第55話 *いしのなかにいる*
どうやらPEテレ側は、事件以外にも取材したいものがあるらしい。
エラの話から察するに、狙いはジェイ達の縁談だろう。ダイン幕府との和平は国中が注目するところだ。それはジェイ達も理解できる。
単に仲睦まじいところを取材したいなら良いが、スキャンダル狙いとかだと困る。
「エラ、ロマティを呼ぶから頼めるか?」
「分かったわ、任せて」
ロマティが何か知っているかもしれないが、念のためジェイが話す事は避けておく。
その間ジェイは、警備指揮官と引継ぎの打ち合わせなどをしていた。またその際に、昼食を一緒にどうかと誘っておく。
予算は同じだが、ジェイ達は商会を通している分グレードが上がる。それをこれ見よがしに自分達だけで食べる訳にはいかないのだ。
警備側も快諾したので、合流して一緒に昼食の準備を進めてもらう。
その間にエラが、ロマティから話を聞き出す。
「えっ!? そんな事聞かれたんですかー!?」
エラへの質問は、ロマティにとっても初耳だったようだ。彼女がスタッフの方に視線を向けると、様子を窺っていた何人かがそそくさと視線を逸らす。
その様子を見たエラは、大体のところを察した。事件の取材を建前にして、国中が注目している縁談について取材する。それが安濃達取材班の真の目的なのだろう。
現在のところジェイ達の縁談に関する取材は自重するように王命が出ている。下手に横槍が入って、縁談が失敗してしまっては和平も潰れてしまうからだ。
今回の件は、そんな注目のネタをなんとしても取材したいと考えた安濃達が、抜け道を狙って仕組んだといったところか。
ロマティが取材班に喰い込めたのも、クラスメイトの誼を利用できるとあえて見逃されていたのかもしれない。
ちなみに何故エラにそんな事が分かるかというと、自重させるために命を下したのは王家だが、根回しなどで動いているのは他ならぬ冷泉宰相だからである。
エラの方にも、この件を取材しようと狙っている者がいるから気を付けるようにと連絡が来ていたのだ。
一方安濃達取材班の方も、先程のロマティの反応で目論見がバレた事を察したらしい。
それでも口を滑らせてくれれば……と狙っていたようだが、ジェイとエラはそんな隙を見せないし、明日香にはロマティが、モニカはシャーロット達がついている。
この件、下手な手を打つと王命に逆らう事になりかねない。これ以上藪を突くような真似をする根性は、彼等には無かった。
真っ当な取材に対しては、普通に答えているので尚更である。
それからは無難に取材をし、警備交代の時間になると安濃達も食い下がる事なく、そそくさと撤退していった。
ジェイ達はそれを手を振って見送り、和やかに終わる――
「……まぁ、学園には報告するがな」
「お爺様にも伝えておかないとね」
――はずもなかった。ソフィアとエラは、それぞれ報告する気満々である。
ジェイ達は「だまされかけた」で終わったが、仲介した学園は「だまされた」訳だし、王命の抜け道を狙おうとしたのは事実なのだから当然の判断であろう。
色部はフッフッフッと笑う二人に怯えつつ、ジェイに問い掛ける。
「え~っと、要するにどゆこと? あいつらいる間、黙って鍛錬してろって言われたからやってたけど……」
「とりあえず、もう俺達が関わる必要は無いって事だな」
政における『護国の鬼』冷泉宰相が関わる事になるので、後は任せてしまっても問題は無いだろう。
「えっ、報酬は!?」
「……それは、ちゃんと支払われるんじゃないかな?」
後日謝罪も兼ねてか、取材協力の報酬が割増で支払われる事になるのは余談である。
気を取り直して、ここからは警備である。
なお、エラは警備の依頼を受けていないのでここからは不参加だ。ソフィアも付き合うのは取材までだと既に帰宅している。今頃それぞれ報告のために動いている事だろう。
それはともかく、これまでの警備は外壁の周りを見回るだけだったのが、前回の事件以来外壁の内外両方の見回りと旧校舎内からの監視という三重の守りに変わっている。
旧校舎に貴重な物が保管されている訳でもないので、少々過剰かもしれない。しかし学園の威信も懸かっているため、これに関しては仕方がないだろう。
ジェイ達は、モニカ達武芸が不得手な者に城内からの監視を任せ、残りを従者も入れてチーム分けして見回りとした。
ジェイの従者達は、見回りの各チームに分散している。彼等は何度も戦場を経験している兵でもあるので、彼等がいれば他チームも問題は無いだろう。
さて、この三チームによる見張りだが、外側の見回りは今までも行われていた。
外壁は石造りで三メートル程の高さの物。本来の城壁はかつての戦で壊れたため、旧校舎になる際に新たに造られた物だ。乗り越えるのは不可能ではない。
つまりこれまで入り込んでいた者達は、外側の見回りがいない隙に壁を越えて侵入したと考えられている。この問題に対処すべく追加されたのが残り二チームだ。
かくいうジェイは、明日香と彼女の従者の三人で壁の内側の見回りである。
もっとも内側の見回りに関しては、城内からの監視が見つけた侵入者を捕らえるべく駆け付ける方がメインの役割ともいえる。
そのため明日香は、半分ぐらい夜の散歩のような感覚であった。
ジェイと腕を組みつつも壁の方はしっかり見ているので、ジェイの方も何も言わない。
とうに日は暮れている。町の明かりは壁に遮られ、月明りと旧校舎の窓から漏れる明かりが頼りだ。
二人はゆっくりと外壁を見ながら旧校舎沿いに歩き、従者はその少し後に続く。
やがて三人は、旧校舎の裏手に出た。ここには庭園があり、奥にはここが旧校舎になる前の城主の彫像が残されている。
かつては美しい庭園だったのだろうが、今は雑草が生い茂り鬱蒼としている。
旧校舎を見上げると、二階の見張りのいる部屋から明かりが漏れている。
「すごいですね、もうちょっとお庭の手入れした方がいいんじゃ……」
「学園に報告する時に伝えておこうか。まぁ、壁は見えているから大丈夫だとは思うが」
近付いてみると腰辺りまで雑草が届いているが、それ以上ではない。
家の庭がこうならすぐに手入れをしようと考えるだろうが、外壁を乗り越えての侵入を見張る分には問題無いだろう。
念のため近付いて見てみると、ジェイがそこかしこに踏まれて折れたであろう草を見付ける。侵入者がこのルートを使っていたのは間違いなさそうだ。
草の高さを考えると、這えば隠れて移動とかもできるかもしれない。
「……少なくとも草刈りはした方が良さそうだ」
いっそ明朝、交代要員が来るまでにやってしまおうかとも考えたが、ここは学園が管理する場所なのでぐっと堪える。
ジェイは念のため、壁を越えるためのロープなどを隠していないかを確認しておく。
明日香と侍女は残し、静かに草を掻き分けながら外壁の辺りまで進んでみる。
「あ~、あれは……」
壁を見上げると、上の縁に何かこすりつけたような痕跡を発見した。
おそらく侵入者達はロープみたいな物を使い、ここを通って侵入していたのだろう。
「ジェイ~、何かありました~?」
「侵入経路、かな」
「えっ!?」
明日香もガサガサと音を立てながら近付いてきた。侍女も慌ててその後を追ってくる。
ジェイが指差して教えるが、痕跡は小さくて見付けるにも苦労するレベルだった。
「あんなに小さいのによく分かりましたね! すごいですっ!」
「慣れだよ、慣れ」
主にダイン幕府の隠密部隊等を相手に鍛えられた技術なのは秘密である。
他にも何か無いか探してみたところ、ひとつ妙な物を見つけた。城主の像の台座の裏にレリーフが施されていたのだ。
この位置では壁際に設置された像の裏側まで回り込まないと見えない。意図的に隠されていたものだろう。
「小人さんの扉……ですかね?」
明日香がレリーフをつんつんと突きながらつぶやく。確かにドアノブは無いが、その形はアーチ型の扉に近い。明日香は小人の扉と言ったが、小窓のようにも見える。
「いざという時の脱出用か?」
実は仕掛け扉かもしれない。そう考えたジェイは、自らも近付き調べようとする。
しかし彼がレリーフに触れた瞬間、触れた箇所が光り、指がレリーフに沈み始めた。
「ジェイ!?」
間近で見ていた明日香が気付き、とっさにジェイに抱き着いて扉から離そうとする。
「明日香、離せ! こいつ強……!?」
しかし引きずり込もうとする力の方が強い。
周囲を警戒していた侍女は気付くのがワンテンポ遅れ、慌てて明日香の肩を掴もうとするが、間に合わない。
侍女の手は空を切り、二人はそのままレリーフの中に飲み込まれてしまうのだった。
引きずり込まれた二人は、倒れ込むようにその場所に入った。
ジェイはすぐに身を起こし、明日香を背に庇う位置につく。
明日香も身を起こし、周りの状況に気付いたようだ。
刀に手を掛けいつでも動けるように身構えているが、その手は震えている。
「ジェ、ジェイ、ここは……?」
「あのレリーフ、仕掛け扉とかじゃなくて魔法が掛けられていたようだな……」
魔法によってここに移動させられた。ジェイはそう判断していた。
そして改め周囲を確認したジェイは、ここは地下室ではないかと考えた。
だが、様子はおかしい。明かりが見当たらないのに見える。まるで『影刃八法』の影の世界のようだ。
ただしこちらは淡い青で彩られており、少し肌寒さを感じる。
もしかしたらこの空間自体、魔法で作られたものかもしれない。
だとすれば術者はどこか。辺りを探っていると、不意に前方にフード付きのローブを羽織った者が姿を現した。隠れていた訳ではない。突然そこに現れたのだ。
夜の帳をそのまま纏ったかのような暗い青のローブ。カツカツと乾いた靴音を立てながら、ジェイ達に近付いてくる。
そしてジェイ達の前で止まると、屈んで二人の顔を覗き込んできた。
「ここに入ってこれるなんて、妙ね……私の血は、とうに途絶えたはずなのに……」
女性の声だ。そう言って彼女はフードを外し、その顔を露わにする。
「えっ、あれ……? どこかで……」
明日香が思わず声を漏らす。ジェイもその顔に見覚えがあった。
「ま、まさか……賢母院……様……?」
そう、その顔は入学式の時に大講堂で見た、学園の創設者である賢母院ポーラとうりふたつであった。
今回のタイトルの元ネタは『ウィザードリィ』で行動不可区域へテレポートしてしまった際に表示されるメッセージです。
一発で全滅し、作品によってはパーティ全員が消失するというトラウマもののメッセージでもあります。




