第63話 アマイモケーキからグレートソードまでなんでもあるさ
「すげえ! すげえ!」
今日武具を買うつもりの面々が、目を輝かせて陳列された棚に近付いていく。
「高ぇ!?」
そして、一番目立つところに飾られていたフルプレートアーマー一式を見て悲鳴のような声を上げた。それはサイズの問題でオーダーメイドになるので仕方がない。
「おや、若様。いらしていたのですか」
聞き覚えのある声にジェイとモニカが振り向くと、店員の集団が立っていた。
その先頭にいるのは小柄な男。モニカの父・エド=シルバーバーグだ。鋭い目付きで射貫くようにジェイ達を見ている。
「パパ! どうしてここに!?」
「もちろん仕事だよ、モニカ」
そう言って笑うエド。その目も先程とは打って変わってにこやかなものになっていた。
「エドさ……お義父さん。今日はクラスメイトを連れてきたんだ」
「お任せください、若様」
その一言と同時に、彼が連れていた店員達が動き出した。そしてマンツーマンでセールストークを始める。ジェイ、モニカ、明日香を除いた人数にピッタリだ。
その様を見たモニカは、エドが準備万端で待ち構えていた事を察した。
支店に父がいたのもタイミングが良かったなどではなく、尚武会の後に武具を買い求める者が増えるという事を知っていたからだろうとも。
「……パパ、今日、顔見せだけの人もいるからほどほどにね」
「分かっておるよ……ああ、そうだ。入学前に買ったブーツには慣れたか? そろそろ本格的な野外演習が始まる時期らしいじゃないか」
親子の会話だが、少し大きめの声だった。何人かのクラスメイトかがそれに反応している。わざとだなとモニカは思った。
「あの、ブーツあります? モニカさんと同じの」
「野外用ブーツですね、各色ご用意しております」
衝撃吸収性に優れており、少々厚手の見た目の割には軽いブーツである。
何人かはまずそれを買う事にしたようだ。初期の野外演習はとにかく歩いたり、走ったりする事が多いので、正しい選択といえる。
「あの、オススメはありますか?」
「そうですね……当面の武器、鎧があるのでしたら、手甲、脚甲はいかがでしょう? こちらの脚甲はブーツの上に装着するタイプとなります」
それを皮切りに他の面々も動き出した。それぞれの担当店員と共に店内に散って行く。
「うおっ、この剣格好良いー! これちょうだい!」
「お客様、奥で試し斬りができますので、まずはそちらで……」
いきなり目玉商品のグレートソードを欲しがる色部を、担当店員がやんわりと止めようとしている。色部ではサイズ的にも扱い切れない事が見て取れた。
なお彼が本当にそれを買おうとしていたら、ローンを組む事になっていたりする。
他にも武器を買い換えようという者達もいたが、そちらもまずは新しい武器を試すところから始めるようだ。
「ああ、小型の冷蔵庫はあるか?」
「それでしたら、こちらにいくつか。それ以外の物は取り寄せとなります」
「分かった、案内しろ」
自前の武具があるラフィアスは、それよりも魔動機を求めていた。アーマガルトは魔動機も有名である。宿舎には備え付けの物もあるが、それとは別に欲しいらしい。
そんなこんなで店員達は巧みなセールストークを繰り広げている。
といってもあこぎな商売をしようとしている訳ではない。過度なサービスこそしないものの、誠実にサポートしているようだ。
皆の様子を見て一安心しているジェイを、エドは商談用のテーブルに招く。
エド、ジェイ、モニカ、明日香の四人でテーブルを囲むと、アマイモケーキとジュースが用意される。
「これぞアーマガルトの味! すごいですねっ!」
笑顔で頬張る明日香を、にこにこ顔で見ているエド。
しかしジェイの方に向き直った時、彼は真剣な表情に変わっていた。
「ひとつ……若様にお伝えしておいた方が良さそうな話がありましてな」
ジェイは視線で周囲を確認し、少し前のめりになって声を潜める。
「……アーマガルトで何かあったのか?」
「いえ、アーマガルトではまだ……ですが、幕府の方で……」
明日香のケーキを食べる手がピタリと止まった。
フォークをくわえたままだったので声こそ出さなかったが、目を丸くしてエドを見る。
「いわゆる『和平反対派』の連中が動いているようですな」
「なんでまた反対なんか……」
「先代の頃から戦っている訳ですし、恨みつらみも募っているのでしょう」
更に言うと最後の戦いになった第五次サルタートの戦いは、ジェイの活躍により王国の勝利で終わっている。幕府側からやり返したい者が出てくるのは不思議ではない。
いや、実際に出ていた。アーマガルトに潜入して暗躍しようとしていた者達が。今までは、ことごとくジェイが阻止してきたが。
「まさか、俺の留守中に潜入されたか?」
「いえ、それは問題有りません……公方様が、鷹狩りに来ておりますので」
「えっ? お父さまが?」
明日香が驚きの声を上げる。
なお鷹狩りは表向きの話であり、龍門将軍の真の目的は王国に潜入しようと目論む者達への牽制だ。
「実は先代様も密かに動いており、連携して動いているようですな」
しかもジェイの祖父レイモンドも動いているとの事。
「レイモンド様が……隠居してるのに大丈夫かなぁ?」
「若様が留守にした途端に問題を起こさせる訳にはいかんのでしょう」
言うなれば大人の意地だろうか。ジェイがいなくなった途端に国境の守りが破られるなど、情けない姿を見せる訳にはいかないのだ。
「お義祖父さまと……すなわち、ライバルとの共闘! お父さま、燃えてそうですね!」
「アーマガルトについては、問題無さそうだな」
潜入しようとしている者達がいると分かれば、アーマガルト軍も対応できる。
故郷と国境については、任せておいても大丈夫だ。ジェイはそう判断した。
「それよりも問題なのは、だ……」
ジェイがチラリと視線を向けると、エドはコクリと頷いた。
「ええ、ここからが本命です」
「こっちを狙ってくる可能性があるって事だな?」
エドは、もう一度小さく頷いた。
確かに国境を越えて潜入するのは難しいだろう……そう、陸路であれば。
しかしセルツ連合王国とダイン幕府は海路でもつながっている。ポーラ島に至っては海に囲まれている。貿易船に紛れて潜入する事も不可能とは言い切れない。
「パパ……狙われてるのはジェイ? それとも明日香?」
「どちらも、だろうな……若様、どうかお気を付けを」
ジェイと明日香の縁談が失敗すれば、両国の和平はご破算となる。
龍門将軍の方針に抗って和平に反対する者達だ。明日香が幕府の姫といえども安心できないし、ジェイに至っては怨敵である。どちらも命を狙われる可能性が高い。
とはいえ、彼等の顔に緊張感はない。ジェイは明日香と、次にモニカと顔を見合わせた。
三人の心はひとつだ。代表してモニカが口を開く。
「……そいつら、ママがいる家に攻めて来るの?」
そう、和平反対派がポーラ島まで来たとしても、ジェイ達の家にはポーラが待ち構えているのである。
ジェイを新しい子と溺愛し、その許婚である明日香達も気に入った、魔神ポーラが。
今回のタイトルの元ネタは前回の引き続き『エリア88』から、サキ・ヴァシュタールのセリフ「ティッシュペーパーから核弾頭までなんでもあるさ」です。




