第59話 第五の母
今回からタイトルを『魔神殺しの風騎委員 世界平和は業務に入りますか? ~勇者と魔王の魂を受け継いだ俺ですが、そこまで責任持てません~』に変更しました。
これからもよろしくお願いいたします。
「ママと呼びなさい」
そう言って身を乗り出してくる彼女の顔は、真剣そのものだった。
隣に座った状態からのそれなので、非常に距離が近い。
歴史にその名を残す美貌に迫られ、ジェイは思わず視線を逸らす。明日香をも超える双丘も今にも触れそうなところまで迫っていた。
「むーっ!」
それを見ていた許婚達、真っ先に動いたのは明日香だ。
ひっつくようにジェイの隣に座り、抱き着いて負けじと自分の胸を押し付ける。
しかしポーラは、対抗意識を燃やされている事も気付いていない様子だ。
「貴方は……?」
「ジェイの許婚です!」
明日香は抱き着く腕に力を込めて声を張り上げる。
それをしばし見つめていたポーラは、やがて深く頷くと明日香に向かって口を開く。
「ママと呼びなさい」
「えっ?」
息子の許婚、つまりは義娘と判断したようだ。これには明日香も驚き、戸惑う。
「ちょ、ちょっと、ジェイ」
二人が反応できずにいると、モニカが部屋の隅に呼んでくる。ジェイがそちらに向かうと、ひっついたままの明日香もついてくる。
「その、賢母院様は、本気で言ってると思う……」
ジェイ達が近付くと、モニカは声をひそめてこう言ってきた。
「まぁ、冗談ではないだろうな……」
むしろ本気だからこそ問題といえる。
どうして彼女はあんな事を言い出したのか。当時の歴史に詳しいモニカは、ひとつ心当たりがあった。
モニカは手招きしてジェイ達に顔を近付けさせ、更に小さな声で続ける。
「ほら、あれだよ。賢母院様の子供って皆戦死してるから……」
「ああ、魔法国を滅ぼした戦いで……」
ポーラの一族は、彼女一人を残して全滅している。
兄の魔王と、義弟の勇者だけが消息不明だったが、魔王と勇者の魂が合わさり生まれ変わったジェイの存在が、二人が死んでいた事を示していた。
そんな彼女は戦後、国が滅んだのは魔王、つまり統治者に問題があったからだと主張。そして優れた統治者を育てると言って華族学園を創設した。
「あの旧校舎も、元々は賢母院様が住んでた城なんだよ。もう必要無くなったからって寄付したんだったかな」
「それはネタバレですか?」
「……ドラマでは、多分やらないところかな」
学園創設は建国後の話となるため、ドラマ『セルツ建国物語』では大抵触れられずに終わる部分である。
「自分以外、誰も帰ってこなくなった城か……」
「うん……そういう事だね」
彼女をそこまで突き動かしたのは、やはり家族を全て失うような争いは、二度と起こしたくないという思いだったのではないだろうか。
ジェイがチラリとポーラを見ると、彼女はじっと彼を見つめていた。
彼女は魔神、圧倒的な力を持つ存在のはずだが、その視線はどこか弱々しく、ジェイには寂しげに見えた。
「そういえば、あの人魔神ですよね? どうして学園辞めちゃったんですか?」
魔神は不老不死に近いのだから、年齢を理由に引退という事は有り得ない。
「学園の運営が軌道に乗った頃に、学園長の座を退いたんだったかな? それ以降の事は記録に残ってなかったけど……」
「あの旧校舎の像の中で眠ってたって事か……」
何故退いたのかは定かではない。あの場所を選んだのは、生徒達を近くで見守るためだろうか。それとも……。
「……ねえ、ジェイ。あれって、城主の像だったよね」
「旧校舎となった城の、元の持ち主……か」
つまり、今は亡きポーラの夫である。彼女は自らが眠る場所に、夫の像を選んだのだ。
そして眠りにつく際、関係者のみ転送して入ってこれるように仕込んでいた。自分の血筋はもう途絶えているというのにだ。
その仕掛けをしていた時、彼女は一体何を考えていたのだろうか。
魔王と勇者が、どこかで生きていると信じていたのか……それとも、生まれ変わりを信じていたのか。
そこまで考えたところで、ジェイは気付いた。今の彼女にとって身内と呼べるのは、勇者と魔王の魂を受け継いでいる自分しかいないという事を。
だからといって「ママと呼びなさい」はどうかと思うが、彼女から見ればジェイは兄弟の忘れ形見みたいなものなのだろう。
自分が守らねば、導かねば、育てねばと使命感を抱くのも当然……なのかもしれない。
ジェイがもう一度ポーラを見ると、彼女は縋るような目をしていた。
「……ダメだ、断れん」
それに気付いてしまうと、ジェイには彼女を突き放す事はできなかった。
「あの、ジェイ……いいんじゃないですか? ママが増えても」
明日香も同じ事に気付いたようで、ポーラに同情的になっていた。
「ボクも、いいと思う……ほっとけないよ、あれは」
モニカも同じだ。エラの方に視線を向けると、彼女も小さくため息をつきつつ頷いた。
ジェイ達は改めて席に着こうとした。テーブルを挟んでポーラの向かい側に。
「……やっぱりそっちで」
しかしポーラが捨てられた子犬のような目になったため、すぐに屈した。
ジェイはポーラの隣に移動し、明日香もそれに続いた。二人でポーラを挟む形だ。
明日香は積極的にポーラを受け容れていく姿勢のようだ。
一方モニカは、そのまま向かい側のソファに座っている。こちらはポーラが歴史上の人物というイメージが強く、慣れ慣れしくしていいものかと考えてた。
そしてポーラの斜め向かいのソファに座るエラは、平静を装っていたがカップを持つ手が微妙に震えていた。
ポーラは期待に満ちた目でジェイを見ている。明日香も同じような目で見ている。
しかし、ジェイの方にもひとつだけ譲れない事があった。
「あの……『ママ』ではなく『母上』ではダメですか?」
どうにも「ママ」というのは子供が使う呼び方だというイメージがあったのだ。日本人であった前世の影響もあるかもしれない。
「なるほど……では、そうしましょう」
「はい。よろしくお願いします、母上」
ポーラはそれをあっさりと受け容れた。ママ呼びは拒まれたが、母として受け容れてもらえたからだ。
「はい! はい! あたしはお母さまと呼んでいいですか?」
「あっ、ボクは慣れてるからママで……」
「えーっと、私はお母様で……」
「まぁまぁ、娘までできるなんて」
三人の許婚もジェイに続くと、あまり感情を見せないポーラも微かに笑みを浮かべた。
「ジェイ……」
「はい……わぷっ」
表情を変えない彼女だが、内心は感極まっていたようで隣のジェイに抱き着いた。
ジェイは豊かな母性の塊に顔を埋める形となる。頬を赤くして離れようとするが、そこは魔神。力では抵抗できずにされるがままだ。
「あーっ! お母さま、ずるいですよっ!!」
すぐさま動いたのは明日香。ポーラに飛びついてジェイを離そうとする。
しかしポーラはビクともせず、更に強くジェイを抱きしめる。
そして飛びついた明日香は、ポーラの小さな声を聞く事になる。
「ジェイ……私は、二度と……私の子を死なせはしませんよ……」
その声が耳に届いた瞬間、明日香はピタリと動きを止めた。
「お母さま……」
間近で見る少し伏せた横顔が今に泣き出しそうだと感じた明日香は、思わずその微かに震える肩を抱きしめるのだった。
「うぅ……良かったね、賢母院様……ママ……」
『セルツ建国物語』のファンであるモニカにとって、ポーラは家族を失いつつも戦い抜いた悲劇のヒロインだ。
そんな彼女が息子を抱きしめ、娘に抱きしめられる姿を見て、モニカはハンカチを手に涙ぐんでいた。
なお、ずっと一線を引いた位置で見守る形になっていたエラはというと――
「お、お姑さん……!」
――三人とは別ベクトルで戦慄していた。
今回のタイトルの元ネタは、映画『第三の男』です。
従者を除けば五人目の同居人となった新しい母であり、実母、許婚の三人の母に続く、五人目の母という意味もあります。




