ける事など珍しくもなかった。
幼い頃は、魔法の練習のため二人で森に行ったりもしている。
そんな二人に関係が変わったのは彼が『アーマガルトの守護者』となってから、いや祖父レイモンドが一線を退いてからと言うべきか。
レイモンドに代わって軍を率いる事になったジェイ。それを見たモニカは、立場の差を感じてしまったのだ。彼は辺境伯家の嫡男であり、自分は御用商人の娘であると。
それから彼女は、自分から距離を取るようになっていた。
それでも諦め切れず、できるだけ近くにいたいとジェイが関わる炊き出しなどを手伝っていたのだが……。
「……人生、何があるか分かんないよね」
「新しい母上の事か?」
「それもあるけど、それとは別の話」
それが今や、モニカは三人の内の一人とはいえ許婚である。
モニカとしては願ったり叶ったりではあるが、こういう形で叶うとは思ってもいなかったというのが正直なところであった。
腕を組んだまま仲睦まじく本屋での用事を済ませた二人。
といってもこれで終わりではない。今日はとことんモニカの個人的な買い物に付き合うと、本屋を出た二人は次の店へと向かうのだった。
今回のタイトルの元ネタは、『幼なじみが絶対に負けないラブコメ』です。
幼馴染のモニカも負けませんが、明日香やエラも負けません。




