第52話 異世界ハローワーク
それから数日経っても、教室での話題は尚武会一色だった。
自身の活躍を語る者、活躍した者について語る者、それぞれに盛り上がっている。
そこから活躍した者達は将来有望だ、婿だ嫁だという方向に話が発展したりしているのは、この学園ならではと言えるかもしれない。
「ちょっと注目されるようになったよー!」
照れ臭そうに笑うビアンカ。尚武会は武闘大会としては本格的なものではないが、それでも三戦全勝したとなると、おのずと注目される事となる。
要するにその腕っぷしが欲しいと思われるという事なのだが、華族の婚活では割とある話だったりする。
そんな尚武会の後の一年生の教室で、よく見られる光景がある。
「ジェイ~! なんか良い武器教えてくれ~~~!!」
それは尚武会で敗北した者達が、武具の買い替えを考え頭を悩ませる姿である。
ジェイが教室に入ると同時に泣きついてきた色部もそうだ。
新入生は騎士の武芸の基本として剣を主に学んでいる者が多いのだが、それでは尚武会で勝てなかった者達が、別の道を模索し始めるのだ。
ここで重要になってくるのが、クラスメイト実家のお抱え商会であった。
もうひとつ、この時期のポーラ島でよく見られる光景がある。
「シルバーバーグ商会を紹介してもいいが、予算はどれぐらいだ?」
「…………えっ?」
それは島での生活に馴染み始めた新入生達が、新しい武具を買うために走り回る姿だ。
こちらは学園内だけには留まらない。初夏の眩しい陽射しの中、より上を目指して模索する学生達が金策に勤しむ。この時期のポーラ島における風物詩である。
「ところでオードのところの商会は、支店を持っていないか?」
「持ってないぞ。我が家が抱える商会は、農具がメインであるからな」
魔草農園を管理するのが家業だけに、お抱えの商会もそちらに特化しているそうだ。
農具関係が主力であれば、学生中心のポーラ島に支店を出すメリットは薄いだろう。
他に支店を持つお抱え商会も無かったため、白兎組の面々はジェイとモニカにシルバーバーグ商会を紹介してもらう事となった。
問題は、先程ジェイが言った通り予算であるが……。
「よぉーし、放課後だ! 早速仕事探しに行こうぜ!」
逆に言えば、金策さえクリアすればどうにかなる。そう判断した色部は授業が終わると同時に教室を飛び出そうとする。
「商店街で頼み込んで、どっかの店で仕事を――!」
「華族の誇りは無いのか、貴様はッ!!」
それを止めたのはラフィアス。教科書を投げて、色部の後頭部に命中させた。
領主華族として商人に頭を下げて働かせてもらうなどもっての外、という理屈だ。
逆に無役騎士の子などは、いわゆるアルバイトに勤しむ事は珍しくもない。この辺りは環境の違いと言えよう。
「え~、俺っちそんなの気にしない……」
「気にしないヤツもいるのは分かるが、その場合領主華族との婚活は諦めた方が良いぞ」
「マジで!?」
ジェイの指摘に、色部は目を丸くして驚きの声を上げた。
領地領民を統制する領主の立場としては、向いていないのではと判断されがちである。
まったく頭を下げられないのも困るが、逆に軽々と下げてしまうような人もそれはそれで困るのだ。
両手を横に広げたビアンカが、小声で「セーフ」と呟いていた。こちらも同じ事を考えていたらしい。
「そんな事言ったって、金無えんだよぉ」
ぼやく色部の頭を、ラフィアスが丸めた教科書で叩く。
「なんのための学生ギルドだ!?」
「…………何それ?」
無役騎士に仕事を斡旋するのが『騎士ギルド』ならば、それを学生相手に行うのが『学生ギルド』だ。学園が運営しており、職員室の隣にギルド室がある。
ポーラ島は普通に学生生活を送るだけならばさほど困らないが、より高みを目指そうとすると道場やら塾やら何かと入り用になってしまう。
今回のような武具の買い替えもその一環である。なんだかんだで華族は騎士であり、魔獣などの脅威から国と領民を守らねばならないのだ。
当然学園としても、学生達を手助けする。
「今頃学生ギルドはたくさんお仕事を用意してくれているわ」
「そうなんですか? エラ姉さん」
「毎年恒例だからね」
金策のために殺到する学生達のために仕事を用意するのも、その一環である。
「ギルド室だな! よし、行こうぜ!」
先陣を切り、早速学生ギルドに向かおうとする色部。
「わたくし、荒事はちょっと……」
「そういうのばかりじゃないから、一度顔を出した方が良いわよ」
「お姉さまがそうおっしゃるなら」
尚武会にも参加していないエイダやシャーロットは、武芸の腕が求められそうなイメージから遠慮しようとしたが、そこはエラがフォローした。
武芸が求められる仕事が多いのは確かだが、それだけではない。
華族が皆武官になるわけでもないので、代筆など文官系の仕事も用意されている。
また、学生ギルドで斡旋された仕事をこなすと、実績として評価される。
そのためこういう事にはあまり乗らないラフィアスも、今回は丁度良い機会だから一目見ておきたいとついて来る事になった。
ギルド室に到着すると、既に人だかりができていた。他のクラスでも同じような話が出ていたのだろう。
ギルド室は壁のないスペースで、左右の壁に掲示板が、奥に受付がある。
今は人が多くて部屋に入りきらず、人だかりが廊下まではみ出していた。
「うおっ、出遅れたか!?」
「みたいだな……どこも考える事は同じか」
ラフィアスが眉をひそめながら、色部に同意する。
今回は様子見のつもりだったラフィアスだが、出遅れてしまった事はあまり良い気分ではないようだ。
「すごいです! 皆さん真面目ですねっ!」
「いつもはこんなに混雑しないんだけど、この時期はねぇ」
「エラ、こういう場合は……」
「あの中に突入して依頼を探すか、待って残りの依頼から選ぶかね」
残り物には福があると言うが、今回のように皆が必死に良い依頼を探している場合も成立するだろうか。混雑した状況を見るに、良い依頼を見逃す可能性も無くはないが……。
「俺っちに任せな!」
ジェイがそんな事を考えている内に色部が動いた。釣られてオード、それに数人の男子もギルド室に突入していく。
なおビアンカも行こうとしたが、それは明日香達が止めた。小柄な彼女では、弾き飛ばされるのが目に見えていたからだ。
実際周りを見てみると突入しているのは体格の良い男子が多く、それ以外は遠巻きに様子を見ているようだ。
案の定、同じく小柄な色部がまず弾き出された。
オードは体格を活かして壁際までたどり着いたが、後ろから押される形となり、依頼の吟味もろくにできない状態だ。
「これは待った方が良さそうだね……」
その様子を見て、人混みが苦手なモニカが言う。
確かに待った上で残った依頼次第では、日を改める事も考えた方が良さそうだ。
周りの面々も同じように考えたようで、遠巻きにしていたいくつかのグループは既に踵を返して去り始めている。
ジェイ達もオードを呼び戻そうとした時、明るい声が彼等に投げ掛けられた。
「あ、いたいたー! みんなー!!」
聞き覚えのある声は、職員室側から聞こえてきた。見てみると、ロマティが大きく手を振りながら近付いてくる。
彼女は授業が終わると、色部よりも早くに教室を出て行き別行動になっていたのだ。
「あ、ロマティちゃん! どこ行ってたんですか?」
「皆がギルドに行くって言ってたから、ちょっと情報を集めてきたんですよー」
「情報?」
モニカが小さく首を傾げて尋ねると、ロマティはメモ帳を手にニッと笑いこう言った。
「おいしい依頼の情報先取りしちゃったんですけど、皆さん乗りませんか?」
「異世界口入れ屋」というタイトルも考えましたが、分かりにくいかもと思ったので止めました。




