第62話 金さえ出せば魔王城だって持って来てやるさ!
「それではジェイ……お風呂には、母と一緒に入りましょうか」
ジェイは逃げ出した! しかし、回り込まれた!
こんなところで魔神の力を発揮するポーラであった。
「いや、あの、もう子供じゃないので……」
「そ、そんな……! 子供じゃないなんて……!」
その言葉にポーラは崩れ落ち、涙目になる。
「あ! いや、違う! もう小さい子供じゃないって意味だから、母上!」
誤解を招いた事に気付いたジェイは、すぐさま訂正。するとポーラは、母と呼ばれて機嫌を直し立ち上がる。
「ならば、一緒に……」
「マ、ママ! ここのお風呂狭いから! また今後! ねっ!」
尚も食い下がろうとするポーラに対し、モニカが助け船を出してくれた。
学生一人一人に家が用意されている学生街だが、屋敷のような大きい家という訳でもない。婚約済の者達用の家だとしてもだ。
実のところ二人ぐらいならばなんとか入れるかもしれないが、ジェイの負担が色々な意味で大きくなるので避けておいた方が良いだろう。
「……仕方ないですね。大きいお風呂に入る機会があるまでお預けです」
まだ諦めてはいないが、ひとまず納得してくれたようだ。
とはいえ距離感の近さは変わらず、明日香がそれに対抗意識を燃やす。そんな騒がしい夜を過ごす事になる。
「……ボク、賢母院様って『悲劇の母』ってイメージがあった」
「その悲劇を経ているからこそ、だろ」
ポーラの距離感にジェイ達が何も言わないのは、ドラマを通じてとはいえ彼女が子を亡くして嘆き悲しんでいた事を知っているからだ。
「それより、モニカも……」
「あ、うん。ママだね。そう呼ぶようにする」
だからこそ、ポーラには失われた家族との時間を取り戻させてあげたい。ジェイ達はそのように考えていた。
「……ところで宰相からの手紙、母上については触れてなかったな」
「触れてもどうしようもないからじゃないかしら?」
エラの言う通りだ。ジェイ達の前ではご覧の通りの甘々ママのポーラだが、彼女はれっきとした魔神。彼等から引き離した場合はその限りではないだろう。
ポーラの意思でジェイ達の傍にいる内は、そのまま放置するつもりのようだ。
「二人とも、そんなところにいないでこちらへ……貴方達の話を聞かせてください」
ポーラがソファから手招きして二人を呼ぶ。エラの方はまだ緊張が見えるが、明日香は随分と懐いた様子だ。
ジェイとモニカは微笑み合うと、自分達を、新しい家族の事を知ってもらうために彼女の下に向かうのだった。
「あら、ジェイ……やっぱり一緒に入りますか?」
なお翌朝、鍛錬でかいた汗を流すべくシャワーを浴びようとしたジェイが、お風呂場でポーラと鉢合わせになってしまったのはまた別の話である。
脱衣場に脱いだ衣服が無いから誰もいないと思っていたのだが、ここで魔神であるポーラは、自分の衣服を魔法で作っている事が判明した。
服を脱いだポーラは、色白の肌で人間とほぼ変わらぬ身体であり、明日香を超える双丘は本物であった事を追記しておく。
そして登校後、まずはエラがポーラを学園の事務局に連れて行った。
ポーラは教師に復職するという道もあったが、「今の時代を知らなさすぎる」と、エラと同じく聴講生になる道を選んだ。昨晩見た魔動テレビが衝撃的だったようだ。
ジェイと一緒に過ごせる立場になるためだが、ある程度自由に動ける立場になるという意図もあったようだ。図書館などにも出向くつもりらしい。こういう所は真面目である。
既に宰相からも話が行っていたのか、手続きは滞りなく完了。
教室へ行くとクラスメイトへの口止めも既に行き渡っているようだ。騒ぎになる事はなかったが、どう対応すればいいのか分からないのかポーラは遠巻きにされている。
いつもなら美人が来たと騒ぎそうな色部も、今日提出の課題を忘れていたようで、机でうんうん唸っておりそれどころではなさそうだ。
彼等も入学式で彼女の肖像画を見ているはずだが、今の彼女は流石にエラのように学生服姿ではないが、教師の制服でもない。エラの勧めで最近の流行のものとなっている。
また結い上げていた長い銀髪も今は下ろしているため、フードを被った肖像画とは大きく印象が変わって気付けないようだ。
おかげで警備に参加していなかった面々は、気になるが首を傾げるばかりだった。
「おい、どういう事だ。あの方は……!」
唯一気付いたのはラフィアス。彼女を一目見た直後、ジェイに詰め寄ってくる。
対するジェイはハッキリとは答えず、口止めされているとだけ答えた。彼もそれで察したようで、それ以上は追及してこなかった。
「……ここで間違っているわ。その問題は、こう……」
なおこの後、教師魂が騒いだのか唸る色部に助け船を出したポーラ。
その結果彼女は「美人家庭教師のお姉さん」的なポジションとしてクラスメイトからも受け容れられるようになっていた。
その日の昼休み、ジェイ達は学生ギルドに赴いて報酬を受け取った。廊下で分ける訳にはいかないので一旦教室に戻って配分する。
「……口止め料か」
「お詫び料も入ってるかな」
PEテレからの取材料も上乗せされていた。おかげで皆ほくほく顔だ。
「そういえばこの後シルバーバーグ商会に案内できるけど、皆空いてるか?」
「オレっちは問題無いぜぇ!」
授業の有る日に塾や道場を入れている者はおらず、警備に参加しなかった者達も一度顔を出しておくという事で、放課後は皆でシルバーバーグ商会に行く事になった。
「ジェイ、私は図書館の方に行きますので」
「私が案内してくるわ。ソフィちゃんも紹介しておきたいし」
ただし、ポーラとエラは別行動となる。自分が眠りについてから今までの事などを調べておきたいそうだ。
という訳で二人を除く一行は、商店街に店を構えるシルバーバーグ商会のポーラ島支店に向かった。
ポーラに出店している商会は、大抵どこかの領主の御用商人である。
通常の品物に加えそれぞれの領地の特産品も扱っている。言うなれば各貴族領のアンテナショップでもあるのだ。
在学中の領主子女を援助しつつ、そのクラスメイトにコネを広げることも狙っていたりもするのはご愛敬。
頼めば大抵の物は取り寄せてくれるが、無論商会ごとに得意分野というものもある。
「ほら、ここだよ」
モニカを先頭に店内に入ってみると、まずはアマイモなどの特産品が出迎える。
主力商品が、おみやげにもなるスイーツという支店は多い。
だが、シルバーバーグ商会は、これだけではない。
「えっと……あっちだね」
「おぉ! すごいですねっ!」
「ピッカピカだよ!」
モニカの案内で店の奥に進むと、明日香とビアンカが感嘆の声を上げた。
そこに並んでいたのは、アーマガルト軍でも使われている武具の数々。これこそがシルバーバーグ商会が得意とする品目であった。
今回のタイトルの元ネタは、『エリア88』のマッコイ爺さんのセリフ「金さえ出せばクレムリンだって持って来てやるさ!」です。




