第58話 「な、なんだってー!!」
前世が魔王疑惑の次は、勇者という名の暗殺者疑惑。
魔神エルズ・デゥは、魔神を滅ぼせるから魔王だと言っていた。だが、勇者も魔王を倒したという事は、魔神を滅ぼす術を持っていたという事。
ならば勇者ではないかというのも納得できる話ではあるが……。
ジェイが呆然としている間にモニカがポーラに問い掛ける。
「つまりジェイは勇者の子孫? でも勇者の血筋って……」
「ええ、途絶えています」
ポーラもあっさりと肯定した。その点は旧校舎で『探査』したいと言い出した時点で彼女も承知の上だったのだろう。
転移ができたという事はポーラの血縁者などの関わりがある者。
とはいえ彼女の血筋は義弟の勇者も含めて途絶えているため血縁者ではないだろう。
そしてジェイが使った影の魔法はポーラの義弟にあたる勇者のもの。
しかしジェイは、他の魔神から言われた事もあって魔王の生まれ変わりではないかという疑いを持っている。
もっとも彼自身は、自分が現代日本からの転生者だと思っているのだが……。
「……分かりました。『探査』を受けましょう」
だからこそ彼は『探査』の魔法を受ける事にした。
「ジェイ君……」
「大丈夫だ。俺としても、この問題はハッキリさせておきたい」
エラが心配そうに声を掛け、明日香とモニカが左右からひしっとしがみついてくるが、ジェイの答えは変わらない。
真実を知る恐怖はあるが、未知のまま捨て置く事もまた恐怖。ならば、ハッキリさせられる方に突き進むのみである。
「では、こちらへ……」
ポーラの隣に座らされたジェイは、目を瞑り『探査』を待った。
ジェイの頭の上に乗せられた手から光が放たれ彼の全身を包む。明日香達はその様子を固唾をのんで見守っていた。
やがて光が収まると、ジェイはゆっくりと目を開いてポーラを見る。明日香達の視線も彼女に集まった。『探査』の結果を聞くためだ。
しかし彼女は口を開かない。眉をひそめ、何やら困惑している。
「あの……『探査』の結果は?」
ジェイが声を掛けて促すと、ポーラは彼に視線を向けて口を開く。
「貴方は……私の血筋の者ではありません……」
ジェイはモニカと顔を見合わせ頷く。そこは予想通りの結果だ。
「しかし……貴方はおそらく義弟の、勇者の魂を受け継いでいます……」
明日香が目を輝かせてジェイを見る。しかし、今度はジェイが困惑顔だ。
魂を受け継ぐ、つまり勇者の転生者という事なのか。確かにそれならば、勇者と同じ魔法が使える事にも説明がつく。
しかし、だとすれば、彼の中に今も朧げながらに残っている現代日本から転生してきたという記憶はなんだというのか。
「あと……おそらく兄の、魔王の魂も受け継いでいます……」
「…………はい?」
ジェイは呆気に取られて、明日香とモニカは揃ってジェイを見る。
そしてエラは、不安気な様子でポーラに問い掛ける。
「あの……『おそらく』というのは? 賢母院様の魔法でもハッキリとは分からないという事ですか?」
「いえ、そのものではないというか……二人の魂が何故かひとつになっています」
「……ちょっと待って、えっ? えっ?」
ジェイの困惑が更に激しくなる。勇者か、魔王かと考えていたら、両方だと言われてしまったのだから無理もない。
そんな彼を横目に、ポーラは話を続ける。
「これは推測ですが……義弟は魂をひとつにする事で兄を滅ぼそうとしたのでしょう」
「……どういう事でしょう?」
突拍子もない内容に、思わず問い返したのはエラだった。
「魔神が不死身なのは、倒しても壺に戻って復活するからです……しかし、二人の魂がひとつになってしまうと……別の魂となって、壺に戻れなくなります」
魔神の壺は自分専用の物であり、他の魔神が使う事はできない。勇者は、魔王と魂をひとつにして変質させる事により、魔王の壺を使えなくしてしまったという事だ。
「それが、勇者が魔王を倒した手段……」
モニカが呟いた。彼女は『セルツ建国物語』にハマって、その辺りの歴史を詳しく調べた事がある。
その結果分かったのは、実は勇者がどうやって魔王を倒したのかは、今もハッキリと分かっていないという事だった。
「これは間違いないでしょう……ようやく納得できました……壺の所在も分からぬ状態から……あの子が、どうやって兄を倒したのか……」
遠い目をしてつぶやくポーラ。実兄と義弟が、どう戦ったのか。彼女にとっても長年分からなかった謎の真相が判明した瞬間であった。
一方エラは、ある事に気付いてジェイの顔を見ていた。彼も同じ事に気付いたようで、目を丸くしている。
勇者は魔王を、魔神を倒せなかったから、魂をひとつにするという手段を取った。
それはおかしい。何故なら勇者の魔法だという『影刃八法』ならば、影の『刀』によって魔神を倒す事ができるからだ。
「……『闇の剣』の事ですか? それは兄の、魔王の魔法です」
「…………えっ?」
思わず間の抜けた声を漏らしてしまうジェイ。
「その魔法があったから、魔神達も兄に逆らう事ができなかったのです……貴方は、兄の魔法も使えるのですか?」
「…………はい。一つの魔法だと勘違いしてました」
「……私の推測は、正しかったようですね」
そう言ってポーラは、小さくため息をつく。
これは言うなれば兄と義弟の死が確定したという事だ。嬉しい話ではないのだろう。
更にポーラは話を続ける。
「おそらくですが……義弟は一つにした魂を、異世界に送っていますね」
「い、異世界?」
思わず高めの声を上げるジェイ。心当たりが有り過ぎた。
「ええ、兄も無抵抗だった訳ではないでしょう……義弟は取り込まれる危険性もあったはずです……それを防ぐためには、魔素の無い世界に行くのが一番確実でしょう」
魂をひとつにするような手段が成立する時点で、二人の体内魔素はかなり消耗していたと考えられる。
そこから更に抵抗しようとするならば、空気中の魔素を取り込まなければならない。
「二人の実力差を考えると……そうしなければ勝てなかったと思います」
そこで勇者は、魔素が無い世界に自らの魂を転送したのだろう。
そう、日本である。彼は武士達を召喚した張本人。日本の存在を知っていたのだ。
「ご先祖様の世界ですか~……あれ? でもジェイは、アーマガルト生まれですよね?」
「魔法の無い世界での生を全うした後、再びこちらに戻ってきたのでしょう……心当たりがあるようですね?」
「え、ええ……まぁ……」
真っ直ぐに見据えられたジェイは、素直に認めた。
転生の事をバラしてしまってもいいのかとも考えたが、現代日本から転生してきたという朧げな記憶が、偽りのものでないと分かった安堵感の方が強かった。
「あの、戻ってきたって……大丈夫なんですか?」
心配そうに問い掛けたのはエラ。日本に転送したのが勇者の意志ならば、戻ってきたのは魔王の意志ではないかと考えたのだ。
明日香とモニカも、心配そうな顔でポーラの答えを待つ。
「ああ……大丈夫ですよ。今の彼は……どちらでもないようですから……」
彼女の説明によると、元々こちらの世界の魂だったからではないかとの事だ。
エラ達は安堵の表情を見せ、ジェイもほっと胸を撫で下ろす。
そんな中、ポーラは一人真剣な表情でジェイを見据えていた。
「ひとつ……ハッキリさせなければいけません……」
「えっ?」
四人の視線がポーラに集まる。
「貴方は、勇者でも魔王でもない……」
「え、ええ、そうなるんですよね」
「それはつまり……私は、妹でも義姉でもないという事です」
「…………はい?」
「では、一体なんでしょう?」
「それを俺に聞かれても……」
「魂につながりが有る事は事実なのです……そこで息子という事でどうでしょう?」
「いや、だから……」
「ママと呼びなさい」
そう言って身を乗り出してくる彼女の顔は、真剣そのものだった。
今回のタイトルの元ネタは『MMR』の決め台詞です。
割とトンデモな事実が明らかになる回という事でピッタリかなと。
それと、ここまでの話で色々と設定が出揃ってきましたので、次回あたりからそれに合わせてタイトルを変更します。
「風騎委員」の部分はそのまま残す予定です。




