第61話 ここから(イチャラブ的に)本番
本日二度目の更新です。
前話をまだ読んでいない方は、そちらからどうぞ。
ジェイの動きが完全に止まった。何事かとモニカは手紙を取り、明日香と覗き込む。
そして読み終えた二人は顔を真っ赤にし、明日香は手紙を手に固まって、モニカは目を丸くして手紙とジェイの顔を交互に見ていた。
「最後の『曾孫の顔見せろ』は気にしなくていいわよ~」
そんな三人に、エラが笑顔で声を掛けた。
「このタイミングだと、私が嫡男を産む可能性が高いから言ってるだけだから♪」
「う、産んじゃうんですか!?」
「えっ? あっ、聴講生だから、いつでも休める……!」
モニカの言う通りだ。妊娠・出産は一大事である。
学園でもフォローする体制は整えているが、平常通り授業に出続けるのは難しい。
その辺りの問題に一番縛られないのが、聴講生のエラである。
「あ、あのー……セルツだと、学園を卒業しないと結婚できないんですよね?」
小さく手を挙げて尋ねたのは明日香。彼女自身、そう聞いてこの国に来た。
「結婚してない、学生の内に子供を産んじゃうのって稀によくある話だから……」
どこか遠い目をしてホホホと笑いながら語るエラ。独身のまま卒業した彼女には縁遠い話であった事は確かだ。
「稀なんですか? よくあるんですか?」
「一人出ると後に続く事が多いのよ」
タガが外れるとでも言うべきか、アリの一穴と言うべきか。要するに、そういう組が出る時はまとめて出てくるという事だ。
何故かは謎……いや、この学園では婚約している者達は、将来家を差配する練習という名目で同居させているので、謎でもなんでもないかもしれない。
「ああ、それは……私が学園にいた頃からありましたね……」
「昔からの伝統なんだ……でもさ、子供ができても卒業できなかったら……」
「この学園、脱走でもしない限り卒業できない方が稀よ?」
「卒業させないと、御家断絶まで有り得ますからね……教師も大変なんです」
といっても、簡単に卒業できる訳ではない。卒業できるまで指導するのだ。
いざとなれば座学、実戦、マンツーマンの補習は当たり前。卒業できるかどうかは生徒の家の浮沈にも関わってくるため、学園側も必死である。
とはいえ、そこまでしなければならない生徒には異性も寄って来る事はほとんどないため、そこが問題になる事こそが稀だったりするが。
「むしろ、子供ができた後、成績が上がるケースが多かったわねぇ……」
責任感が生じるためだと言われている。
「それに生まれた子供は次の次の跡取りだから、実家の方でも歓迎されるそうよ」
華族にとっては家をつなぎ、守る事が大事なので、そこは前向きに捉えられていた。
そういう事情もあってポーラが学園長をしていた時代から、推奨こそしないものの禁止にもできなかったという。
「あー、つまり、この宰相の手紙は……」
「お爺様も、上手くいけば儲けものぐらいだったんじゃないかしら?」
ジェイの問い掛けに、エラが答えた。少し書き足すだけならタダという事だろう。
「まぁ、前半だけ聞いておけばいいんじゃない?」
「で、ですよねっ! 学生の間は恋人みたいに仲良……!」
そこまで口走ったところで、自分が何を言おうとしたのかに気付いたらしく、明日香は真っ赤な顔を両手で押さえて俯いた。
「というか宰相、前半受け容れさせるのに、最後の付け足したんじゃ……」
「でしょうね。でも必要な事ではあるし、気にする事はないわ」
ジェイの指摘を、エラはあっさりと認めた。
「全部聞く必要は無いの。使える所だけ使っちゃえばいいわ♪」
「あ、はい」
その上でエラは判断したようだ。ジェイと仲睦まじくするという利を取ると。
ここまで含めて宰相の意図通りかもしれないが、それはそれ。
この件については、逆に宰相から言質を取ったとも言える。
「曾孫の件は、いざという時の保険くらいに考えておけばいいわ♪」
今までジェイ達は、学園に、風騎委員に慣れる事を優先しようとしていた事もあって、家でも節度を保って暮らしていた。
明日香とエラに関しては、出会ったばかりだったというのもある。
しかし一月が過ぎ、島での生活にも慣れて来て、お互いにもう少し許婚らしい事をしてもいいのではないかと思い始めていた頃だった。
そんなタイミングで現れたのが、新しい母ポーラ。明日香以上のスタイルを誇り、距離感の近い彼女の登場に、許婚三人は危機感を覚えた。
そこに届いたのが、あの手紙という訳だ。それを切っ掛けに皆が動き出そうとするのも無理のない話である。
「いいんですか? ホントに?」
「い、いいんじゃないかな? 許婚なんだし」
明日香とモニカは戸惑いつつも口元がにやけている。目が泳いでおり、頬も赤い。
二人は顔を見合わせてコクリと頷くと、ジェイに向かって身を乗り出してきた。
「はい! 一緒に遊びに行きたいですっ!!」
「ボ、ボクは買い物に付き合って欲しいかな……」
「わ、分かった。今度の休みにでも……」
彼女らなりに、どう仲睦まじく見せるか考えたようだ。
元より断るような内容でもないのでジェイも承諾。二人は「やったー♪」と仲良く手を合わせて喜んでいた。
「じゃあ私は……今夜から一緒にお風呂とかどうかしら?」
「えっ?」
「ちょっ、エラ姉さん!?」
そしてエラの申し出にジェイは呆気に取られ、モニカが驚きの声を上げてツッコむ。
「仲睦まじく見せるためだよね!? お風呂は見せる事にはならないよね!?」
「モニカちゃん……」
対するエラは、真剣な顔でモニカを見る。
「見せかけだけじゃダメよ。本当に仲睦まじくならないと」
「いや、見せかけだけにするつもりは……」
「だから、それが自然になるように家の中でもやらないと」
「なるほど! そうですね!」
「そ、そう……かな?」
「いや、いきなりお風呂はちょっと……」
明日香もモニカも乗せられそうになっていたので、ジェイがやんわりと止めた。
するとエラは、にっこり微笑んで次の提案をしてくる。
「じゃあ、添い寝くらいにしましょうか」
「それぐらいなら……って、それ宰相と同じ手じゃないか」
反射的に答えたジェイだったが、直後にそれが彼女の手だった事に気付いた。
「あら、ごめんなさい。でもせっかくの機会だし、もう少し仲良くしたいんだけど……ダメかしら?」
身体を寄せて、上目遣いで尋ねてくるエラ。
「それは、まぁ……そうですね、許婚なんだし」
ジェイがたじたじになりながら答えると、エラはにっこりと微笑んだ。
ひとまず許婚として一歩前進。学生生活は、まだまだ先が長いのだ。
エラが席を立って別のソファに移ると、明日香とモニカがジェイに近付いていく。
喜びを露わにする二人を眺めながら、エラはこれでいい、許婚として一歩ずつ前進しながら、ゆっくりと夫婦になっていけばいいと、うんうんと頷くのだった。
「それではジェイ……お風呂には、母と一緒に入りましょうか」
なお、直後にポーラが爆弾を投下してきた。
落ち着きかけた空気が、一気に加熱されたのは言うまでもない。
今回のタイトルは、ある種の決意表明という事で。




