第60話 今日から二世帯住宅
「そうですね……先程見た所が良いでしょう」
その後、ポーラが廊下の突き当りの壁に手を当てると、青白い光と共に旧校舎で見たあの小さな扉のレリーフが浮かび上がってきた。
「……母上、それは?」
「これは『扉』ですよ、ジェイ。貴方も昨日見たでしょう?」
母上と呼ばれ、嬉しそうに振り返ったポーラが答える。
普段はあまり表情を動かさない彼女だが、母モードに入った時だけはにこやかだ。
「これで、ここからあの部屋に戻れます」
実のところ、像の台座の中に本当に部屋がある訳ではない。あの青い部屋は異空間であり、そこに出入りする手段が、この『扉』なのだ。
つまり彼女は、今日からここで暮らすという事である。
「あそこは、とうに人手に渡してしまったところですからね……いつまでもご厚意に甘えている訳にはいきません……」
再び表情を消して言うポーラ。雰囲気の変化を察し、明日香はおろおろしている。
この辺りの話は、ジェイ達も旧校舎で聞いていた。彼女は学園を創設する際に、自らの城を提供しているのだ。現在のあの城の所有者はセルツ王家である。
その話を聞いて、ジェイはこう考えた。旧校舎が取り壊されずに残っていたのは、ポーラがあの場所で眠っていたからではないだろうかと。
言うなればあそこは賢母院の墓、あるいは封印の祠だ。触れてはならないもの扱いだったのかもしれない。廃墟になって、浮浪者が入り込むようになっても。
ポーラも新校舎に移ったという話を聞いて、同じように考えたのだろう。旧校舎の存在は、学園にとって負担になっていると。
彼女がここに『扉』を作ったのは、息子ジェイと一緒に暮らしたいというのももちろんあるだろうが、旧校舎を解放しようという意図もあったのではないだろうか。
そうなれば学園はこれを機に旧校舎を取り壊してしまうかもしれない。ジェイは、そう考えた。おそらくポーラもそれを分かっているとも。
「お、お母さん、大丈夫ですか?」
明日香が抱き着き元気付けようとする。
「良い子ね、明日香……」
振り返ったポーラは微笑んでいたが、どこか寂しそうだった。
「ね、ねえ、ジェイ……もしかして賢母、ママって……」
「……ああ、多分な」
家族の思い出が残る旧校舎を、今の学園のために切り捨てようとしている。ジェイとモニカも察する事ができた。
明日香はポーラに抱き着いたまま、涙目ですがるようにジェイを見てくる。
顔を見合わせるジェイとモニカ。なんとかしてやりたいが、こればかりは彼等にもどうにもできない類の話だ。
「……あ、そうだ。エラ、この件は冷泉宰相に伝えるんだよな?」
「えっ? ええ、この後すぐにでも」
「俺の手紙も一緒に届けてもらえないか?」
そこでジェイは、義祖父を頼る事にした。
その後手紙を受け取った冷泉宰相は、ジェイの案は悪いものではないと動き出す。
「次から次へと……あいつらはもう少しおとなしくしておく事はできんのか……!」
それはそれとして、次々に持ち込まれる騒動にやり場の無い怒りを覚えてはいた。
苦労しているが、未来の孫夫婦の頼もしさで相殺といったところか。
これはしばらく後の話となるのだが、旧校舎は建物をそのまま利用した『セルツ建国資料館』に生まれ変わる事となる。
セルツ建国に関わる歴史資料だけでなく、SHKから提供された歴代のドラマの資料なども収蔵された『セルツ建国物語』ファンの聖地ともいえる場所だ。
そうなれば建物自体が大きな歴史資料。修繕はされるだろうが、可能な限り当時のまま残してもらえるだろう。
これを管理運営するのは王家。警備も学園ではなく騎士ギルドに手配するはずだ。
ポーラは旧校舎が取り壊される事も無く、学園は警備の負担が無くなる。
その分、王家が負担を負う事になるが、『セルツ建国物語』は定期的にドラマ化される人気コンテンツ。観光地として上手くやっていけるはずだ。
更に騎士ギルドに資料館警備の仕事が増えるのは、自由騎士達にとっても良い話だ。三方良しならぬ四方良しである。
そんな結果が出るのはまだ先の話となるが、その方向で動くという話は、その日の内に返事が届いてジェイ達に伝えられた。
宰相からの返事という事でエラとポーラに挟まれる形で手紙を読んでみる。
旧校舎についての話以外にも、PEテレについてはこちらでなんとかするからジェイ達は何もするなと釘を指してきたりもしていた。
取材の件というか、ジェイの縁談についてはダイン幕府との外交にも関わる事。ジェイとPEテレが接触し、騒動が大きくなる事を危惧したのだろう。
入学してからのジェイの「活躍」を考えると、無理もない話かもしれない。
「見事です、ジェイ……!」
ポーラが、感極まって抱き着いてきた。明日香とモニカも手を取り合って喜んでいる。
エラは抱き着きこそしなかったが、肩を寄せて続きを読むよう促す。
ポーラはもう手紙どころではなさそうなので、ジェイとエラで読み進めて行く。
もう少しおとなしくしておけみたいな愚痴も含まれた内容。最初はジェイが読み上げて明日香とモニカにも聞かせていたが、徐々にその声が小さくなっていった。
「ジェイ?」
「どうしたの?」
二人が首を傾げるが、ジェイの返事は無い。エラはそんな彼を見て微笑んでいる。
手紙の内容は、今後取材にはどう対応すべきか、普段から気を付ける言動など、諸注意も含まれていた。
勇者と魔王の魂を受け継いでいるという点も伝えられているが、ポーラが別人だと認定しており、他の人には知られていない事もあって、こちらはあまり重要ではないらしい。
ただ無暗に吹聴はするなと書かれていた。ジェイもこんな事を広めるつもりは無い。
吹聴するなというのは、ポーラについてもだった。
学園創設者が実は魔神だったというのは、それなりに知っている者もいる話だが、それが現在に蘇ったとなると話は別である。
これが広まってしまうと、どんなトラブルがジェイ達に舞い込むか分かったものではない。主に『純血派』絡みで。
クラスメイトについても、今回の報酬に上乗せする形で口止めするそうだ。
問題は、そういう扱いにポーラが納得してくれるかどうかだが……。
「我が子のためです。母として異存はありません」
彼女はあっさりと納得してくれた。抱きしめたジェイに頬ずりしながら。
そもそもあの部屋から出てきたのも、『門』が関係者と判定したジェイのため。
今の彼女は、新しい息子とその許婚達以外にはあまり興味は無いようだ。
それはともかく、ジェイ達はまだ正式には結婚していない。
結婚していない事と、不仲である事はイコールではないのだが、今回の取材の件はそこを突かれたといえる。
冷泉宰相は、こちらの方を重要視しているようだ。卒業するまで結婚はできないため、今後も狙われる可能性があるという意味で。
手紙には、この件への対処方法も書かれていた。先程からジェイが黙っているのも、それを読み進めたためだ。
お堅い文章で長々と書かれているが、その内容を要約するとこうなる。
「不仲説など吹き飛ぶぐらいに、仲睦まじいところを見せつけなさい。子供を作るのも有り。早く曾孫の顔見せろ」
ジェイが読み上げられなくなるのも、無理のない話であった。
別に家が変化した訳ではありません。
今日はもしかしたら、もう一回更新できるかも?




