第51話 華族の家計簿
「ジェイ~~~~~♪」
ジェイが試合場を降りると、明日香が元気よく飛びついてきた。彼女のブロックは既に試合を終えていたが、待っていたらしい。
軽々と受け止め、抱っこしたまま控室に戻っていく。その仲睦まじい姿は、一部関係者にセルツとダインの和平が確かなものであると感じさせた……かもしれない。
ラフィアスや獅堂、アメリアは呆れながらも一緒に歩いている。
そんな彼女が降りたのはステージを出て控室に向かう廊下に入ってからだった。
それでも離れず、身体を密着させて腕を組みながら歩いている。
その途中でジェイが、ふと思い出したようにこんな事を言い出す。
「そういえば、この制服って改造というか一部変えるのはアリだっけ?」
「僕のマントみたいに追加するのはともかく、変えるのは違反じゃなかったかな……どこを変えたいんだ?」
ラフィアスの肩当て付きマントや、アメリアのフード付きマントは既存の制服に追加するタイプ、逆に獅堂は動きやすさ優先で制服のロングコートを脱いでいる。
どれも校則的には問題の無いコーディネートである。
「ブーツだな。さっきの試合で気付いたが、これは頑丈さが足りない」
先程脛を蹴られた獅堂が、何か言いたげな顔で眉をひそめた。
そしてラフィアスは、少し呆れた顔で答える。
「……ブーツは制服ではないぞ」
「あれ? そうだったか?」
歩きやすく、足への負担を抑えてくれる学園推奨のブーツはある。しかし、それは制服に規定されてはいなかった。
最初は体力作りのために長距離走らせたり、行軍訓練させる事が多いため、それに合わせた物を学園側が用意しているのだ。
「それならグリーブも揃えておくかな」
「脚甲ですか、いいですねっ!」
ジェイのつぶやきに明日香も同意する。
「足下の防御は大事です! 長柄で足を薙ぐのは基本ですっ!!」
笑顔で物騒な事を言っているが、内容はそう間違ったものではなかったりする。
そして彼女の言うような攻撃に対し、学園推奨のブーツでは防御力が心許ないのもまた事実であった。用途が違うと言ってしまえば、それまでではあるが。
「……僕も買って、慣れておいた方が良さそうだな」
「そうした方が良いぞ。あの森、小型の魔獣が多いし」
相手が小さいと、攻撃も下半身に集中しやすくなるものだ。
今後もあの演習場の森は使うのだから、グリーブを用意しておくのは損にはなるまい。
そんなジェイ達の会話についていけない獅堂とアメリア。
「領主は良いな、簡単に買うとか言えて」
主に経済的な理由である。獅堂の家は貧乏な無役騎士の家であるため、防具ひとつ買うのも大事になってしまうのだ。
なおそんな獅堂に対し、ラフィアスは鼻で笑う。
「領主が領地の金を自由に使えるなんて、そんな甘い考えは捨てる事をお勧めするぞ」
「領主って支出も大きいからな。軍の維持にだって金が掛かるんだし」
ジェイもため息をつきつつ言った。勘違いされやすいが、領主でない者達が思うほど楽ではないのだ。それでも無役騎士の者達よりかは裕福であろうが……。
一方アメリアの家も、『純血派』魔法使いとは言え、後継者の問題で潰れかけていた家で、それほど裕福という訳でもない。
防具ひとつぐらいならば、頼めばなんとかなると思うが……。
「私も買おうかなぁ……」
「いや、高城さんの場合は、もっと動けるようになる方が先だと思うぞ」
「あぅ……」
当たり前の事だが、金属製のグリーブはそれなりの重量が有る。騎士としては素人同然のアメリアには少々厳しいだろう。
これにはラフィアスと獅堂、それに明日香も同意らしく揃ってうんうんと頷いている。
「まぁ、一度店に行って試着してみればいい。重さが分かるだろうから」
「へ~……あ、でも、私、そういうお店知らない。どういうとこに行けば……?」
しかし、その疑問に答える者はいなかった。
廊下が一瞬しんと静まり返り、アメリアは思わずきょろきょろと辺りを見回す。
「ここで無言!? えっ、何? お前には教えねーよ的な!?」
「そういうのは、まずクラスで確認した方が良いわよ~」
悲鳴のような声を上げるアメリアをフォローしたのはエラだった。
ジェイ達が控室に戻る前に合流しようと、モニカと一緒に来ていたのだ。
「華族家と商会って色々と付き合い深いからさ。クラスメイトの家のお抱え商会支店が無いか確かめた方が良いよ」
モニカがそそくさとジェイの空いた腕を確保しながら補足した。獅堂の外見が怖かったので、ジェイに引っ付いていなければ話せなかったのだ。
それはともかく、商人達にとってポーラ島に店を出す意義は非常に大きい。
ここは連合王国中の華族子女が一度は訪れ三年間を過ごす地なのだ。その宣伝効果の大きさは推して知るべしである。
ポーラ島に支店を出す事が一流の商会の証といっても過言ではないだろう。
シルバーバーグ商会は去年からポーラ島に進出しているが、これはジェイの進学に合わせて結構無理をしたらしい。
ジェイは義父エドから何かあれば支店を頼るようにと言い含められていた。
「無視してはいかんのか? 昴の剣を見るに、そっちの商会の方が良い武具を揃えていそうなんだが」
「ああ、うん。それは認める……」
「今後のクラス内での付き合いが関わってくるからね……」
獅堂の問い掛けにモニカが同意し、エラが苦笑しながら説明する。
ポーラ島に支店を出せるというのは一流の商会の証だ。そんな商会とつながりが深い華族家となると、それなりに大きい家となる。
そういう家の子女は、今後クラスの中心人物になりやすいのだ。かつてエラがそうしたように、あえてそうならないよう振る舞わない限りは。
そのためお抱え商会が支店を出している生徒は、クラスメイトにもそれを紹介するというのが、ある種の慣例となっていた。
エドが無理をしてでも支店を出したのは、それを狙ってであった事は言うまでもない。
その慣例を無視して、他クラスのお抱え商会と懇意にしていればどうなるのか……。
「面倒な……!」
「武具とかは命に関わるものだから、好きに選んでいいと思うけどな」
そう言うのはジェイ。口にこそ出さないが、そこに文句を付けてくる者は味方として信頼できないとすら考えている。完全に実戦前提の考え方である。
「それでも、先にクラスメイトのお抱え商会の方に顔をつないでおくぐらいはしておいた方が良いわね」
「面倒なんですね……」
言うなればある種の華族社会の縮図なのだが、アメリアは話を聞くだけでも心底疲れた様子だった。最近まで華族でなかったのだから仕方がない。
ちなみに、お抱え商会の支店がある家の生徒が二人以上いた場合はどうなるのか?
答えは「クラス内での派閥の誕生につながる」である。
過去に何度かあった事らしく、学園側もその辺りを考慮してクラス分けしていると言われていた。
「というか商会ごとに得手不得手ってあるから、武具だけウチで買って、他はクラスの商会でっていうのは普通にアリだからね?」
ジェイの背に隠れながらモニカが言う。
「そうねぇ、クラスの付き合いも大事だけど、卒業後の事も考えないといけないから、一つの商会に絞るのもまずいわね」
「そうそう、地元の商会もチェックしておいた方が良いよ。将来の客候補って思われたらサービスしてくれるだろうし」
「ほう……!」
商人の娘ならではの助言である。サービスという言葉に獅堂が反応していた。
結局獅堂とアメリアは、まずクラスの方に確認してみる事となった。
ラフィアスは、虎臥家お抱えの商会はポーラに支店を持っていないとの事なので、シルバーバーグ商会の世話になるつもりとの事だ。
後日他のクラスメイトにも確認を取り、まとめて案内する事になるだろう。
「虎臥家お抱えの商会も、かつては支店を持っていたんだがな……」
「えっ? 落ち目?」
モニカがポロッとこぼし、ジロッと見られてぴゃっとジェイの背に隠れる。
「魔法使い御用達の商会だから、ここに支店を出しておく意味があまり無いんだ」
「ああ、魔法使いの数が減ったから……」
「ポーラ島って賃料も高いから……」
魔法使いの減少は、魔法使い以外にも小さくない影響を与えているらしい。なんとも世知辛い話である。
その後控室で着替えを終えた一行は、獅堂とアメリアはそれぞれクラスメイトと合流。
ジェイ達もエイダ、シャーロットと合流して二、三年の試合を観戦した。
オードや色部達も合流すると流石に席が足りず、後ろで立ち見となってしまったが。
上級生達は参加人数こそ少ないが、その分厳選された武闘派が揃っており見応えのある試合ばかりだった。
特に三年生は騎士団入りがほぼ確実と言われている面々で、本職顔負けの戦いが繰り広げられていた。
魔法使いも数人ずついたが、観戦してみた感想としてはラフィアスの氷の大蛇程の派手さは無かったといったところだろうか。
観戦中ジェイと明日香も注目を集めていたが、ラフィアスも負けてはいなかった。
今回の尚武会、アピールという意味では大成功だったといえるだろう。
今回のタイトルの元ネタは、映画『武士の家計簿』です。




