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第56話 伝説のヒロインの伝説

 目の前に立つ学園の創設者賢母院ポーラとうりふたつの女性。確かに似ている、肖像画に描かれている姿に。

 彼女の姿を一目見た時、ジェイはポーラの姿を真似た何者かだと考えた。

 ポーラ華族学園の創設者であり、今でも華族夫人の理想像と謳われる美女。

 しかしあの肖像画は若い頃の姿を描いた物だと思われる。それに何より彼女は魔法国時代の人。今この時代にいるはずがない。

「でも、似ていないわね……どちらとも……」

 次の瞬間、女性は二人の目の前に移動しジェイの顔をまじまじと覗き込んでいた。

 女性が細い手を伸ばしてくる。ジェイは思わずその手首を掴んで止めた。

 ひんやりとした感覚。それは彼女が、実体を持たぬ幽霊などではない事を示していた。

 ジェイの勘が、先程からけたたましく警鐘を鳴らし続けている。目の前に立つ存在が只者ではないと。手首を掴む手に力がこもるが、女性はまったく反応を示さない。

「私の血筋じゃない……それじゃ……」

 その言葉と同時に女性の指先に魔力が宿り、微かに光り始めた。

「ジェイ!!」

 直後明日香が回り込み、側面から居合抜きで女性の腕を斬り付ける。

 しかし女性の腕は傷ひとつ付かなかった。

 それでも腕を弾く事には成功し、光る指がジェイから離れる。

 先程の光が何の魔法なのか、ジェイには分からなかった。これはまずい。そう判断したジェイは、伸ばした影を巻きつけて女性を拘束する。

「明日香、こっちへ!」

「は、はい!」

 明日香が扉のレリーフから離れてしまったため、ジェイはすぐに呼び戻した。

 対する女性は影に縛られた状態だが、特に驚いた様子もない。

「この魔法は……なるほど……」

 それどころか意に介した様子もなく、手を一振りするだけで影の束縛を砕いてしまう。

 その圧倒的な力、ジェイは気付いた。彼女が本物の賢母院ポーラである可能性に。

「ま、まさか……魔神か!?」

 賢母院ポーラも魔法国時代の魔法使い、十分に有り得る。

 魔神エルズ・デゥに比べると人間に近い姿だが、そもそも魔神の姿は一定ではない。

 それならば彼女が今もここにいて、傷ひとつ付かなかった事にも説明がつく。魔神は不老不死に近い肉体を持っているのだから。

「えっ!? 賢母院ポーラ様って魔神なんですか!?」

 ジェイの背で、明日香が驚きの声を上げる。

「いかにも私がポーラです。魔神というのも正解です。貴方達はポーラの生徒ですね?」

 そしてポーラはあっさりと自身が魔神であると認めた。

 そうなると肖像画についても説明がつく。彼女は魔神になってから今に至るまで姿が変わっていないのだろう。


 どう対処すればいいのか、ジェイに迷いが生じた。

 賢母院ポーラは学園の創設者だ。しかし、それだけで信用していいものか。

 現に彼女は、ジェイに何かしらの魔法を使おうとしてきた。

 とはいえ戦おうにも状況が不利過ぎる。魔神というのは、今いるこの部屋ぐらい瞬きする間に吹き飛ばし、自身は無傷ぐらいは容易くやってのけるような存在なのだから。

 ジェイは影の世界に『潜』る事も考えたが、すぐに駄目だと判断した。影世界では小人の扉のレリーフのような転送は再現できないからだ。

 他に考えられるとすれば、自分達が外に出て広い場所で待ち構える事だが……。

「明日香、そこから外に出られるか?」

「……ダメみたいです」

 明日香がレリーフに触れても何も起きない。ジェイは先程までのポーラの言動から、自分が触れなければならないのだろうと判断する。

 だが、そうするためには明日香を魔神の矢面に立たせなければならない。ジェイとしてはそれは避けたかった。

 やはり自分が何とかするしかない。覚悟を決めて一歩踏み出そうとしたその時、ポーラがその動きを手で制した。

「お止めなさい……こちらに戦う気はありません」

「何……?」

「これのせいで驚かせてしまったようですね……」

 そう言ってポーラは、再び指を光らせてみせる。

「これはただの『探査』の魔法です。貴方は学園で何を学んでいるのですか?」

 そして咎めるような目でジェイを見てくる。

 意味が分からず、顔を見合わせる二人。ややあって先にその言葉の意味に気づいたのはジェイだった。

「あー……つまり、あなたのいた頃の学園では魔法を教えていたんですか?」

 するとポーラは、怪訝そうに眉をひそめる。

「……どういう事です?」

「それは……」

 答えにくい質問がきた。どうやら彼女は、今の連合王国内における魔法使いの状況を知らないようだ。

 魔法国時代の魔神である彼女に、学園から魔法の授業が無くなるぐらい魔法使いは数を減らしていますと教えてしまっていいものか。

 ジェイが迷っていると、ポーラはその反応から察したらしく大きくため息をついた。

「なるほど、魔法使いは衰退したようですね……」

「…………はい」

 ジェイは仕方なく肯定した。下手な誤魔化しは通じないと感じたのだ。

「私が眠りについている内に、なんと情けない……優れた統治者を生み出す事が、学園の役割だというのに……」

 目を伏せ、肩を震わせるポーラ。彼女の影響か部屋全体も揺れ始める。

「明日香!」

「はいっ!」

 これは危険だと判断したジェイは、すぐさま動いた。片手で明日香の手を握り、もう片方の手でレリーフに触れる。

 すると二人の姿は光に包まれ、その場から消えるのだった。


 気が付くと二人は元の場所、旧校舎の庭園に戻って来ていた。

「ジェイ、大丈夫!?」

 傍にはモニカと明日香の侍女がいて、転送されてきた二人を抱き止める。

 ジェイ達が消えた後、侍女はすぐさまそれを報告。見張りをすぐに交代し、モニカ達は転送に関わっているであろう像を調べていたのだ。

 先程の部屋の中に入った時と違い、ジェイと明日香は目を回してしまっている。

 まるで乗り物に酔ったかのような気持ち悪さに二人は立っている事ができず、抱き止めてくれている二人にもたれ掛かった。

 侍女は、すぐさま手近な木を背もたれにして明日香を休ませる。

 そしてジェイは何とか状況を把握しようと、顔を上げて辺りを見ようとする。

「戻ってこれたのか……?」

「戻って? 大丈夫、ここ旧校舎の庭園だよ。一体何が……!?」

 あったのかと問い掛けようとしたモニカが止まる。彼女の目の前で、もう一人転送されてきたのだ。

「あんな不安定な状態で転送するなんて……大丈夫かしら?」

 言うまでもなく、魔神ポーラである。

 しかし人に近い姿であったため、モニカは彼女が魔神だと気付かず、ただただ呆気にとられていた。

 するとポーラの方も気付き、モニカを見る。ジェイを抱き止めたままの姿を。

「……こんなところで不純異性交遊とは……感心しませんね」

「許婚です!!」

 モニカは思わず言い返した。相手が魔神だと気付かぬまま。



「おーい、ジェイ見付かったのかぁ?」

 モニカの大声に、ジェイ達を探していたクラスメイト達が集まってくる。

 ジェイ達のダメージは一時的なものだったようで、彼等が集まる頃には既に正常な状態に戻っていた。彼等は像の前、庭園の広場で皆を迎える。

 魔神ポーラも。落ち着いたようだがそのまま残っている。

 そして彼女が賢母院ポーラだと気付き、魔神であるとも聞かされたモニカは、ジェイの背に隠れて小刻みに震えていた。

 集まったクラスメイトはジェイ達の無事な姿に安堵し、そしてポーラの姿に気付く。

「えっ? あれ? もしかして……」

 真っ先に気付いたのはロマティ。それを皮切りに何人かも気付く。目の前の女性が、入学式で見た賢母院ポーラの肖像画と同じ顔である事に。

 皆がざわめきはじめ、やがてロマティに視線が集まる。放送部として取材しろと。

 ロマティは覚悟を決めて問い掛けた。

「あの、もしかしてあなたは……」

「その制服……貴方達も学園の生徒ね。そうよ、私が……」

「賢母院様のそっくりさんですね! その格好、もしかして『セルツ建国物語』に出演されるんですか!?」

「…………違います」

 ポーラは意味が分からなかったが、とんでもない勘違いをされていると察して否定。

 しかしそれを皮切りに、ポーラを女優だと勘違いした面々のざわめきが大きくなる。

 しばらく黙って見ていたポーラだったが、騒ぎは収まらない。

 すると彼女は懐から鞭を取り出し、ピシャリと鋭く地面を叩いた。

「静かにしなさい! 何時だと思っているんですか!? 近所迷惑ですよ!!」

 そう皆を叱るその姿は、魔神は関係なく厳しい教師のそれであった。

 今回のタイトルの元ネタは『伝説の勇者の伝説』です。

 タイトルの「ヒロイン」はポーラの事です。学園創設時の彼女は、間違いなく時代のヒロインでしたので。

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― 新着の感想 ―
[一言] 大伝説の勇者の伝説、あと少しで完結しそうな感じもしますが鏡貴也さんは終わりのセラフが売れすぎて興味がなくなったんですかね
[一言] そっくりさん…。 まぁ、長い時代を経てますからご当人とは思われないでしょうなぁ。 むしろ、当時の肖像画が誇張なく描かれていたことの方が驚きです。
[一言] えっ、ポーラさん外に出れんの!? ってなってしまったw
2021/07/01 00:15 退会済み
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