第5話 三種の神器
改めて買い物に向かう一行。
「では、また学園で会おう!」
オード一行とは、ここでお別れとなる。
「なんだか面白い人でしたね~」
彼等を見送った明日香の感想に、ジェイとモニカは揃ってうんうんと頷いた。
それはともかく、ジェイ達も手早く必要な買い物を済ませたいところだ。
しかし、商店街に一番詳しいエラが何か言いたげな顔でジェイを見ている。先程のレストランでの一件の事だろう。一体何をしたのかと。
「いや、大した事はしてないぞ? 中に入るのに魔法を使ったけど」
「ジェイ君、魔法が使えたんですね」
「そりゃまぁ、魔法無しで龍門将軍は撃退できないし」
「あたしも魔法が使える事は聞いてましたね。どういう魔法かは知りませんでしたけど」
ジェイも簡単に手の内は見せていない。直接戦った龍門将軍も、彼の魔法の全容は把握していないだろう。
「それにしても今時珍しいですね、魔法が使えるなんて……」
エラの言う通り、ここ数十年で魔法を使える者はめっきり数を減らしている。
ジェイが使えるのは生まれつきとしか言いようがない。
たまに先祖返りのように魔法が使える者が生まれるため、それが偶然なのか、それとも転生した事が影響しているのかは分からなかった。
「さっきの様子を見た感じ、モニカちゃんは知ってましたよね? ズルイですよ」
「あ、うん、ゴメン」
エラ的に気になるのはそこだったようだ。それに関してはジェイも素直に謝った。
気を取り直して買い物を始める一行。アマイモケーキの材料だけでなく、その他の食料品、日用品等、一通り必要なものをまとめて買い揃えていく。
「毎度っ! 一晶五種になります!」
「一晶と五種ですね……では、これで」
侍女がジェイから預かっていた財布の小袋から、指の第一関節ぐらいのサイズの水晶と五つの種を商人に手渡した。
種の方は『魔素種』と呼ばれる物で、その名の通り「魔法の燃料となる『魔素』を含む種子」だ。その種から魔素を抽出し、集めて結晶化した物が『魔素結晶』である。
元々は昔の魔法使い達が魔素のタンクとして使っていた物だが、魔法使いの減少と共にその用途で使う者も減り、今では通貨として広く流通していた。
といっても結晶は価値が高い。今回はまとめ買いだったから使ったが、普段の買い物では種しか使わないだろう。
そして、これらには他の使い道もある。
「そういえばジェイ君、『魔動機』はレンタルします?」
「ああ、それならもう申し込んでます」
魔動機、それは魔素を燃料として動く「電化製品」ならぬ「魔化製品」である。そう、通貨である魔素種を入れて動かすのだ。
五十年程前に誕生したもので、当時は魔動冷蔵庫、魔動洗濯機、魔動掃除機で『三種の魔動機』などと伝説のアイテムのように呼ばれたものだ。
といっても当時はコストパフォーマンスが悪く、あまり普及しなかった。そのため「本当に存在するのか?」という意味合いで伝説扱いされていた面もあったが。
しかし、それも過去の話。ここ十数年で燃費も良くなりコストパフォーマンスも上昇。
今では魔動カメラ、魔動レンジ、魔動エアコン、魔動テレビを加えて『七大魔動機』と謳って売り出されている。
とはいえ魔動機はまだまだ高級品。誰でも手が出せるものでもない。
そのため学生用の宿舎に最初から備え付けられている『新入生基本セット』の家具の中に魔動機は入っておらず、希望者のみ追加でレンタルする事になっていた。
「そういえばエドさんが、最新セットを揃えてやるから任せとけって言ってたけど……」
「ああ、うん、その時にはもう縁談の事知ってたはずだよ、パパ」
なお、ジェイがレンタルを申し込んだのはモニカの実家シルバーバーグ商会だ。その辺りは自由なので問題にはならない。
大勢の人に見せて宣伝するよう言い含められているのは、ここだけの話である。
それから一行は、荷物が多くなったので寄り道せずに屋敷に帰った。
魔法の件はその日の晩の内に明日香とエラを部屋に招いて説明した。モニカは既に知っているが、彼女も隣にいてもらっている。
「私も何人かの魔法使いに会った事がありますが……ジェイ君のようなタイプは初めて聞きますね……似たタイプは、ちょっと心当たりがありません」
「あたしもです。ダインは元々魔法使いが少ないというのもありますけど」
話を聞き終えた二人は驚きを隠せない様子だ。
「俺は、他の魔法使いの事を知らないんだよ。聞かせてくれないか?」
「ああ、『純血派』が抱え込んでますからね~」
「純血派?」
「魔法が使える人同士で結婚して、失われつつある魔法の力を維持しようって人達です」
今の王国華族の中に、そういう派閥があるそうだ。
エラが知っている魔法使いというのも、在学中に会った純血派の人達らしい。
「とりあえず、知っている範囲でよければお話ししましょうか」
今までジェイにとっての魔法は、アーマガルトを守るために必要な力であった。
しかし、これからポーラに通う事を考えると、それが世間一般から見た場合どのような位置に存在するものかを知っておく必要がある。
許婚の会話としては少々色気が無い話ではあるが、エラも必要な話である事は察してくれたようで、その日の晩は遅くまで話し込む事になった。
「……俺の魔法、ヤバくない?」
「ヤバいですねっ!」
「でも龍門将軍、動きを止める魔法を気合で破ってきたんだ」
「お父様もヤバいですねっ!」
そして話した結果、得た結論がこれである。
学園では、ジェイの魔法はあまりひけらかさない。彼等の意見は一致していた。
翌日、シルバーバーグ商会から七大魔動機が到着。ジェイがそれをセッティングしている間に、アマイモケーキを作ってもらう。
その後ジェイ達は四人揃って挨拶回りを行った。新入生としては平均的な早さだろう。
許婚が三人いる事についてはやっかみ混じりに色々と言われたが、アマイモケーキの方は好評だった。後日、アマイモの売り上げが少し伸びるぐらいに。
「学生として王都にいる間、地元の産物を広める宣伝特使になる。よくある話ですね~」
「パパが最新魔動機貸してくれたのも、そういう事だよね」
王国中から学生が集まってくるポーラの性質上、そういう面があるのは確かだった。
「あたしも実家から何か送ってもらいましょうか?」
「和平を進めるならアリ……か?」
明日香も興味を持ったようだ。無事に学園に到着した事を手紙で実家に伝えようと考えていた彼女は、ついでに産物を宣伝する話も伝える事にする。
「そうだエラ、入学までに他にやっておく事はあるかな?」
「向こうからの挨拶回りに返礼、後こちらからの返礼も。ああ、明日香ちゃんへの挨拶とかも来るかもしれませんね~」
「ああ、向こうから挨拶回りが来る事もあるのか」
元々学園では有名人のエラに加え、幕府の姫もいるとなると、周りからの注目度は相当高いと考えられる。使者の数は多いと見るべきだろう。
「が、がんばってね。ボクは日陰でひっそり咲いてるから……」
「逃がさんぞ。お前も許婚として紹介してやる」
「うれしいけど、やだー! 面倒臭そうー!」
結局逃げる訳にはいかず、モニカも一緒に使者への対応に追われる事になる。
エラが詳しいおかげで特に問題が起きる事もなく、そつなくこなせたのだから重畳といえるだろう。
そして返礼の使者がひと段落する頃、ジェイ達はいよいよ入学の日を迎える事となる。
今回のタイトルの元ネタは『三種の神器(家電製品)』です。
時代ごとに何パターンかあるそうですが、作中の『三種の魔動機』とは微妙にズレています。こちらはあくまで作中世界に合わせたものですので。