第57話 「いつ出発する? 私も同行する」「賢母院」
彼女が本物の賢母院ポーラであり、魔神である事も皆に伝えられた。
しかし先程叱られた印象が強いのか、魔神と言われてもピンと来ないようだ。
怖がっていても、あくまで怖い先生としてである。特に色部。
一番怖がっているのは色部だが、彼も「怖い先生」として恐れている。
ポーラは先程鞭を振るって以降、フード付きのローブにすっぽりと身を包んでいるため近寄りがたいのか、他の面々も遠巻きにしている状態だ。
ロマティだけは臆さず話を聞こうとし、ポーラも普通に質問に答えていたが。
その様子を見たジェイは、ひとまず彼女の存在をスルーし、警備指揮官として状況の把握に努める事にする。
「そういえば見回りは? 皆集まってるけど」
「うん……大丈夫、代わりはすぐに出てもらったから」
「いなくなったと言っても十分程度だからね!」
ジェイの問い掛けに答えたのは、モニカとビアンカ。
侍女から報告を受けたモニカは、慌てながらもすぐさま代わりの見回りを出し、自らは二人が消えた庭園に向かったそうだ。
「そうか……ありがとう、モニカ。助かった」
「あ、うん、いいよ…………慣れてるし」
そう言って遠い目をするモニカ。ジェイの幼馴染をしていれば、いやがおうにもトラブルに慣れてしまうのかもしれない。
それはともかく、現状彼等はポーラに対して何もできない。彼女自身敵対行為はしていないというのもあるが、仮に敵だとしても下手に攻撃を仕掛けるのは危険だ。
それに、気になる事がひとつある。魔神とはいえ、彼女がポーラ華族学園の創設者である事には変わりない。
その彼女が、旧校舎で眠っていた。学園は、彼女の存在を把握しているのだろうか?
ここは教師のソフィアに丸投げするべきか、などと考えながら警備本部の部屋に戻ろうとすると、今まで棒立ちだったポーラが、足音も立てずについて来た。
「あの、何か?」
「貴方を……『探査』させてくれませんか?」
「…………えっ?」
そして翌日……なんとジェイは、ポーラを家に連れ帰る事になった。
『探査』の魔法、それは対象の詳細な情報を得る一種の鑑定魔法。前世が魔王ではないかという疑いを持っていたジェイは、それを見逃す事ができなかったのだ。
魔神を招いて大丈夫かという問題もあるが、ジェイは質問攻めにしてきたロマティへの対応を見て信用する事にした。彼女は魔神であるが、教師でもある。
明日香とモニカも、彼女の事はさほど危険視していないようだ。
「悪い人って感じしませんねっ!」
「本物の賢母院様なら、そんなに心配する必要ないんじゃないかな」
明日香は直感、モニカは歴史から判断していた。
なお警備の方は、何事もなく無事に終了。昨日と同じように次の警備の者達と昼食を共にした後交代して帰路についた。
無言でついて来るポーラに関しては、警備指揮官であるジェイに任せる形である。彼等には手に負えないので止む無しであろう。
一行が学生街に到着したのは午後三時頃。報酬を受け取るのは、指揮官ジェイが学生ギルドに報告を上げてからとなるので、ここでクラスの面々は解散となる。
「これが今の学生街ですか……」
ポーラは、きょろきょろと辺りを見回している。この辺りは新校舎と共に造られた場所なので初めて見るのだろう。
そんな彼女を連れて帰宅すると、エラが出迎えてくれる。
「えっ? 賢母院……様? えっ? えっ?」
同行していたポーラについて説明すると、流石の彼女も驚いた様子だった。
「どうしましょう、お爺様に報告を送ったところだったのに……」
エラは、PEテレの安濃達の件についての報告をまとめて今朝冷泉宰相に送ったばかりだ。今頃宰相は、それに対処するために動き始めている事だろう。
ここで更に賢母院ポーラが現れた。しかも魔神だったと追加で報告していいものか。
追い打ちを掛けるようで申し訳ないが、報告しない訳にもいかないのが現実である。
とにかく詳しい話を聞いてからだ。そう判断したエラは、ポーラを迎え入れ、侍女達に矢継ぎ早に指示を出す。
居間に移動すると、やはりポーラは物珍しそうに辺りを見ていた。テレビなどの魔動機も、彼女より後の時代に生まれた物である。
ソファを勧めると、ポーラは屋内という事で身を包んでいたローブを消した。
改めて彼女の素顔が露わになる。フードの下に隠れていた銀色の長い髪は、束ねて後頭部で大きくまとめたシニヨンだ。華族夫人に今でもよく見られる髪型である。
そして肖像画と同じ美貌。かなりの高身長で、ジェイよりも上だ。
だが今は、ローブを消した事でそれ以上に印象に残るものがあった。
「おっ……モガモガ」
思わず声を漏らしそうになった明日香の口を、失礼だとモニカの手が塞いだ。
三人の視線の先にあるのはポーラの豊か過ぎる双丘、いや双峰と言うべきか。明日香も大きい方だが、それを優に超えている。
彼女は、ローブの下は学園教師の礼服に身を包んでいる。あまり派手ではない、むしろ地味な出で立ちだ。しかし、それでもその存在感は隠し切れるものではなかった。
「…………何か?」
「い、いえ、なんでも!」
ジェイとモニカは慌てて視線を上げてポーラの顔を見る。彼女の背の高さもあって、少し見上げる形だ。
「お待たせしました……あら、おっきい」
そのタイミングで、お茶を持ってきたエラが止める間もなくその言葉を口にした。
彼女が背と胸、どちらを指して言ったかは定かではない。ポーラも分からなかったようで、真顔で小首を傾げていた。
エラも揃ったところで、改めてポーラと話をする。
テーブルを囲んでテレビの向かいにエラが座り、右側にポーラ、左側にはジェイ、明日香、モニカが座る形だ。
「『探査』の魔法を使いたいとの事ですが、あの部屋に俺達が入ったからですか?」
「ええ……あの部屋は、私と関わりのある者しか入れないようになっていたので……」
あのレリーフを使った転送を発動させたジェイは何者なのか。彼女が気になっているのはその一点だ。
「あの、賢母院様は学園が軌道に乗るのを見届けると、永遠の眠りについたと聞いていたのですが……」
そう問い掛けたのはエラ。学園の歴史では、そうなっている。
「それは間違いではないです。私はあそこで眠り続けるはずでした…………私を起こす者は、もういないはずだったから……」
そう答えつつ、ポーラはジェイをじっと見つめる。その例外が彼だというのだ。
「つまり、ジェイは賢母院様の子孫ですか?」
明日香がそう問い掛けると、ポーラは首を横に振った。
「いえ……私の血筋は既に途絶えていますので……」
「ご、ごめんなさい……」
明日香は慌てて謝った。そんな彼女を見て、ポーラは柔らかに微笑む。
「明日香、明日香、賢母院様は、もう『セルツ建国物語』にも出てるよ」
「えっ? そうなんですか?」
「ほら、騎士のお兄さんに嫁いだお姫様」
「ああ、あの……って、あの人魔王の妹ですよね!?」
そう、当時のポーラは複雑な立場にあった。彼女自身は『暴虐の魔王』の妹であり、嫁いだ夫の弟が魔王に叛旗を翻した騎士だったのだ。
つまりカムート魔法国の滅亡を巡る戦いは、ポーラから見れば実兄と義弟の骨肉の争いだったのだ。
ドラマではまだ先の話となるが、彼女の夫と子供達は騎士側に立って魔王と戦い、全員戦死している。そのためポーラの血筋は、現在には残っていなかった。
そして義弟である騎士も最後に魔王に戦いを挑み、戻ってこなかったとされている。
そのため魔王がどうなったのかは今も分かっていない。
だからポーラは疑問を抱いたのだ。あの部屋に入る事ができたジェイは何者なのかと。
妙な話になってきた。エラはそう考えてジェイの方を見る。
前世の件など心当たりがあり過ぎるジェイは、顔を青くしていた。
そんな彼の両側から、明日香とモニカがひしっとしがみついている。
エラだけでなく、二人も薄々気づいているのだろう。ポーラの血筋は途絶えた。勇者は帰ってこなかった。そして魔王がどうなったのかは分からない。
その上でジェイがポーラの縁者だとすれば、一体何者だというのか。
まだ一月ほどの付き合いだが、ジェイが「暴虐」なんて言葉が似合わない少年である事はエラも理解している。
明日香もそうだろう。幼馴染のモニカなら、もっと深く彼の事を理解しているはずだ。
エラはいつの間にか握りしめていた拳にぎゅっと力を込める。
「…………勇者…………」
その時、ポーラがポツリと呟いた。
「勇者?」
小さなそれを聞き逃さなかった明日香が、オウム返しにして首を傾げる。
まだドラマの序盤しか知らない彼女には分からないが、単身魔王と戦った騎士が、後にそう呼ばれる事となる。
「そう、勇者……おそらく貴方は、勇者と関係が有る」
「…………はい?」
魔神エルズ・デゥの時のように、お前は魔王だと言われる事も覚悟していたジェイは、思わず間の抜けた声を漏らした。
「えっ、いや、でも……」
「貴方……私に影の魔法を使ったでしょう?」
「は、はい……」
彼女の動きを止めた時の事だ。
「あれは、勇者の魔法……貴方、影に『潜』る事もできるでしょう?」
そう問われて、ジェイは言葉をつまらせた。ポーラは『影刃八法』の『潜』の事も知っている。本当に勇者が使っていたというのか。
「でも、影ですよ? その、魔王の方を言われそうだと覚悟してたんですけど」
何故かしどろもどろになるジェイ。対するポーラは、やはり真顔で首を傾げた。
「その影こそが勇者の力……」
「そ、そうなんですか……」
「影の魔法があったからこそ……勇者は単身魔王に……暗殺を仕掛ける事ができた……」
「…………え゛っ?」
予想外の言葉に、一瞬動きが止まるジェイ。
しかし冷静に考えてみると、単身で敵の本拠地に乗り込み、魔王一人の命を狙う。確かにそれは暗殺であると納得せざるを得なかった。
今回のタイトルの元ネタは『ジョジョの奇妙な冒険』第3部の花京院と承太郎のセリフです。




