第54話 異世界マスコミ事情
そして迎えた取材当日、出発前に昴家を訪れたのはロマティだった。
「今日一日、よろしくお願いしますー」
自前のカメラを手に笑うロマティ、その姿を見て明日香が小首を傾げる。
「あれ? 今日はロマティちゃんが取材するんですか?」
「私も取材するんですよー」
あの時の訓練参加者として、取材スタッフとジェイ達との橋渡しのような役割を期待されているのだろう。
今日一日密着取材だと、張り切って早起きしてきたようだ。
今日は昴家前で集合し、シルバーバーグ商会の支店で注文していた食料などを受け取ってから、旧校舎に向かう事になっている。
ジェイ達の方も準備は済んでいるため、庭で軽く鍛錬しながら待つ事にする。
「あ、私もいいですか~?」
ビアンカが、シャーロットと一緒にやってきて鍛錬に参加。
眠そうなシャーロットはエラに預けられ、彼女の膝枕でもうひと眠りだ。
「おや、早いな君達は」
そしてオード達が来て、クラスメイト達も集まってくる。
「間に合ったぁ~!? セーフ!? セーフ!?」
「ギリギリアウトかな」
「なんてこったい!」
最後に色部が少し遅れてきて全員集合である。
なお、全員集合の少し前に、シルバーバーグ商会から獣車が届いていた。
注文した品が全て詰め込まれており、獣車はサービスで貸してもらっている。二台も。
そんなに大量に注文した訳ではなく、結構なスペースが空いている。これならば昴家の獣車も合わせれば、従者も含めて全員乗って移動できそうだ。
なお、車体の側面に大きく書かれた商会名が実によく目立っている。宣伝を兼ねているのは言うまでもない。
「それじゃ、皆乗り込んでくれ」
その辺りの意図も分かっているので、遠慮なく使わせてもらえばいいだろう。
ジェイ達は分乗して乗り込み、旧校舎に向けて出発した。
旧校舎に到着すると、丁度門衛が交代するところだった。
彼等はジェイ達の前の組であり、昼頃の警備を引き継ぐ事になっている。
取材の件は伝わっているようで、一行はすぐに中に入る事ができた。PEテレの取材班はまだ到着していないそうだ。
まずは今の警備指揮官に挨拶をし、使ってもいい部屋を教えてもらう。
そこに荷物を運び込んでいると、歴史教師ソフィアも到着。あの日監督をしていた彼女も、学園からの要請で取材を受ける事になっている。
相変わらず髪は寝ぐせ混じりで、眠そうな目をしている。地味なローブもよれよれだ。
その姿を見たエラはにっこり笑顔で近付き、ぐわしとその腕を掴んで、有無を言わせず空いた部屋に飛び込んだ。大きなバッグを持った侍女がその後に続く。
そして取材班が到着する頃には、髪も化粧も整え、パリッとした白いローブに着替えたソフィアが完成していた。
身嗜みを整えれば美人だと見事証明してみせた姿に、男子達が感嘆の声を上げたのは言うまでもない。
もっとも当の本人は気だるそうな顔で遠い目をしており、周りの反応など意にも介していなかったが。
「やあやあ、どーもどーも。今日はよろしくお願いします」
そんな彼女に、取材班の小太りの男が愛想を振りまきながら挨拶をしてきた。
ご存知の通りPEテレのスタッフには華族が多く、彼の腰にもショートソードがある。
しかしソフィアの反応は芳しくなく、エラが助け船を出す。実質の責任者であるジェイを呼ぶという形で。
「わたくし、『PSニュース』の安濃と申します」
「一年白兎組の昴です。よろしくお願いします」
ロマティによると、PSニュースには複数の取材班があり、安濃はその内のひとつを率いる立場との事だ。
PSニュースは「ポーラ・スチューデント・ニュース」の名の通りポーラの生徒が関係するニュースを取り扱う番組。今回取材する理由も、その辺りだろう。
警備にも関わる事なので、警備指揮官にも立ち会ってもらい打ち合わせをする。
「あ、早速ですけど、これ確認していただけます?」
そう言って安濃が見せてきたのは、当日あった事のタイムテーブルであった。
城内を調査したジェイ達、庭園で模擬戦をしていた者達、それにジェイ達に気付いた侵入者達の三つが並んでいる。
「この侵入者達のは……」
「南天さんからの情報です。あの日、外に逃げた者達も皆捕まったみたいですね」
その侵入者側、ロマティのメモがあった調査側に比べて、模擬戦側はほとんど空白だ。
こちらを埋めるのも、今回の取材の目的のひとつなのだろう。
「こちらも警備の邪魔をしなければ問題は無い。いくつかの部屋には見張りを置いてあるから、そこだけは気を付けてくれ。全部屋を撮影する訳ではないのだろう?」
「ええ、それはもう!」
そして警備指揮官との打ち合わせも終わり、取材が始まった。
白兎組は城内と庭園の二手に分かれ、当日何をしていたか取材班の質問に答えていく。
なお取材班は、予想外のところから現れた美女ソフィアを取材したがったが、「見てただけ」と答えるばかりで取りつく島も無い。
逆にエラは如才なく主導してくれているようなので、あちらは問題ないだろう。
ジェイ達はあの日のメンバー、従者を除いた六人のクラスメイトと、安濃達と共に城内に入った。魔動カメラも数台持ち込まれている。
「では、どのように調査を進めていったかを教えていただけますか?」
「おう! 任せな!」
張り切った色部が、ところどころで格好付けながら調査方法を取材班に教えていく。
とはいえその内容自体は基本的な事なので、ポーラ卒業生なら普通に知っている事かもしれない。しかし、そんな事はおくびにも出さず、スタッフは取材を進めて行く。
はしゃぎ気味な面々が半数以上を占める中、意外にも緊張した面持ちになっていたのはロマティ。取材「される」側になるのは慣れていないようだ。
逆に明日香は借りてきた猫のようなおすまし顔で取材に応えている。
幕府の姫という立場上、人前に立つ事には慣れているのかもしれない。
しかし時々頬のあたりがピクピクしているので、全然平気という訳でもなさそうだ。その様子に、ジェイは小さく笑みをこぼす。
実のところジェイは取材には慣れていた。龍門将軍を撃退した当時は、若き英雄を一目見ようと国中から取材陣が集まったものだ。
当時は祖父レイモンドが急に一線を退く事になったため、『アーマガルトの守護者』は健在であると示すため積極的にアピールする必要があった。
それだけやっていれば、嫌でも慣れるというものである。
とはいえ今回の件は、ジェイ自身は見張りばかりであまり動いていなかったためあまり答える事も無かった。
『アーマガルトの守護者』を取材したかった安濃としては少々拍子抜けだったが、特にトラブルが起きる事もなく取材はひと段落ついた。
庭園に出てみると、モニカ達が昼食の準備を始めている。
ジェイはまず明日香を連れてエラの下に行き、模擬戦側の取材がどうなったを尋ねた。
「大した事は無かったわよ。あの日の立ち合いの順番とか、勝ち負けとか。ああ、途中で何かに気付かなかったとかも聞かれてたわね~」
「何か? ああ、外に逃げた奴等か」
そもそもジェイ達に気付いて逃げ出したのだから、エラ達から見えないようにして逃げたと思われる。取材班もあまり期待せず、念のために聞いただけなのだろう。
それ以外にも聞かれたらしい。クラスメイトは尚武会の事を。
「そういえば私も聞かれたわ」
「何を?」
「ジェイ君との関係♪」
「……はい?」
慌ててモニカの方を見ると、彼女の周りにも取材班がたむろしていた。
しかしシャーロット達女子組が料理を教えてもらう体で囲み、壁になってくれている。
どうやら安濃達には、今回の事件を取材する以外にも意図があるようだ。
「のろけてあげても良かったんだけど、ジェイ君がどう判断するか分からなかったから、とりあえずはぐらかしておいたわ」
悪戯っぽくウインクをしてみせるエラ。モニカの守りも、彼女がこっそり指示してくれたのだろう。実に頼もしい許嫁である。
安濃さんの名前は「あの人」の「あの」なので、特に意味はありません。




